2022年10月13日開催

パネルディスカッション

激変する経済安全保障環境「経済安全保障の概念整理」

パネリスト
兼原 信克氏 同志社大学 特別客員教授/元内閣官房 国家安全保障局 次長
鈴木 一人氏 東京大学公共政策大学院 教授
山本 麻理氏 株式会社FRONTEO 取締役
矢嶋 康次 ニッセイ基礎研究所 常務理事 チーフエコノミスト
コーディネーター
伊藤 さゆり 常務理事

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3――成長戦略としての経済安全保障~日本のチャンスと政策課題はどこか~

■矢嶋 矢嶋です。よろしくお願いします。私からは、エコノミストとして常日頃民間企業の方と会話をしているので、経済安保ということを民間企業自体がどういうふうに捉えているのか。それから二つ目に、経済安保を日本の企業の成長にどうつなげるか、そういうストーリーがあり得るのかというところについてお話しさせていただきたいと思います。
3―1. 企業にとって経済安保とは
まず初めに、企業にとって経済安保というのはここ数年いろいろな動きがあるので、すごく理解は深まっていると思います。ただし、実際に何かものを動かそうと思うと必ずコストの話になってしまうので、コストと実際の必要性というところの時間差であったり、金額の大きさというところにかなり悩まれていて、実際のところは何か問題が起きたら動こうという企業が非常に多いのではないかと思っています。

時系列でここ数年の動きで私自身がすごく感じるのは、トランプ大統領が米中の覇権の中でいろいろなことを始めましたが、機微情報や技術をお持ちの企業とお話をしていると、再輸出の規制をかけ始めた頃から、「それは一体何なのだ。俺の企業にどう影響が出てくるのだ」というような会話をすごくした記憶があります。コロナの中で会話になったのは、どこからモノが流れて来るのかというサプライチェーンを何重にも見ておかなければいけないよねというお話があって、直近ですけれどもロシアによるウクライナ侵攻の後ぐらいから、何かあったらどうにもならないな、そういう意味では経済安保という文脈は相当やらなければいけないよねというふうに、だいぶ深刻度が変わってきたというのを非常に強く感じています。
 
ただ、アンケート調査で見ると、今のところやはり動きは遅いという結果が出てきていると思います。こちらは帝国データバンクが7月にアンケート調査したものなのですが、政府の経済安保法に絡んで四つ、基幹インフラの安全性、サプライチェーンの強靭化、官民技術協力、特許出願の非公開に対してどう対応しますか、どう影響しますかというのを聞いています。

基幹インフラ、サプライチェーンが1、2で多いのですが、官民技術協力、特許関係というのはほとんど影響がないという回答が多いようです。ただ、ここで一番多いのは「分からない」、それから「関係はないと思う」という企業が圧倒的に多いというところが特徴かなと思います。確かに機微技術をお持ちの企業はかなりこの辺の対応を急がれていると思いますが、多くの企業、それから中小企業にとって経済安保の問題はまだまだ距離のある話というのが、今の日本の現状だと思います。

ただし、直近少し話が変わってきているのは対ロシアです。先ほどの文脈で言いますと、何か問題が起こったときにという意味で確実に起こったということです。よく企業とお話をしていると、「いろいろな輸出のときに黒の企業、黒の国と付き合えないよね。でも、今回の場合は灰色の国が非常に多いよね」という話をされますが、完全に今回のロシアは黒い国という判断をされているところが多くなっているのだと思います。
 
こちらも帝国データバンクが8月に発表した統計ですが、ロシアに進出されている企業168社のうち74社が停止または撤退という判断をされています。ただ、この後、トヨタが工場閉鎖を決めましたから、多くの部品会社等も急速に停止、撤退という形になっていきますので、ここへの対応はかなり広がっていると思います。
 
