2023年11月22日

年金基金規制の見直しの検討状況(欧州)-欧州委員会の要請を受けたEIOPAの勧告

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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1――年金基金の健全性規制の見直しの最近の動き

EUにおける年金基金の健全性の確保のためには、既に職域年金基金指令(IORP II)があるが、状況の変化に応じて内容を検討し、場合によっては変更していくことも想定されている。そのような動きの一つとして、欧州委員会がEIOPA(欧州保険・企業年金監督機構)に対して見直しを要請していたが、それに対する回答が2023年9月28日に公表され1、その方針にそって見直しが実施されることになる。今回はその内容を紹介する。
 
1 Technical advice for the review of the IORPII Directive (EIOPA 2023.9.28)
https://www.eiopa.europa.eu/system/files/2023-09/EIOPA-BoS-23-341-Advice_IORPII_review.pdf
(報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)

2――見直しの主要な項目

2――見直しの主要な項目

1プロポーショナリティ
小規模な年金基金は特定のいくつかの要件を免除されることになっている(プロポーショナリティ)が、この小規模とみなす基準は、現在100人を境としている。これを加入者と年金受給者合計で1000人未満かつ資産2500万ユーロに引き上げることを検討すべきである。この規模までの年金基金のリスクプロファイルが適切であるという実態にあれば、免除対象を広げることで各国監督者の自由度を増し、監督コストを下げることに役立つ。また、他の規制、例えばサステナブルファイナンス開示規則(SFDR)やデジタルオペレーションレジリエンス法(DORA)のICT関係のリスク管理規定における動向にあわせていくことが望ましい。本来リスク管理は、年金基金の規模ではなく、リスクプロファイルや年金基金の活動の複雑さなどの実態に即したものとすることが基本的な考え方であることには変わりない。
2流動性リスク
2022年秋に英国で起きた事態2により、デリバティブポジションをもつ年金基金が重大な流動リスクにさらされていることが判明した。年金基金が追加証拠金を調達するため、あるいは出来ない場合でも、資産の投げ売り、投資収益の低下、財務安定性の危機といった悪影響が出る可能性がある。

従って、各年金基金がデリバティブに関連する流動性リスクの評価と管理を促進し、各国監督者もその監視能力を高めることが重要である。今後EIOPAでは、関連したガイドラインや意見書を発行する予定である。
 
2 債務連動型運用戦略をとる年金基金などが、金利急上昇の際、デリバティブの追加証拠金が生じ、そのために英国債を大量に売却した(しようとした)事態
3年金基金運営の確実な実施と、サービスプロバイダーとの利益相反の管理
年金基金の適切な運用を確実にするため、年金基金の認可や登録に関する審査プロセスを明確にし、将来の年金基金運営が実際に可能であることやサステナビリティを評価していくことを推奨する。

また、多くの年金基金は、外部のサービスプロバイダーに実際の業務運用を委託しているが、増加しつつある加入者の不利益を防ぐため、年金基金と外部のサービスプロバイダーの間で、利益に関する紛争を未然に防止するための管理を強化することが望ましい。
4データの有効活用
現在のIORP IIにおいては、必要なデータを収集する権限を各国監督者に与えてはいるものの、必ずしも定期的・定量的な報告義務をはっきり示しているわけではない。国によっては、IORP IIに関する法的な言及がなされていないケースもあり、真に必要なデータが収集できていないおそれがある。こうした点についてIORP IIに明確に権限を記載し、確実にデータ収集が行えるようにする必要がある。
5リスク評価の標準化
この点に関しては今回何も方針を変えることはない。IORP IIにおけるリスク評価は、加盟国共通の最小限の事項だけを定めて、あとは各国監督者の権限による自由な要請に任せている。それでも、市場整合的な資産評価と、ストレステストに基づく考え方であれば、自然に標準的なリスク評価方法が導入されるはずである。それにより年金基金のリスクと脆弱性をよりよく理解し、回復力とサステナビリティを保つことにより、加入者と年金受給者の保護につながる。
6国をまたがる活動と資金移動
年金基金市場に関する、2017年頃からこれまでの調査結果をみると、一般的に、欧州域内では期待されたほどの規模の進展はしておらず、依然として発達途上にある。国内市場の機能を強化し、国境を越えた活動や移転を促進することが必要である。今回の勧告では、現在行われている登録者認可プロセスの一環としての健全性評価の導入と、確定拠出年金の国境を越えた活動に関する手続きの一部簡素化を推奨する。また、国境を越えた資金移動を承認する必要がある場合、加入者と年金受給者などの一定数以上の合意が必要であるが、その定義が各国でまちまちであることが、普及の妨げになっているとみて、「一定数」の定義を統一することを推奨する。

