2022年10月13日開催

基調講演

日本の国防と経済安全保障

講師 同志社大学 特別客員教授/元内閣官房 国家安全保障局 次長 兼原 信克氏

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2022年10月「米中対立、対ロシア制裁下の日本の経済安全保障」をテーマにニッセイ基礎研シンポジウムを開催いたしました。

同志社大学 特別客員教授/元内閣官房 国家安全保障局 次長 兼原 信克氏をお招きして「日本の国防と経済安全保障」をテーマに講演いただきました。

※ 当日資料はこちら

同志社大学 法学部 特別客員教授兼原でございます。今日は貴重な機会を与えていただいてありがとうございます。1時間ということですので、まず、日本の今の外交戦略・国家戦略の大きな方向性ということで「安倍外交の遺産」についてお話し申し上げ、その後、現在のウクライナ戦争とこれから起きるかもしれない台湾戦争、それから経済安全保障について、この四つの柱でお話し申し上げてみたいと思います。
(以下スライド併用)

1――安倍外交の遺産

安倍外交の遺産ですけれども、「自由で開かれたインド太平洋」が恐らく世界史に残る業績ということになるのだろうと思います。第1次安倍政権のとき、安倍総理が2007年にインドに行かれまして、「二つの海の交わり」という演説をされ、これがインド国会で熱狂をもって迎えられました。どういうことかと申しますと1945年に第二次世界戦争が終わりましたときに、米英仏露中というかなり異質な五つの国が戦勝連合国になったわけです。日独伊が負けまして、その後、日独伊は西側に入って、逆に、中露は西側と対峙して冷戦が形作られます。冷戦の初期にはG7対中露のような形になるわけです。

1970年になってこの戦略構図に地殻変動が起きます。スターリンが死んだ後、毛沢東のフルシチョフへの反発で、露中関係が非常に悪くなります。1969年、毛沢東が死ぬ10年前ですが、中国がロシアに攻め込み、超大国ソ連に一気に蹴り返されて、それで恐れをなして日米に抱きついてきたのが、米中・日中国交正常化でした。この結果、70年代以降には「英米仏日独+中」対ソ連となります。インドがこのとき実はソ連にくっついています。

ここは見落としがちなのですけれども、インドと中国は62年に戦争をしております。中国の方が攻め込んだのです。インドは「第三世界を共に引っ張ろうよ」と言って中国を誘っていたのですけれども、中国が一気に攻め込んだのでインドはかんかんになって怒ったわけです。中印関係が悪化しているときに、中国が日米にくっついたので、インドはその反動でロシアにくっついたのです。インドは、中国をけん制するためにソ連が必要でした。逆もまた真です。ソ連とインドとの関係は冷戦中、実は近い関係でした。インドは盛んに今、QUADに入りながらロシアからたくさん油を買っているのは、対中牽制という意味でロシアに恩義を感じ、また、ロシアを必要としているからです。

「自由で開かれたインド太平洋」がなぜ世界的に受けたかというと、2010年以降、西側と中国の関係がきしみ始めて、インドの立ち位置が代わってきたからです。それは中国が超大国化したからです。特に、中国に習近平という特殊なリーダーが出てきて「自分たちは自分の勢力圏をつくるのだ」と実力に訴え始めたので、西側も警戒感を持ち始めました。西側と中国の関係が疎遠になるのを見て、賢いインドは日米側にすっと寄ってきたのです。この中国とインドの立ち位置の入れ替わりをぴたっと言い当てたのが安倍総理です。いろいろな人がそういうことを考えていたのですけれども、安倍総理は指導者の立場で「これからはインドを仲間にするのだ」とぼーんとおっしゃったので、これが非常に受けたということです。

キッシンジャーが演出した米中国交正常化は、「敵の敵は味方」という単純な、キッシンジャーらしいヨーロッパ権力政治の発想なのですけれども、安倍総理はそれにプラスアルファで、価値観の次元が加わります。中露印という西側が囲んでいるユーラシアの中にある三つの大きな国の中でインドは唯一民主国家です。単にインドが将来の超大国というだけではなく、これからは価値観の面でもインドと連携して自由主義社会をグローバルに広げていくのだということをおっしゃったわけで、この点が特に評価されているのではないかと思います。

