2018年10月17日開催

パネルディスカッション

働き方改革と企業の成長戦略「働きやすい職場を作るには」

パネリスト
村木 厚子氏 津田塾大学 客員教授
大竹 文雄氏 大阪大学大学院経済学研究科 教授
小林 文彦氏 伊藤忠商事 代表取締役専務執行役員CAO・CIO
久我 尚子 ニッセイ基礎研究所 主任研究員
コーディネーター
櫨(はじ) 浩一

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7——働きやすい職場を作るには

■櫨 それでは最後のテーマとして、以上の生産性と、多様な人材が働きやすくするためにはどうすればいいかということを踏まえまして、最後に提言や、どうすれば働きやすい職場ができるのかということを、お三方から一人ずつ頂ければと思います。

久我主任研究員、それから大竹先生、小林様という順番で、どうすれば働きやすい職場ができるのだろうかというお話、あるいは企業は何をすればよくて、働いている人たちにどういうことを伝えればいいのか、あるいは政府がやるべきことがあるとすれば、どういうことをやってほしいのかという提言を、お話を頂ければと思います。では、まずは久我主任研究員からお願いします。

■久我 私は、多様性の許容をいかに突き詰めるかということだと思います。例えば働き方について見ると、育児と両立している人なのか、介護と両立している人なのかという違いもありますけれども、1人の人でも、バリバリ働ける時期とそうでない時期があると思うのです。その人の状態によって働き方を選べるようになるといいと思っています。

例えば女性で考えると、出産前までは男性を上回るようなバリキャリ思考の女性もたくさんいると思います。でも、出産して赤ちゃんの顔を見ると、子どもが小さいうちはもう少し子どもと一緒にいたいと思うのは自然なことだと思います。でも、一度バリキャリコースを降りてしまうと、もう戻ることができません。正社員の仕事を1回辞めてしまうと、また正社員に戻るのは非常に難しいです。これは介護との両立でも同じことがいえると思います。ですので、人生の一時期は仕事のペースを落とすけれども、またバリバリ働けるときに働きたいというふうに選べるようになるといいと思います。

このためには、企業としては制度や評価の仕組みも含めて考えることも必要ですけれども、一つの企業で、その一人の人生を背負うのはなかなか難しく、無理も出てくるかと思います。ですので、欧米のように転職市場や労働市場の流動化がもっと進んで、全体として多様性を許容するような環境が進むといいと思います。

■櫨 どうもありがとうございました。それでは大竹先生、お願いします。

■大竹 私のスライドの20ページに書いているのですが、一つは先ほど申し上げた行動経済学的な考え方を使うというのがあります。現在バイアス、先延ばしというのをできないようにする。これは、伊藤忠さんのように夜の残業はできない、するのだったら朝してもいいという形のものは、この考え方をうまく使っている。

それから、コミットメントといわれていて、1日のタスクを朝に確認して、計画を立てて、それを守るようにするとか、仕事の進行を細かくチェックする。締め切りを細かくした方がいいというのは、この分野でいわれています。

それからもう一つは、私が書いているのは、残業をするのが少数派であると認識させることなのです。これは、先ほど村木さんが世界のジョークで、日本人はみんな何々されていますよと言うと効くという話があったのですが、これは日本だけではなく、世界中でこのメソッドは効いていて、よく私たちがやるのは、人事部で残業を減らそうとして、残業が長い部署をリストアップして、ここの部署とここの部署はこんなに長いから減らしてくださいということをやるのですが、それは逆効果だといわれています。こんなに長くやっているところがあるのだったら、うちもやってもいいというふうに思うのです。

ですから、逆に、ほとんどの部署はきちんとこれ以下の残業時間ですというメッセージを出す。そうすると、残業がある程度長いところは会社の中で少数派だと、あるいは個人としても少数派だというふうに認識させるのです。同じ数字でも逆の方を言うと、多くの人はプレッシャーを感じるのです。

似たようなことがイギリスであったのですけど、女性の役員比率を上げましょうというときに、イギリスで最初に大臣が言っていたのは、「FTSE100構成企業の中で女性比率は12.5パーセントにすぎません」と言っていたのですけれど、それを行動経済学者が、「そのメッセージはやめた方がいい」と指摘しました。どう変えたかというと、「FTSE構成企業の94%、FTSE350構成企業の3分の2以上に女性取締役がいます」と言うことにしたのです。そうすると、一人もいないところはすごくプレッシャーを感じて、一気に数字が上がっていったということがあります。

