2024年01月09日

EIOPAが2024年の監督上のコンバージェンス計画と戦略的優先事項を公表

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1―はじめに

EIOPA(欧州保険年金監督局)は2023年12月21日に、2024年の監督上のコンバージェンス(収束、統一)計画を公表1した。欧州の保険監督当局が、どのような問題意識を有して、どのような問題に対して、監督上のコンバージェンスに向けて、どのように取り組もうとしているのかを知ることは、大変参考になる。

今回のレポートは、このEIOPAによる2024年の監督上のコンバージェンス計画の概要について報告する。併せて、EIOPAの2024年の戦略的優先事項の概要についても報告する。

2―EIOPAの2024年の監督上のコンバージェンス計画

2―EIOPAの2024年の監督上のコンバージェンス計画-全体概要

EIOPAの主な目標の一つに、「各国の保険契約者及び受益者の保護水準を同程度に保ち、監督裁定を防止し、公平な競争条件を保証することを目的として、欧州全体で高い水準、効果的な水準、一貫性のある監督を確保すること」がある。このため、EIOPAは、毎年監督上のコンバージェンス計画を作成し、その進展に取り組んでいる。
1|全体概要
EIOPAが2024年12月21日に発表した2024年の監督上のコンバージェンス計画は、EU(欧州連合)で共通の監督文化と一貫した監督慣行を構築するというEIOPAの使命に沿って、2024年の間に監督上のコンバージェンスを強化するためのEIOPAの優先事項を特定している。

以前の計画と同様に、優先順位は次の3つの主要な領域を中心に挙げられている。
 

1.共通の監督文化の主要な特徴の実践的な実施と監督ツールの更なる開発
2.監督上の裁定取引につながる可能性のある国内市場及び公平な競争の場に対するリスク
3.エマージングリスクの監督

「1.共通の監督文化の主要な特徴の実践的な実施と監督ツールの更なる開発」に関しては、他の優先事項の中で、ソルベンシーIIに基づく監督審査プロセスに関するガイドラインの見直しを開始する。このレビューは、ソルベンシーIIの導入から得た教訓を反映し、質の高い監督に向けてさらなるコンバージェンスを促進することを目的としており、テキストのどの部分がもはや必要でないかを評価するための監督上の判断の余地とともに、各国の特殊性や規制に対処する柔軟性を与え、あまりにも規範的なものになることを避ける。EIOPAはまた、コンダクトリスクの監督評価とESGリスクに対する監督アプローチのさらなる開発にも引き続き取り組んでいく。最後に、SupTech ツールの開発は引き続き優先事項となっている。

「2.監督裁定取引につながる可能性のある内部市場及び公平な競争の場へのリスク」に関しては、国内市場における信頼と一貫性を維持し続けるために、内部モデルに関するベンチマーク研究を促進し、プライベートエクイティ所有の保険会社の監督に関する国家監督当局(NCAs)へのガイダンスを開発することにより、内部市場に潜在的に影響を与える可能性のある分野における監督の集中を強化し続ける。

「3.エマージングリスクの監督」に関しては、監督上のコンバージェンスが鍵となるデジタル・オペレーショナル・レジリエンス法(DORA)に関する新しい枠組みの導入を優先事項に含めている。EIOPAは同様に、保険事業のデジタル変革の監視を継続し、特に保険事業による人工知能の使用の監督において、監督当局が新たな課題に対処するのを支援する方法を特定する予定である。
2|優先領域の考慮すべき基準
EIOPAのコンバージェンス作業の優先順位の決定は、リスクベースのアプローチに従っている。

監督上のコンバージェンス計画を策定する際に考慮される優先事項は、以下の3つのカテゴリーに分類されている。
 

(1) 保険契約者及び金融の安定性に影響を与える分野。リスクが顕在化した場合に影響を受ける保険契約者の規模や数、保険契約者個人への影響の規模だけでなく、市場の評価やビジネスモデルに影響を及ぼす可能性がある場合

(2) 監督上の裁定取引(特に、EU域内及びEU域外国との国境を越える取引について、同等国及び非同等国の双方について言及)が存在することにより、公正性、公平な競争条件又は域内市場の適正な機能に影響を及ぼす可能性のある分野