自由で開かれたインド太平洋構想は外交戦略ですので、これが軍事を含む安全保障の枠組みになるかというと、簡単にはなりません。たとえて言えば、大きく国際社会という町内会をまとめた感じです。町内会をまとめても、暴力団に文句を言いに行こうかというと「会長さんどうぞ」と皆さんおっしゃるわけです。誰と一緒に行くのかというと強い人が集まるしかない。残念ながらこの辺で軍事的に意味があるのは、米国を除けば日本と豪州だけです。

韓国は最近非常に強くなりまして、陸軍中心の60万の軍勢で、海軍もどんどん大きくなっています。しかも韓国は不思議なことに左翼政権の方がアメリカを嫌いなため、自主独立を唱えて軍拡を進めます。韓国の防衛費は5兆円とほぼ日本に近づきつつあるのですが、伝統的に朝鮮半島だけを見ている国で、台湾有事に付き合うかというと、「とんでもない」と言って逃げてしまう国なのです。今の尹錫悦政権は保守政権でまだ戦略的感性がいいのですが、次に左翼政権が出てくると、また反米色が強くなり、アメリカに後足で砂をかけるということをやりますので、いまひとつ戦略的方向性が信用できません。朝鮮有事はともかく、台湾有事は日米韓でやれないというのがアメリカの本音です。

最近、QUADといってインドに日米豪のパートナーとして入ってもらっているのですが、これは冷戦時代の中国と一緒で、軍事的な同盟ではありません。戦略的パートナーシップなので戦略的・外交的には付き合ってくれますが、軍事的にどこまで付き合うかというと、あまり付き合ってくれないのではないかと思います。そもそも非同盟を掲げているインドです。ただ、QUADでインドがふわりと横にいるのは、冷戦後期に中国が西側と連携していたのと同じで、戦略的にはすごく大事です。

ただし、アメリカからすると、これでは台湾有事はやれないぞという話になるわけです。それでAUKUSという話になります。オーストラリア、UK、USです。このポイントはイギリスを引き込んでいることです。AUKUSは、同族のアングロサクソン族というだけではなく、第一次、第二次大戦を戦い抜いた同盟国です。徳川宗家に紀州・尾州という感じになります。軍事だけではなくて経済、価値観、科学技術で完全に力を合わせていこうというのがAUKUSです。

今年、バイデン大統領が岸田総理、尹錫悦大統領、それから豪州とニュージーランドの総理を連れてNATOの首脳会合に出られました。これはどういう意味があったかというと、「NATOも少しアジアに気を配ってほしい。今はウクライナが大変だけれども、次の懸念は中国に決まっている。中国はやたら強い。あなたたちも少しアジア太平洋に目を配ってほしい」ということで、アジアの少年たちを4人連れてご挨拶に行ったという感じです。

NATOは、地理的な空間がはっきりと切られた軍事機構ですので、アジアでの軍事協力は難しい。サイバーは地理的な空間がありませんからある程度協力できますけれども。それで米国の太平洋同盟国で揃って「よろしくお願いします」と言いに行ったということです。NATOもよくわかっていて、今年のNATOの「新戦略概念」という日本の国家安全保障戦略に該当する文書の中には、中国は「システミックライバル(体制上の競争相手)」なので、自分たちの自由主義的な価値観に基づく世界を揺さぶってくる国だとはっきり書いています。

残念ながらトランプ大統領時代の西側の結束は乱れに乱れていました。トランプ政権の国務長官ポンペオ氏が、「これからは中国をにらんで西側結束だ」と盛んにおっしゃっていたのですが、西側の結束を一番ボロボロにしたのはトランプ大統領です。言っていることとやっていることが違うではないかという話になるのですけれども、実はアメリカのリーダーシップの真空を埋めたのが日本の安倍総理だったということだと思います。アジアの中で中国が巨大になっていく。その中で日本がどのような国際的枠組みをつくるのかということを提言しました。ポンペオ国務長官も一生懸命おっしゃっていたのですけれども、実際に国際社会をリードした指導者は、安倍総理だったということではないかと思います。