したがって、そういうふうに少しアナウンスの仕方を変えていくことで、少数派であるということを認識させると多数派の方に行きたい、社会規範に従いたいというのが、人間どこでもそうだということで、それをうまく使うことがポイントだと思います。

それからもう一つ、私たちの研究で分かったことは、同じ部署で長時間労働をする人が入ってくると、みんな長時間労働をする傾向があって、長時間労働は感染するということがあります。ですから、やはりそういう感染源となりそうな人に集中的に対策を取ることが、感染を防ぐためには大事だと思います。

ですから、できるだけ先延ばしできないようにとか、普通はこうだというルール化を無意識に意識決定できるように文化としていくことが、行動経済学的なアプローチかなと思っています。

■櫨 大竹先生、どうもありがとうございました。最後になりましたが、小林様からご提言をお願いいたします。

■小林 働き方改革、長時間労働の是正にせよ、取り組まれるときに何に気を付けなければいけないかということを、私の経験からお話ししたいと思います。まず、改革という以上は社員のDNAを塗り替える作業であって、これをできる人はトップしかいないと考えています。トップ以外の人が言っても、まずうまくいったことはない。私はトップ以外の方が旗を振って、経営改革、働き方改革、労働改革がうまくいった例を知らないです。ですから、トップ以外の人にはできない。一番いけないのは、社長が「○○専務にやっておけ」と。○○専務がいろいろあちこちでむちを振るうというのは、絶対にうまくいかないです。しょせん○○さんが言っているのでしょうという話にしかならないです。ここが一番大切なところだと私は思います。

それから、「長時間労働をやっていると労基署に指摘されるから」という理由でやるのはまず考えられないということです。もっと高邁な思想でないと社員はついてこれないです。企業価値向上なのか、厳しくとも働きがいのある環境を作るのか、各社各様だと思いますし、これは実行する為には一つのストーリーにしていかなくてはならないということが重要です。私どももいろいろな重要政策を打つ際には、全てストーリーになっています。ストーリーでないと人の心は動きません。企業の実力を世に示すのは定量ですが、社員の心が動くのは定性ですから、この定性のストーリーを各社各様でどのようにつくるのかというのが経営のみそではないかと私は思います。

それから、とかく、うちはとことんやっているのだ、徹底的にやっているのだというような組織ほど、必ず無駄の宝庫がある、ということは認識しておくべきだと思います。

また、改革で出てきたものは、社員に還元する姿勢を出さないと、社員は何のために皆が改革で嫌な思いをしたのかということが理解できませんので重要だと思います。

それから今日は経営者の方もたくさんおられるということなので、ぜひご助言をしておきたいことは、ぜひ改革をやられるときは、経営計画が達成できる見込みが高いときにされた方がよろしいのではないかと思います。労働改革や働き方改革というのは、定量の成果が見えにくいのです。従って、文句は必ず出ます。定量の計画が未達になったりすると、「あんなことをやっているから儲からないのだ」と片付けられてしまいますので、せっかくいいことに取り組んでも、その人たちは決して報われません。経営計画を達成する見込みがあったときにぜひ実施をされるとよろしいのではないかと。今は景気がいいですから、今がチャンスではないでしょうか。以上です。

■櫨 先ほど外国人と一緒に働くということで、同じ人間なのだから構えてはいけないというお話で、なるほどと思いました。今のお話では、やはりトップのリーダーシップが大事だということを非常に強く感じました。

ちょっと駆け足になってしまいましたので、恐らくまだまだもっとお話しされたいところがたくさんあるかと思いますが、働き方改革という話を、より多様な人たちがたくさん働けるようにすることと、生産性を上げることの二つに分けて少しご議論いただき、それぞれご提言を頂きました。

多様な人たちが働くことについては、大竹先生からロールモデルが大切だということで、成功例を見せれば女性もモチベーションも上がるという話も頂きました。生産性の向上について、ナッジなど、行動経済学的な手法を使って先送りさせないことが重要なのだというご提言を頂きましたし、久我主任研究員からは、自身の経験から働く場所や時間のフレキシビリティがあると非常に働きやすいし、それが生産性の向上にもつながるという話があったかと思います。

