2024年01月22日

米国生命保険市場の現状2023-各州の保険会社、保険事業及び保険監督体制等の状況はどうなっているのか-

文字サイズ

2|各州の保険監督
各州の保険監督官庁は、各州において事業を行っている全ての保険会社の支払能力(ソルベンシー)を監視する責任を有している。ただし、各州における保険会社数の多さや殆どの保険会社が複数州で営業している実態を踏まえれば、各州保険監督官庁が全ての保険会社の監視に同様に注力することは非効率でもあるため、基本的には州内保険会社の監視に注力している。州外保険会社の監視は、一般的に当該保険会社の本拠州に依存している。例えば、2022年に完了した財務検査の99%以上は、州内保険会社に対して行われている14

支払能力を監視し、市場行動を評価するために、保険会社は州の保険部門によって、一般的に3~5年ごとに検査される。なお、特殊な状況では、特定の企業に対するより頻繁な調査が行われる場合がある。

会社検査は「単一州」検査又は「複数州」検査のいずれかとなる。単一州検査は、特定の1つの州又は準州によって実施され、報告書が提出される。複数州検査は、通常、複数の州で相当の事業を行っている会社に対して実施され、本籍州によって開始され、他の州にも参加する機会が与えられる。検査の結果として得られた検査報告書が提出され、各参加州によって受理される場合がある。

NAICは、各州の監督の質を確保し、最低限の基準を保証するために「認定プログラム」15を設定している。ただし、実質的には以下に述べる州毎の保険監督体制の状況等を反映して、規制水準等に差異があるのが実態である。「2―1|各州の保険会社の状況」における保険会社の分布状況は、各州の保険市場の状況に加えて、監督官庁の規制方針等を踏まえた保険会社の対応等を反映したものとなっている。

なお、NAICは近年保険グループの監督についての対応を充実させてきているが、これについてはこのレポートでは触れない16
 
14 NAICの「2022 Insurance Department Resources Report」による。
15 「認定プログラム」については、拙著「ソルベンシー規制の国際動向―保険会社の資本規制を中心に【改訂版】」(保険毎日新聞社)においても説明しているので、参照していただきたい。
16 米国における保険グループの監督についても、拙著「ソルベンシー規制の国際動向―保険会社の資本規制を中心に【改訂版】」(保険毎日新聞社)において説明しているので、参照していただきたい。
3|各州の保険監督体制の状況
次に、保険会社の収入保険料でトップ10の州における保険監督官庁の人員構成を見てみると、以下の図表の通りとなる。

なお、州毎に、他の金融機関の監督官庁等との関係の中での保険監督官庁の位置付けが必ずしも同様な状況ではなく、また部門別の人員配分の考え方も各州間で完全に統一されているわけではないので、単純な比較ができない要素がある点には注意が必要となる。

大多数の州においては、保険監督官庁は分離された組織であり、そのトップである保険コミッショナー(Insurance Commissioner)17は保険監督に専念しているが、他の分野をカバーしなければならない州もあり、この場合にはそれに応じた人員配分が行われる形になっている。例えば、ニューヨーク州は、保険と銀行の監督官庁が統合された影響から、全体的な職員数が大幅に縮小され、カリフォルニア州、テキサス州に比べて、相対的に少ない人数となっている。

ただし、いずれにしても、部門毎の人員配置には州毎の特徴が見てとれる。例えば、ニューヨーク州は財務規制部門が、カリフォルニア州は法務や不正防止部門が、テキサス州は消費者問題部門が、フロリダ州は不正防止部門の人員数が、他州に比べて充実している。
米国各州別の保険監督官庁の部門別人員構成(2022年末)
保険数理部門の人数は、カリフォルニア州、ニューヨーク州、テキサス州等の大きな州が充実しており、アクチュアリーの人数についてもこれらの州では40人程度となっている。なお、必ずしもアクチュアリーが州の職員として存在しない州もあるが、このような州では外部のリソースを利用していたりする。

なお、テキサス州の「その他」が多いのは、2022年における組織再編、新しい役職及び再分類により、労働者災害補償コミッショナー、統計学者、エンジニア、検査官、研究者、データ アナリスト、プロジェクト マネージャー及びWeb管理者が含まれていることによる、と説明されている。  

米国では州の人員スタッフの効率的な活用を図るために、契約スタッフや自州の他の監督官庁の専門人材を利用することに加えて、他州の保険監督官庁からの人材のサービス等の活用も行われている。
 