安倍総理はこの他にも国家安全保障会議(NSC)を創設されました。また、平和安全法制を制定されまして、集団的自衛権の行使を可能にされたのです。これはどういう意味があるかといいますと、日米同盟の一層の対等化です。

日本の敗戦当時、帝国陸海軍は1000万という、今の中国軍の5倍の大きさだったのです。戦争中は成人男子が全員軍人になっていたのです。連合国から「二度とああいうことはやめてくれ」と言われて、28万(今は25万)の小ぶりな自衛隊を立ち上げたわけです。

戦後の安全保障の仕組みは、基本的には日米同盟下で米軍が日本を守るということなのです「。日本は北海道防衛に特化してくれ。北海道が落ちなければ、その間に俺たち米軍が帰ってくるから」というのが、日米同盟の本当の姿です。

1960年に岸総理が安保条約を改定しました。安全保障条約5条の共同防衛条項は、世界中のアメリカの同盟条約にある条項ですが、日米同盟には6条という日本に特殊な条項があります。

これが何かといいますと、地域安全保障に関する条項です。極東条項と呼ばれます。日本の周りでは、旧大日本帝国領の韓国、台湾、そしてアメリカの植民地のフィリピンが西側に残ったわけです。みんな初めはすごく弱かったのです。アジアにはNATOもありません。それでアメリカは「これは俺たちが守るから」と言ったのです。「その代わり日本の基地を使わせてくれ。日本を拠点にして日本の外郭の国を守る。朝鮮戦争もそうやって勝ったではないか」ということなのです。この仕組みを作ったのが岸総理です。

1991年に冷戦が終わり、ソ連がいなくなって、北朝鮮が核兵器を作り始めたとき、日米同盟に転機が訪れます。アメリカが北朝鮮に制裁をかけて、「ひょっとして北が暴発するかもしれないから、そうしたらよろしく頼むな」と言う話が出てきました。「よろしくとは何のことだよ」と言うと、「朝鮮戦争のときみたいに手伝ってほしいんだ」という話なのです。日本側では「それは憲法9条があって無理だ」という話になるわけですけれども、小渕恵三総理が大決断をされて周辺事態法(現在の重要影響事態法)を制定されました。「日本が攻撃されていなくても日本の周辺がやられればしょせん火の粉をかぶるのだから、戦闘行為には行かないけれど後方支援を手伝うべし」というのが小渕総理の決断でした。1999年です。

これには大きな意味があって、北海道の重要性は変わらないのですけれども、戦略的焦点が「ロシア単一」から「北朝鮮も」というふうに複眼的になったのがこのときです。北海道一本槍の防衛態勢から、朝鮮有事や台湾有事における後方支援も一緒にやることになったのです。

この後、2001年に米国で9.11同時多発テロ事件がありまして、国際テロ組織のアルカイダがニューヨークのワールドトレードセンターやペンタゴンに、燃料満タンの旅客機を乗客ごと突っ込んで、3000人近い人が亡くなったわけです。このときは小泉純一郎総理のときです。アメリカはすぐに報復に出るのですが、安保理が「平和に対する脅威」の認定をしまして、NATOが5条を発動してNATO軍としてアフガニスタンに突っ込んだのです。

このとき、日本がぼーっとしていたら、日米同盟は多分終わっていたのです。小泉総理は、動物的な勘で何かしなくてはと思われたのです。周辺事態の「周辺」ではないのですが、国連がお墨付きを与えた重大テロ事件に対抗するための武力行使です。小泉総理から「自衛隊も出ろよ」という話になったので、私たちで一晩で法律を書きまして、「テロ特措法」という時限立法を作って周辺事態法と全く同じ仕組みで後方支援を行うことにしました。当時、アフガニスタンに米空母から発進した戦闘爆撃機や巡洋艦や駆逐艦から発射されたトマホークミサイルがアフガニスタンに潜伏するテロリストを爆撃している真っ最中の給油活動ですから、本当の意味の後方支援・平坦支援で事実上の参戦です。

最後に2015年に安倍総理が何をされたかというと、平和安全法制の制定と集団的自衛権行使の是認です。日本が本当に危なくなるのは台湾有事、朝鮮有事とホルムズ海峡封鎖くらいです。これらの有事は本当に日本の存立が危ぶまれる事態になり得るので、後方支援などと言っていられないだろうということなのです。こういう深刻な危機に際しては、「日本は初めから武力行使に出る」と言った方が、抑止が働くという考え方です。