(3) 実務が大きく異なる主な監督分野

3|2024年の監督上のコンバージェンス計画
この計画はまた、EU全体の戦略的優先事項とEIOPAの戦略目標及びピアレビュー作業計画2023~2024を考慮に入れている。

2023年、監督上のコンバージェンスに関する作業はかなりの進展を示したが、いくつかのプロジェクトはまだ最終決定する必要がある。持続可能性や再保険の利用など、2024年の新たな優先分野が特定されている。2024年には、EIOPAはまた、ソルベンシーIIのレビューと保険再建・破綻処理指令 (IRRD)の採択から派生した政策作業を実施する。特にソルベンシーII作業に関しては、昨年の監督コンバージェンスからの教訓が実践される。

3―EIOPAの2024年の監督上のコンバージェンス計画

3―EIOPAの2024年の監督上のコンバージェンス計画-具体的内容

具体的な計画については、先の3つの主要な領域において、例えば、以下の項目が挙げられている。
(1) 共通の監督文化の実践的実施と監督ツールのさらなる開発
リスク評価のフレームワークと比例性の適用」に関して、ソルベンシーII要件の監督の最初の年についてNCAsが学んだ教訓を反映するために、ガイドラインをさらに改善できるかどうか、またどのように改善できるかを評価するための監督審査プロセス(SRP)に関するEIOPAガイドラインのレビュー、ならびに監督の質、有効性及び一貫性を確保する目的にガイドラインが適合し続けることを保証するための新しいマクロ経済環境及びデジタル化の新たな傾向について議論。EIOPAはまた、監督ハンドブックのリスク評価フレームワークに関する章のレビューの必要性を検討。

内部モデルの監督に対する共通のベンチマーク」に関して、「IMOGAPI(内部モデルの継続中の適切性指標)」ツールの年次更新とさらなる開発、特に、2024 年に利用可能になる新しい IM QRT(内部モデル定量的報告テンプレート) からの情報は、ツールに直接組み込まれる。さらに、EIOPA は、新しい IM QRT を活用して、IM の監督をサポートする個別のレポートを作成することにも取り組んでいる。

環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクへの監督アプローチ」に関して、(1)公開される内容の評価を含め、ソルベンシーII第2の柱の気候関連リスクの監督に関するEIOPA監督ハンドブックの章を見直す必要性の評価、(2)ORSA(リスクとソルベンシーの自己評価)における気候変動リスクシナリオの使用の監督に関するEIOPA意見書の適用の監視、(3)気候関連リスク、特に自然災害の重要性の評価に関連する監視活動、及びカレッ会議におけるORSAにおける気候リスク評価の統合に関する議論、(4)EIOPAによるグリーンウォッシング事例のモニタリングと監督、また移行計画と目標に関連して、SupTechがグリーンウォッシング事例と発生を効果的に特定できるかどうかのテスト

グループ監督」に関しては、グループの監督、特に(他の金融セクターのカテゴリーに該当する関連会社についても)自己資本の取り扱いに関する監督ハンドブックの章をさらに改善する。

この分野では、さらに、2023年と同じ、「コンダクトリスクの監督評価」、「監督技術(SUPTECH」、「キャプティブの監督」、「国境を越える観点からの監督ツール」といった項目に加えて、新たに「革新的な再保険ストラクチャーに関するガイダンス」、「プルーデント・パーソン原則の監督に関するピアレビュー」、「技術的準備金の監督に関するピアレビュー」といった項目が挙げられている。

革新的な再保険ストラクチャーに関するガイダンス」については、2023年にEIOPAは、欧州全体で一貫した取扱いを確保するための革新的な再保険構造(例えば、マッチング調整再保険)についてメンバーと議論を開始した。2024年中にEIOPAは、大量解約再保険契約とスライディングスケールコミッションの分析を完了するとともに、積立再保険 (資産集約型再保険) とメンバーが提案するその他の契約の分析を開始する(新規プロジェクト)。