17 保険コミッショナーの選任に関して、多くの州では任命される形になるが、米国全体の56の州等のうちカリフォルニア州等の12の州等においては一般市民の選挙によって選ばれる。このため、保険コミッショナーの任期も州によって異なっており、多くは知事の意向等によっている。なお、保険コミッショナーの任務も州によって異なり、殆どの州では、独立した機関として、保険規制のみに専念することができるが、その責任に他の分野の監督(消防保安官、州監査官、証券長官等)が含まれる州もある。

4―各州の保険監督規制の差異

4―各州の保険監督規制の差異

ニューヨーク州は財務の健全性に関する監督に関して、各州の中で、最も保守的な厳しいスタンスに立っていると言われている。例えば、アクチュアリーを多く抱えており、各社のアポインテッド・アクチュアリー(日本の保険計理人に相当)等の判断を独自に評価できる体制にある。

ニューヨーク州等は、毎決算期に、各社のアポインテッド・アクチュアリー等に対して、特別に考慮すべき事項に関するレター(Special Consideration Letter)を発行し、(責任準備金の十分性を確認するために行う)資産充分性分析及びそれに基づく意見書等、責任準備金やその他のソルベンシー事項について、具体的な内容の指示等を行っている。各社のアポインテッド・アクチュアリーはこれらの指示に対応する形で報告書を作成している。特に、ニューヨーク州は多くの項目に対して、追加シナリオの設定等で具体的な指示をしている。

また、「3―2|各州の保険監督」で述べたように、一般的には、州外保険会社の監督については、当該保険会社の本拠州に依存している形になるため、必ずしも州内保険会社と同一の取扱になっているとは限らない。ただし、ニューヨーク州は、州内保険会社だけでなく、州外保険会社に対しても、基本的に同様の考え方で規制を行っている。従って、例えば、同一の会社でも、他州ベースでの法定責任準備金の水準とニューヨーク州ベースでの法定責任準備金の水準が異なることにもなる。これにより、会社として2重の管理が必要になるという負荷がかかってくることにもなる。こうした点を考慮して、ニューヨーク州で営業する場合には、別会社にして、ニューヨーク州の規制等による影響が会社全体に及ばないような対応策を講じている会社も多い。なお、「2―1|各州の保険会社の状況」の表において、ニューヨーク州の州内保険会社の数が(その規制が厳しいことで知られているにも関わらず)他州に比べて多いのに対して、州外保険会社の数が他州に比べて圧倒的に少ない、のはこうした理由によるものである。

5―まとめ

5―まとめ

以上、米国における州による保険会社、保険事業及び保険監督体制の状況等を見てきた。

収入保険料でトップ10の州を見ても、州毎にそれぞれの特徴が見られるのが現状である。今回のレポートでは触れていないが、必ずしも規模が大きくない州等においては、キャプティブ等の保険事業を誘致するため、規制緩和等を進めてきていたりしていた。

保険会社の観点からは、どこを本拠州とし、どのような形で米国各州での事業免許を取得し、事業展開を進めていくのかについては、保険市場の規模や特性等に加えて、実質的な監督規制レベルの差異等も考慮しながら、決断していかなければならなくなる。

米国においては、2019年からPBR(原則主義アプローチの責任準備金評価)が導入され、RBC(リスクベース資本)規制に加えて、2022年からはGCC(グループ資本計算)によるグループベースでの資本規制による報告等も導入されてきている。さらには、それ以外にも保険会社の環境変化に対応する形で、各種の監督・規制がNAICによって構築されてきている。これらの実際の適用は各州ベースで行われていく形になるが、各種の課題に対する各州の保険監督官庁の考え方も、必ずしも統一されているというわけでもない。

こうした中で、NAIC、さらにはFRB(連邦準備制度理事会)やFIO(連邦保険局)といった連邦の監督当局が、今後どのような対応を行っていくのか、さらにはそうした動きを受けて、保険会社がどのような戦略を立てて事業展開を進めていくのかについては、大変興味深いことであり、今後も注視していくこととしたい。
Xでシェアする Facebookでシェアする

中村 亮一

研究・専門分野

(2024年01月22日「保険・年金フォーカス」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【米国生命保険市場の現状2023-各州の保険会社、保険事業及び保険監督体制等の状況はどうなっているのか-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

米国生命保険市場の現状2023-各州の保険会社、保険事業及び保険監督体制等の状況はどうなっているのか-のレポート Topへ