今残っている仕事は何かといいますと、防衛力の充実です。外交戦略では「自由で開かれたインド太平洋」ができました。憲法の法解釈の問題は集団的自衛権行使是認で終わりました。これからは周辺の有事で武力行使もできる、集団的自衛権を行使できるということなのですけれども、それではそれだけの十分な軍事力があるのかという大切な問題が残っています。安倍総理は、防衛費の抜本的増額を岸田総理とタッグを組んでやろうとされていました。暗殺されてしまったのがなんとも無念です。

安倍総理の第2次政権が立ち上がったときの防衛費は4兆6500億円です。お辞めになったときが補正予算を入れて5兆7000億円ぐらいなので、安倍総理は防衛費を1兆円上げておられるのです。これでも到底足りないのです。今、GDP2%の防衛費といわれますが、それにどういう意味があるかというと、アメリカが公平と考える役割分担だということです。中国との戦争は、アメリカがいないと絶対に負けます。アメリカの国防費は80兆円で、日本が到底追いつける金額ではありません。ですから、アメリカが言う公正な分担までは防衛費を増額する必要があります。それがGDP2%なのです。「そのぐらい自分のことは自分でやってくれないと、守ってやれないぞ」ということです。日本の防衛予算が10兆円まで持ってこれれば、日米同盟の軍事力の総和がそれなりの大きさになる。中国が「ちょっと慎重に考えようか」というぐらいの強さになる。そのくらいは早急にやらなくてはならない。相場観でいうとこんな感じです。

防衛費をGDP2%に上げるためには防衛費を10兆円にする必要があるのです。日本の予算は100兆円です。うち80兆円が年金と医療と地方交付税と国債で消えるのです。政府が自由になるお金は正規予算では20兆円しかありません。現在、うち5兆円が防衛費です。残りのあと15兆円のうち5兆円が教育費です。4兆~5兆円ぐらいが公共事業になります。残った5兆円を全省庁で食い合う。共食いをする。これが日本財政の本当の姿です。ここから毎年1兆円の防衛費をひねり出すのは相当なことです。

安倍総理は実は2回、消費税を上げています。5%から8%、8%から10%です。1%上げますと税収が大体2兆~3兆増えます。消費への跳ね方によるのですけれども、うまくいけば3兆円増えるわけです。5%上げると、税収の増加は10兆円から15兆円になります。そのうちの1兆円を防衛に回して、残り14兆円はやはり年金・医療等の穴埋めに使われたわけです。財政健全化に大きく舵を切りながら、国家安全保障に必要な経費には糸目をつけない。これが本来あるべき姿です。

実は、どこの国でも防衛省以外の省庁に安全保障に関する予算はたくさん埋め込まれています。公共事業、科学技術研究開発費などです。ところが日本は戦争に負けたので、防衛省以外の予算は安全保障と一切関係してはいけないということになっている。平和主義の行き過ぎです。各省庁の予算をできるだけ国家安全保障関連業務に寄せて、少し安保を手伝えよと言って、そういう予算を防衛費として換算するということを財務省は考えているらしいのですが、このためには本当に軍事的な目的の予算にしてもらう必要があります。ちょっと防衛っぽいことをやっているから防衛費の一部だというのはインチキの水増しです。NATOの軍事予算算定の基準にも合致しません。官民両用の港湾の浚渫、空港の滑走路の強靭化、自衛隊指揮通信施設の地下化、戦闘機の掩体等を国債を使って支弁するのも一案ですし、その一部は防衛省以外の省庁の予算にしてもよい。海上保安庁の予算を入れるとか、入れないという議論がありますが。海上保安庁の予算は2000億円ぐらいなので、あまり本質的な問題ではありません。やはり今後5年間で防衛費を5兆円どうやって増やすかということが問題の核心です。関係省庁の予算を引き剥がしたり、国債を刷るにも限界がありますので、やはり増税は考えざるを得ない。政権サイドにこれをやり切る力があるかということがこれから問われてくるのだろうと思います。

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