日本企業にとって、これからを考えたときに最大の考えなければいけないポイントというのはやはり中国になってくると思います。現状上場されている多くの企業の売上の中国比率は断トツ高い状況になっています。ここをやめられるのか、代替できる売上のところがあるのか、チャイナ・プラスワンという言い方は昔からされていますが、現実的に中国の大きな市場を手放すことができるのかということについていつも議論になります。最近の動きで、企業との会話ですごく特徴的だったのは、日本がこれほどグローバル化していたのだということへの驚きの声がよく聞かれます。
 
こちらはIMFの世界経済見通しで、2022年の見通しが足元の1月からどれくらい変わったのかを示しています。2月にロシアのウクライナ侵攻が始まりましたから、その前の時点との対比になります。これを見ていただくと、日本は▲1.6という数字がご覧になれるかと思いますが、ユーロが▲1.3です。よく話になるのが、これだけ遠い日本がなぜユーロよりも下方修正を受けなればいけないのか、これだけ影響を受けなければいけないのかという話なのですが、日本ほどグローバル化が進んだ国はないということだと思います。
 
後のパネルでも議論になると思いますが、日本企業にとってグローバル化は捨てることのできない選択です。その中で中国問題を考えたときに、自社の売上、サプライチェーンの中に、切っても切れないほど組み込まれている中国、今では米国を抜いて中国の方が貿易のウエートが圧倒的に高いという状況になっている。こことの関係をどうするかということだと思います。
 
現状、この点についてアンケート調査を見てみると、企業は中国ビジネスのリスクをどう感じているか。日経新聞が社長100人アンケートということで7月に取った調査になりますが、「上昇している」と感じている方が55.7%です。数年前は恐らく人件費の高さ等々があったと思いますし、コロナにおいてはマスクの問題やサプライチェーンの問題になってきていると思いますが、直近では台湾有事も含めていろいろなリスクをお感じになられている方が多くなってきているのだと思います。

ただし、現実にこの先、今後10年で中国ビジネスの比重はどうされますかという質問に対しては、「下げる」と明確に回答される方がわずか3.2%というのが日本の現状です。確かに一番右の「分からない」は4割ぐらいになっていて、中国リスクが高まれば現実的にはいろいろな判断をせざるを得ないというのが今後増えてくるのかもしれませんが、現実問題、中国に投資しているもの、それから中国で築き上げているサプライチェーン、現実に向こうで売り上げている需要という問題を考えると、なかなか変えられないというのが日本企業の現状だというのが経済安保に対する捉え方だと思います。
3―2. 経済安保を成長につなげるために
二つ目のお話をさせていただきたいと思います。民間企業にとって経済安保を民間の売上増、利益の増加につなげるためにどういうストーリーがあり得るのかというお話をさせていただきたいと思います。

経済安保は間違いなく民間企業に制約やコストがかかるので、コスト増要因になると思います。そういう意味では、成長と真逆の動きだと思います。去年、岸田政権が誕生して、成長戦略や分配政策を打ち出しました。その中の成長戦略の中に「経済安保」という言葉が入っていたのです。私自身、すごく質問を受けたのですが、企業にとって経済安保は正直制約なのに、なぜそれが成長要因になるのかという非常に多くの質問を受けて、最初はすごく回答に困りました。ただ、いろいろディスカッションしていく中でこういうストーリーがあるのではないかということを考えて、それをご紹介したいと思います。

一つは、経済安保の考え方が日本だけでなく世界に浸透するということは恐らく、考え方、決定の優先順位が変わるのだと思います。ここ10年、20年、日本の企業はいいものを作ってきていました。ところが、コストで安いものに駆逐されたというのが、日本企業が非常に大変だった10年、20年だったと思うのです。その中で、経済安保の考え方が浸透すれば、信頼という価値がコストを上回って、選択の優先順位として高まるということを意味します。そういう意味では、「日本企業は良いものを作っていたのだけど高いよね」と言われていたと思うのですが、今度は高いけど良い日本の製品が有利になるという展開が一つあり得るのだと思います。
 
