2024年05月14日

厚生年金適用拡大の新たな論点:年金と健保の連動とマルチワーカー~年金改革ウォッチ 2024年5月号

保険研究部 主席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査部長 兼任 中嶋 邦夫

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1 ―― 先月の動き

年金広報検討会は、既存コンテンツの活用推進や年金対話集会の強化など2024年度の取り組み方針について報告を受けた。年金財政における経済前提に関する専門委員会は、2024年財政検証で用いる経済前提を取りまとめた。働き方の多様化を踏まえた被用者保険の適用の在り方に関する懇談会は、最終回となる関係団体からのヒアリングを行った。年金部会は、財政検証で利用する経済前提の検討結果や2022年度の公的年金財政状況などの報告を受けた。企業年金・個人年金部会は、3月にまとめた同部会の中間整理を踏まえて、企業年金の加入者のための運用の見える化について議論した。
 
○年金局 年金広報検討会
4月10日(第19回) 令和6年度の年金広報、その他
 URL https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_39519.html (資料)
 
○社会保障審議会 年金部会 年金財政における経済前提に関する専門委員会
4月12日(第9回) 財政検証の経済前提
 URL https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_39656.html (資料)
    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_39598.html (報告書)
 
○年金局 働き方の多様化を踏まえた被用者保険の適用の在り方に関する懇談会
4月15日(第4回) 関係団体からのヒアリング③
 URL https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/nenkin_20240131_00009.html (資料)
 
○社会保障審議会 年金部会
4月16日(第14回) 2024年財政検証の経済前提、2022年度の公的年金財政状況
 URL https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/nenkin_20240416.html (資料)
 
○社会保障審議会 企業年金・個人年金部会
4月24日(第34回) 企業年金の加入者のための運用の見える化
 URL https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_39885.html (資料)

2 ―― ポイント解説

2 ―― ポイント解説:厚生年金適用拡大の新たな論点-年金と健保の連動とマルチワーカー

働き方の多様化を踏まえた被用者保険の適用の在り方に関する懇談会は、予定していた3回のヒアリングを終えた。本稿では、今後の新たな論点となるかが注目される、厚生年金と健康保険の連動とマルチワーカーの関係について確認する*1
1|厚生年金と健康保険の連動への異論:健保への加入メリットの少なさと健保保険者の分立が背景
厚生年金と被用者向けの健康保険(協会けんぽや健康保険組合。以下では単に健康保険という)の適用は、一体的に行われるのが原則となっている*2。これまでの適用拡大もこの原則に従って行われてきたが、2024年に始まった前述の懇談会では、複数の委員が連動の再検討を促す意見を述べた。

当該委員が再検討の根拠として挙げたのは、健康保険の加入に伴う主なメリットが病欠中と産休中の手当金に限られる点と*3、健康保険では制度変更に伴う収支への影響が分立している各保険者(運営主体)で異なる点であった。つまり、これらの見解は、今後の適用拡大においては厚生年金と健康保険の連動をやめて厚生年金のみ適用することを示唆している、と考えられる。
 
*2 例外的に、厚生年金や健康保険の加入が義務づけられていない事業所が任意適用を申請する際は、厚生年金と健康保険のいずれか一方のみに加入できる。 https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/jigyosho/20150310.html
*3 健康保険組合によっては、当該組合独自の給付を受けられる場合や国民健康保険よりも負担が軽くなる場合がある。
2|連動しない長所と短所:マルチワーカーの合算が容易になるが、既存適用者との不整合等が課題
適用拡大において厚生年金と健康保険の連動をやめる長所は、複数事業所勤務者(マルチワーカー)の合算適用が容易になる点である。
図表1 複数事業所に勤務する場合の社会保険適用 現行制度では、厚生年金と健康保険の適用は事業所ごとの勤務時間や賃金などで判定されるため、例えば週19時間の勤務を2箇所で掛け持ちしている場合は厚生年金や健康保険が適用されない(図表1の例C)。また、複数事業所勤務者に適用する場合、健康保険では保険者が分立しているため、どの事業所の健康保険に加入するかが問題になる場合がある。

しかし、厚生年金では国のみが保険者であるため、健康保険のような問題が起きない。そのため、厚生年金のみの適用であれば、厚生年金と健康保険を連動させる場合と比べて、図表1のCのような場合に複数事業所での勤務時間等を合算して適用することが容易になる。

ただ、今後の適用拡大を厚生年金のみの適用にすると、(1)従来の適用拡大対象者と不整合、(2)国民健康保険の国庫負担が減らない、という問題が生じる。(1)については、厚生年金のみを適用する対象者を「合算によって適用対象となる人」(図表1のCのような場合)に限定すれば、従来の対象者(図表1のAやBのような場合)とは性質が異なる人々と整理でき、問題になりにくいだろう。ただし、社会保障の充実を求める労働組合等からの反対が予想される。(2)については、国民健康保険での国庫負担の減少を基礎年金の国庫負担の増加に充てる意見もあったため、財務省等からの反対が予想される。

なお、雇用保険では、65歳以上の複数事業所勤務者は合算した所定労働時間で適用を判断する仕組みが2022年1月に始まっており、適用対象となる所定労働時間を週20時間以上から週10時間以上に拡大する改正法案が2024年5月に成立した。これらの動向が議論にどう影響するかにも注目したい。

(2024年05月14日「保険・年金フォーカス」)

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保険研究部   主席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査部長 兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴
  • 【職歴】
     1995年 日本生命保険相互会社入社
     2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
     2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
    (2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

    【社外委員等】
     ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
     ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
     ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
     ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

    【加入団体等】
     ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
     ・博士(経済学)

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