技術的準備金の監督に関するピアレビュー」については、EIOPAのピアレビュー作業計画2023~24に沿って、EIOPAは、保険契約に組み込まれたオプションと保証をより良く評価するための確率的シミュレーションの使用に特に焦点を当てて、NCAsによる技術的準備金(即ち、最良推定評価)の監督に関するピアレビューを実施する(新規プロジェクト)。
(2) 監督上の裁定取引につながる可能性のある国内市場及び公平な競争の場に対するリスク
内部モデルの結果、モデリング方法論及び監督実務」に関して、(1)市場リスクと信用リスクに関する年次比較研究を継続、(2)生命保険引受リスク比較研究を継続、(3)オペレーショナル・リスクのモデル化手法と監督実務に関する分析を完了、(4)「内部モデルにおける分散効果に関する研究」の更新を開始、(5)NatCat(自然大災害)リスクに関するイニシアティブを開始(現在の会社のNatCatリスクモデリングアプローチを方法論的観点から分析し、特に既存の課題に関して優れた監督慣行を収集する)(新規プロジェクト

この分野では、さらに2023年と同じ「権限、適合性及び所有権」、「年金の問題」、「EUの第三国再保険」といった項目に加えて、新たに「プライベートエクイティの保険会社の所有」の項目が挙げられている。

プライベートエクイティの保険会社の所有」については、プライベートエクイティが所有する保険会社の監督に関連して、NCAsの知識を収集し、最良の監督慣行を特定するための監督コンバージェンスツールに取り組む(新規プロジェクト)。
(3) エマージングリスクの監督
ITセキュリティ及びガバナンス関連のリスク(サイバーリスクを含む)」に関して、EIOPAは、金融セクターのデジタル・オペレーショナル・レジリエンスに関する規制(デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法(DORA))に基づく政策義務の履行について、合同委員会を通じてEBA(欧州銀行監督局)及びESMA(欧州証券市場監督局)と協力していく。政策義務の策定に加えて、ESAs (European Supervisory Authorities:欧州監督当局)2はDORA に起因する新しい役割とタスク (監視フレームワーク、主要な ICT 関連インシデントの報告管理等) に備える必要がある。2024 年に ESAsは、新しい規制要件に対応できるように内部プロセスとシステムを適応させるプロジェクトを開始する。ICT リスクの監督に関する監督の統合も、DORA の文脈において重要となる。

デジタルトランスフォーメーション」については、(1)EIOPAのデジタル倫理に関する諮問専門家グループが開発したAIガバナンス原則レポートが2021年6月に出版されたことを受け、EIOPAは、例えば保険における特定のAIユースケースのガバナンスとリスク管理に焦点を当てる等、さらなるセクター別業務の開発を目指す予定である。この点において、EIOPA は人工知能法の法整備を考慮する。(2)欧州イノベーション・ファシリテーター・フォーラム(EFIF)の保険及び年金セクターの分野における関連する議論に参加し、促進する。 EFIFは、監督者が定期的に会合し、イノベーション・ファシリテーターを通じて企業との関わりから得た経験を共有し、技術的専門知識を共有し、共通の見解に達するためのプラットフォームを提供する。

なお、2023年の計画に挙げられていた「サイバー引受け」、「デジタルビジネスモデル分析」の項目については、今回は大きな項目としては取り上げられていない。
 
2 EBA(欧州銀行監督局)、EIOPA(欧州保険年金監督局)及びESMA(欧州証券市場監督局)
(参考)監督ハンドブック
国家監督当局(NCAs)の役割は、適用される規制のフレームワークの遵守を確保するために、健全で効果的かつ効率的な監督を提供することであるため、EIOPA は規則(EU)No 1094/2010(EIOPA 規則)第29 条第2項に従って、NCAsを支援する監督ハンドブックを作成している。

監督ハンドブックは、共通のEU監督文化と一貫した監督慣行を構築するという目標の達成に向けて、EIOPA のメンバー及びオブザーバーに、保険及び再保険会社ならびに生損保事業を行うグループの監督に関する優れた慣行を推奨している。

監督ハンドブック、及び関連する目次は、監督者の日常業務をサポートすることを目的としている。これには、機密扱いのセンシティブなガイダンス、推奨事項、ベストプラクティス、ケーススタディ、監督に関するアンケート、及び監督上のレビュープロセスを実施する方法の例が含まれている。
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中村 亮一

研究・専門分野

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