なお、欧州委員会は、職域年金のための欧州内市場を真に発展させる他の可能性を模索するようIORP II 指令によるもの以外にも、勧告されてもいるところである。
7加入者と年金受給者への情報提供とその他の取扱い要件の改善
デジタル化の進展や確定拠出年金へのシフトなどのトレンドや、IORP IIの導入以来EIOPA が実施した調査分析からの洞察を反映するため、今回の勧告では、加入者と年金受給者への情報提供に関する要請をさらに発展させようとしている。

これには、年金給付明細書の構成と内容の検討、情報をデジタル機器により適切に表示すること、およびコストと料金に関するさらなる透明性を提供する方法、に関する勧告が含まれている。EIOPA は、退職後の資金計画に役立つような将来給付推定に関する情報が重要であるとみて、予測に関する要請を引き続き策定する。
8確定給付年金から確定拠出年金へのシフト
欧州の年金情勢は、これまでのような確定給付年金と確定拠出年金の組み合わせから、確定拠出年金だけが主流になるシフトの過渡期にある。当初、欧州員会がEIOPAの勧告を求める際から、「確定拠出年金の加入者と年金受給者のリスクを特定し、それに留意しつつ、規制の枠組みをそうしたシフトに適応させる必要性と可能な方法を検討する」よう求めていた。今回の勧告においては、個々の加入者が年金資金を積み立てる際に直面する、主なリスクを特定する。

例えば、退職所得リスク、投資リスク、適用されるコストと手数料、管理およびガバナンスのリスク、知識のギャップなどである。

そしてこれらのリスクに対処するため、EIOPA が確定拠出年金を中心に開発した過去の取り組みに基づいてこの勧告には以下のような推奨事項が含まれている。

年金基金による確定拠出年金の長期リスク評価の実施、費用と料金の報告、苦情手続き、年金基金の意思決定に対する加入者の貢献に関する報告、確定拠出年金の基金を運営する者の適性に関する報告
9サステナビリティ
慎重な投資原則(プルーデントパーソンルール)によっても、現在、年金は投資決定の際、サステナビリティの要素を投資方針に統合する必要はない。しかし今回の勧告においては、保険会社と同様に、サステナビリティの要素を導入するため、以下のような要素を明示することを推奨する。

・投資決定におけるサステナビリティのリスクの反映
・投資戦略とサステナビリティ要因に関する決定について、潜在的かつ長期的な影響
・加入者および年金受給者が、投資決定におけるサステナビリティの優先順位をどう認識するか
・よりサステナブルな事業活動への移行をサポートするために、投資先との話し合い(エンゲージメント)による年金基金のスチュアードシップ(投資責任)を果たすこと

また今回の勧告は、サステナビリティの社会的側面の一つである年金の男女格差を減らすために、加盟国がどこまで積極的な措置を講じることができるかについて、認識を高めることも示唆している。
10ダイバーシティとインクルージョン3
経営組織の多様性(ダイバーシティ)は、以下の点で重要である。

・組織内で全体の適切な代表を確保するため
・独立した意見や批判を促進するため。
・課題を解決し、経営をより効果的に監視し、リスク監視と回復力の改善に貢献するため

ダイバーシティとインクルージョンを促進するための、年金基金の方針を定めて、経営層のダイバーシティを高めることを、この勧告では特に推奨する。また経営組織において、少ないジェンダーの代表者の拡大目標、報酬規程のジェンダー中立性、ダイバーシティとインクルージョンに関する年金基金による報告も推奨する。
 
3 一般に、多様性があることを認識することを「ダイバーシティ」と呼び、それが具体的に組織の規定などに反映されて、プラスの効果を発揮することを「インクルージョン」と呼ぶらしいが、それ自体が大きなテーマなので、ここではそのくらいの理解で充分と思われる。

3――おわりに

3――おわりに

年金基金は、負債構造が保険会社に類似した面が多いので、リスク管理の観点からは、保険会社と同じものに追いつこうとしている途上であろう。例えば、上記の流動性リスク管理についても、2022年秋の英国の事態においては、保険会社はリスク管理上うまく乗り切ったが、年金基金の一部は(結果的には大きな問題にならずに済んだが)若干不安な場面もあったということだ。

また、以前からリスク管理や健全性確保の分野では、経済的、数量的な側面の項目が中心であったが、それに加えて、サステナビリティ、ダイバーシティのような要素が、年金基金についても重視されるようになりつつあるということが見て取れる。引き続き、動向をみていくことにしたい。
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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2023年11月22日「基礎研レター」)

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