2024年06月07日

保険と年金基金における各種リスクと今後の状況(欧州)-EIOPAが公表した報告書(2024年5月)の紹介

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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1――はじめに

EIOPA(欧州保険・企業年金監督機構)から、ほぼ四半期に一度のペースでリスクダッシュボードが発表されている。2024年5月2日に年金基金分野、5月14日に保険分野についてそれぞれ公表された1。これはその時々のソルベンシーII関連データに基づいて、EU内の年金基金と保険それぞれにおける主なリスク2と脆弱性を要約したものである。
 
1 Occupational Pensions risk dashboard(2024.5.2 EIOPA)
https://www.eiopa.europa.eu/tools-and-data/occupational-pensions-risk-dashboard_en
Insurance Risk Dashboard  February 2024   (2024.5.14 EIOPA)
 https://www.eiopa.europa.eu/tools-and-data/insurance-risk-dashboard_en
(報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)
2 各リスクの内容は、その名称からほぼ直感的に想像はつくと思われるがが、具体的な説明については、前回の報告(下記)を参照頂きたい。
保険分野 「保険分野における各種リスクと今後の動向(欧州2024.2)」(ニッセイ基礎研究所2024.2.29)
https://www.nli-research.co.jp/files/topics/77763_ext_18_0.pdf?site=nli
年金基金分野 「年金基金を取り巻く各種リスクと今後の見通し(欧州2024.2)」(ニッセイ基礎研究所 2024.3.12)
https://www.nli-research.co.jp/files/topics/77855_ext_18_0.pdf?site=nli

2――各リスクの状況

2――各リスクの状況

1保険分野
〇マクロリスクは、GDP成長率の予測が改善を示しているが、低成長環境が依然として主な懸念事項であり、保険料収入の減少や保険金支払の増加などにおいて保険会社に悪影響を与える可能性は残っている。

〇信用リスクに関しては中程度のレベルで、引き続き安定している。

〇市場リスクは、債券市場のボラティリティが低下傾向とはいえ引き続き高い。商業用不動産価格が下落しており、その悪影響が懸念される。
 
〇流動性と資金調達のリスクは引き続き安定している。

〇収益性と支払能力のリスクは、引き続き安定している。2023年最終四半期はプラスの利益であり、ソルベンシーポジションに大きな変化はない。

〇相互関連と不均衡リスクは、引き続き安定している。保険会社の銀行に対するエクスポージャーは引き続き安定しているが、他の金融機関に対するエクスポージャーはわずかに増加している。

〇保険引受リスクは、生命保険。損害保険とも保険料増加率はプラスであることなど、中程度で安定している。

〇市場受容リスクは、2023年第4四半期との比較では、損害保険会社の株式は低迷しており、生命保険会社のCDSスプレッドは減少するものと見込まれている。外部格付けとその見通しはおおむね安定している。

〇ESGリスクも中程度で安定している。保険会社の気候関連資産へのエクスポージャーの中央値はわずかに増加し、保険会社はグリーンボンド発行残高の約6.8%の投資で安定して推移している。

〇デジタル化とサイバーリスクは、サイバー攻撃の件数がわずかに減少していることから、現時点では中程度のレベルにとどまっているとするが、サイバー攻撃への懸念は増大しており、今後リスクが増大する方向にあると考えられる。
保険分野のリスクの状況
2年金基金分野
年金基金分野のリスクは保険分野とほぼ同じではあるが、貯蓄性が強いことや、特に確定給付年金においては、責任準備金を対応する資産でカバーできていることが重視されるなど、異なる視点があるので、多少違いがある。
 
〇マクロリスクは、これまで中程度の水準で低下傾向にあった。インフレ率の予測は第4四半期も2.4%と前四半期(2.5%)に比べてわずかに低下した。GDP成長率は2023年第4四半期0.7%に続き、2024年第1四半期は1.2%と予想されている。

〇信用リスクに関しては中程度のレベルで、重大な変化の兆候は見られない。

〇市場と資産の収益リスクは、債券市場のボラティリティが高いため引き続き高いが、2024年第1四半期は低下傾向にある。株式のボラティリティは安定しており、不動産価格は下落傾向にある。

〇流動性(資金調達)リスクは中程度であり、デリバティブポジションの好調な展開により減少傾向にある。

〇準備金と資金調達のリスクは中程度である。確定拠出型年金基金の財務状況は引き続き堅調な範囲にあるが、金利の低下により若干悪化したともいえる。特に負債(責任準備金)の方が長期なので、負債時価のほうが対応資産よりも増加度合いが大きい。

〇集中リスクは中程度であるが、特に国別集中度を表す指標はわずかに増加傾向にある。

〇ESGリスクも中程度で安定している。株式・社債のうち気候関連資産のエクスポージャーの中央値は若干低下(0.67%→0.59%)、加重平均は7.3%とわずかに低下した。グリーンボンドへの投資は2023年第3四半期の5.5%から第4四半期6.1%へとわずかに増加した。
 
〇デジタル化とサイバーリスクは中程度で安定しているが、保険分野と同じく、引き続き主要な懸念事項ではありつづけると考えられる。
保険分野のリスクの状況

3――おわりに

3――おわりに

今回は特段大きな変化もなく、緊急に対応を要するような事態はないようだが、地政学的な状況の変化など急激な変化もありうる項目がある。あるいはサイバーリスクのように、今後の動向が不透明で常に懸念事項としてあり続けるような項目もあり、今後も継続してみていく必要がある。

(2024年06月07日「保険・年金フォーカス」)

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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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