私の不手際もありまして、パネルディスカッションがまとまったものにならなかったとは思いますが、最後に村木先生から、ご感想を伺えればと思います。よろしくお願いいたします。

■村木 ありがとうございます。これだけ充実したディスカッションの後でまとめをするのはすごく難しいので、まとめではなくて、私が印象に残ったことをお話ししたいと思います。

やはり働き方改革や長時間労働の短縮というときに、ベースでやはり生産性が上がっていかないとやれないよねというのは、どこの企業さんも思っていらっしゃると思うのですが、大竹さんが言われたように、イノベーションというのはソフトもあるのだ、マネジメントやノウハウも含めてイノベーションなのだと言われると、どこの業種でも、規模が小さくても少しやれるかなという気がしました。

同じことを小林さんも組織力とおっしゃったり、それから生産性を上げるのに四つぐらい考え方、手段があると言われた。だから、生産性を上げることをトータルで見ていくことが大事なのだなと思いました。その上で小林さんが、それでも長時間労働をなくすことがまず第一歩だと言われたのも非常に印象に残りました。

悪名高い霞が関で働き方改革に火を付けたのは、30代の女性職員たちのグループなのです。その一番リーダーだった職員が、なぜこれを始めたかというと、「私は眠いと能率が上がらないのです。だから、どうしても能率を上げるために長時間労働をやめさせたかった」と言ったのが非常に面白くて、能率を上げたいところにちゃんと心が行っているのがすごくいいと思いました。それがまず1点目です。

もう一つは、伊藤忠が厳しくとも働きがいとか、これは伊藤忠らしいフレーズだなと思うのですが、実は同じことを久我さんもマミートラックという言葉で言われた。特に女性や、介護で必要になった人たちが、辞めなくて済む仕組みはすごく大事なのです。でも、それは多分必要条件で、十分条件ではない。辞めなくて済むだけではなくて、辞めたくないと思える会社、辞めたくないと思える仕事かどうかがすごく大事で、そこを実現するのは、働いている人にとってもすごくプラスだけど、会社にとってもものすごくプラスだと思うのです。でも、制約のある社員だから、久我さんが言われたように、場所と時間の制約をそこでどう超えてやってあげるかということだと思います。

かつてシングルマザーを最もよく雇っている企業ということで表彰した企業の社長が言っていたのですが、「うちにこんなにシングルマザーがいたと知らなかった。表彰されて初めて分かった」。「では、シングルマザーのための政策でなかったら、何をやっていたのですか」と言ったら、「誰もが働きやすい、何とか困ったときに融通が利く制度を入れることだけを考えていた」と言われました。すごく印象的でした。

そういうことをやっていくということで、最後に三つ目ですけれども、いろいろな会社の決まりやルールを作っていくときに、行動経済学的が大事だということ。私は他の分野で読んだ言葉ですごく好きなのが、「人の業と性(さが)をよく知ってルールを作ると暮らしやすい社会になる」と聞いたのです。宿題は後回しにしたいとか、いろいろな業と性、あるいは子どものことはもうちょっと力を入れてみたいとか、親の最期は看取ってあげたいとか、いろいろな人の気持ちというのは世界共通で、人間として同じものがあると思うので、そこをくみ取って工夫ができるといい会社になるのだというのが今日分かって、すごくよかったと思いました。

以上3点、印象に残った点をお話しさせていただきました。

■櫨 村木先生、どうもありがとうございました。そろそろ時間も参りましたので、パネルディスカッションはおしまいにしたいと思います。私は学生のときに先生から、「他人が失敗したことをあらかじめ知っていると随分手間が省ける」という話を聞いて、なるほどと思った記憶があります。今日は伊藤忠商事でこういうことをやるとあまりうまくいかないというお話を、小林専務様からいろいろ頂きました。皆様は、同じ失敗は繰り返さなくて済むので、随分時間の節約になるのではないかと思います。

どうも皆さん、充実したパネルディスカッションをありがとうございました。以上でパネルディスカッションを終わります(拍手)。

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