日本への見方はいろいろありますが、例えばASEANでは、日本はかなり信頼されています。そういう意味では、この信頼を経済安保の領域でうまく日本企業のアピールに使えれば、日本の優位性が広がる可能性はあると私自身は思います。
 
それから、産業の構造転換と経済安保の問題を捉えて考えると、こういうストーリーも起きてくると思います。これから起こるデジタル化は、いよいよモノがインターネットにつながる時代になります。確かにこの20年、携帯から始まったデジタル化は、わが日本はアメリカや中国に完膚なきまでに負けたと思います。ただし、第2試合は第1試合の延長線上ではなく、これからはリアルなものがデジタル処理されていく。そういう意味では、これほど製造業にラインナップがあり、全ての幅を持っている国というのは他に類がないと思います。これがいよいよデジタルの中で動き始めるということになると、日本の製造業の復権という問題も併せて出てくると思います。この辺も経済安保の中で信頼を勝ち取れば、大きな躍進ができると私自身は考えています。

ただし、問題になるのは、この信頼をどうやって日本であったり、日本の企業であったり、企業群が勝ち取るのかというのが非常に大きなポイントになると思います。私自身、2点あると思います。

一つはデジタル化です。これから起こる産業変化は全てデジタル化の中で絵が描かれています。そういう意味では、日本の中で信頼という言葉をよく安心・安全という言葉でいいますが、それをどうやってデジタルの中で担保するかです。そういう意味では、デジタルの中でデータを取って、そのデータで信頼性、安全性、安心性を他国に提示しない限り、恐らくふわっとしたものではこれからは評価は得られないのだと思います。デジタル化を今以上に進め、データで物事を語るという習慣を日本企業、日本自体が付けないと、この分野では勝てないと思います。
 
もう一つ担保する上でぜひここは官民で考えなければいけない問題だと思うのですが、政策の予見性という問題です。アメリカ企業が、トランプがいろいろなことを始めたときに、私自身はこの光景を見ていて、アメリカも対中投資をやめていくのだなと思ったことを今でも覚えています。2018年、19年ぐらいの動きを見ていただきますと、アメリカ企業が中国事業への投資計画を徐々に減らしていく。この過程でアメリカは何が起こったかというと、対中の規制を強める方向にいろいろなことが、世論が動き始めたという状況になっています。ところが、いろいろなことが2019年、20年ぐらいに大きなことが決まり始めると、アメリカ企業は一転、2021年に急増します。アメリカの企業は萎縮しないのですね。要は、やってはいけないということを国が決めれば、それ以外のところについてじゃんじゃんやるというのがアメリカ企業だと私は思います。

では、私たち日本企業はどうでしょうか。私は逆に萎縮してしまうのではないかと思います。政策という問題から考えれば、例えば政府や行政はできるだけ法律やいろいろな制度を、幅を持ったり含みを持ったりした形で作りたいというのが多分本音だと思います。他の国だったら私自身はそれもあり得ると思うのですが、わが日本国で考えると、ここ数十年かなり萎縮的な行動をしてきた日本企業にとって、この予見性の低い政策というのは、必要以上に慎重になるリスクがあると思います。私自身は経済安保をすごく必要だと思いますが、今後考えなければいけないのは、予見性をできるだけ高めるような法案だったり制度設計というのを如何に作り、経済安保を成長戦略につなげていくかということが、非常に重要なポイントになるのではないかと思います。私からは以上です。
 
■伊藤 矢嶋さん、ありがとうございました。中国が日本にとって非常に相互依存関係が強い相手先であるが故の難しさとともに、日本ならではの経済安全保障が成長阻害要因とならないような政策のアプローチについてのご提言ということだと思います。鈴木様にご提示いただいた論点とも重なるところがあるのではないかと思います。

この後、議論を深めていければと思うのですが、パネリストのお三方のご講演が終わったところで、基調講演を頂きました兼原様からコメントないし追加の論点などをご提示いただければと思います。
 
⇒ パネルディスカッション 後編 「経済安全保障を成長機会に変えるには」

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