2023年09月19日

日銀短観(9月調査)予測~大企業製造業の業況判断DIは1ポイント上昇の6と予想、価格転嫁の勢いや資金繰りに注目

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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9月短観予測:景況感の動きは限定的に、設備投資計画は堅調を維持

(大企業製造業の景況感は辛うじて2期連続改善か) 
10月2日に公表される日銀短観9月調査では、製造業・非製造業ともに強弱材料が拮抗し、景況感の動きが限定的に留まりそうだ。大企業製造業では供給制約の緩和や円安進行による輸出採算の改善を受けて、業況判断DIが6と前回6月調査から1ポイント上昇すると予想している(表紙図表1)。この場合、景況感は辛うじて2期連続での改善ということになる。また、大企業非製造業では、引き続き、経済活動正常化に伴うサービス需要やインバウンド需要の回復を受けて、業況判断DIが25と前回から2ポイント上昇し、6四半期連続での景況感回復が示されると見込んでいる。
 
ちなみに、前回6月調査1では、供給制約の緩和や原燃料高の一服などを受けて、大企業製造業の景況感が7四半期ぶりに底入れしていた。また、非製造業では、新型コロナの5類への以降等を受けて経済活動再開の流れが続いたことで景況感の改善が続いていた(図表2・3)。
(図表2)前回調査までの業況判断DI/(図表3)主な業種の業況判断DI(大企業)
今回調査では、引き続き自動車領域での供給制約の緩和や円安進行に伴う輸出採算の改善を受けて、大企業製造業の景況感が引き続き改善すると見ている。ただし、中国経済の回復の遅れや長引く半導体市場の低迷が抑制要因となり、改善幅はごく小幅に留まると見ている。

大企業非製造業については、引き続き、経済活動正常化に伴うサービス需要やインバウンド需要の回復を受けて、景況感の改善基調が維持されていると見ているが、物価上昇による消費の下押しや人手不足感が景況感の重石になったと見込んでいる(図表4~7)。
 
中小企業の業況判断DIについては、製造業が▲3、非製造業が13と、それぞれ前回から2ポイントの上昇になると予想している(表紙図表1)。大企業同様、製造業・非製造業ともに景況感の改善は限定的になると見込んでいる。
 
先行きの景況感については総じて悪化が示されると予想している(表紙図表1)。製造業では、自動車の挽回生産への期待が支えになるものの、利上げに伴う欧米経済の悪化や中国経済の回復の遅れ、足元の原油高・円安進行による原材料価格の再上昇などへの警戒感がやや優勢となる可能性が高い。

また、非製造業では、物価上昇に伴う国内消費の腰折れや人手不足の深刻化、原材料価格の再上昇などへの警戒感が台頭し、先行きに対する慎重な見方が示されると見ている。
(図表4)生産・輸出・消費の動向/(図表5)鉱工業生産の動向(実績・予測)
(図表6)国内延べ宿泊者数の動向/(図表7)ドル円と輸入物価の動向
 
1 前回6月調査の基準日は6月13日、今回9月調査の基準日は9月12日(基準日までに約7割が回答するとされる)。
(設備投資計画は堅調を維持)
2023年度の設備投資計画(全規模全産業)は前年比12.9%増となり、前回6月調査(11.8%増)からやや上方修正されると予想する。前回調査からの上方修正幅は1.1%ポイントと例年2並みを想定している(図表8~10)。
 
例年9月調査では年度計画が固まってきて投資額が上乗せされる傾向が強いうえ、資材価格や人件費の上昇を受けて、投資額が嵩みやすくなっている面も押し上げ材料になる3。ただし、実態としても、既往の収益回復を受けた投資余力の改善、経済活動の正常化の流れ継続、脱炭素・DX・省力化・サプライチェーンの再構築等に伴う投資需要を追い風として、堅調な設備投資計画が維持されていると言えるだろう。
(図表8)設備投資関連指標の動向/(図表9)設備投資計画推移(全規模全産業)
(図表10)設備投資計画の予測表
 
2 2013~22年度における9月調査での修正幅は平均で+1.2%ポイント
3 GDP統計における設備投資デフレーター(四半期次)は2021年終盤以降、前年比3~4%台で推移。
(注目ポイント:販売価格判断DIと企業の物価見通しなど)
今回の短観において、景況感や設備投資計画以外で特に注目されるのは前回同様、二つの物価関連項目だ。

まず、企業による値上げの勢い(モメンタム)を示す「販売価格判断DI」が挙げられる(図表11)。同DI(全規模)は前回調査にかけて2期連続で低下していたが、そのペースは緩やかで、水準も高止まりしていた。さらに先行きにかけての低下ペースも緩やかであった。既往の仕入価格上昇の転嫁が遅れていた影響が大きい。仕入に直結する輸入物価は8月にかけて前年割れが続いているものの、足元では再び円安・原油高が進んでいる。今回、企業による価格転嫁の勢いが先行きにかけてどの程度維持されるのかが、物価上昇の根強さを占う手がかりとなる。
 
また、「企業の物価見通し」も重要性が高い。企業の予想物価上昇率である当項目は一昨年以降大きく上昇し、前回調査でも、1年後・3年後・5年後ともに物価目標である前年比2%を上回って高止まりしていた(図表12)。特に中長期の物価見通しは企業の賃金・価格設定に与える影響が大きいと考えられるため、賃上げや物価上昇の持続性を考えるうえで動向が注目される。
 
なお、最近ではゼロゼロ融資の返済開始や物価高などを受けて倒産が増えてきていることから、中小企業の資金繰り状況を示す「資金繰り判断DI」に大きな変動がないかという点も注目される。
(図表11)(図表11)仕入・販売価格DI(全規模)/(図表12)(図表12)企業の物価見通し(全規模)
(政策修正を正当化する材料になるか)
日銀は今のところ、「賃金の上昇を伴うかたちでの 2%の物価安定の目標の持続的・安定的な実現を見通せる状況には至っていない」との判断のもと、その実現可能性を慎重に見定める基本方針を維持している。

今回の短観では、景況感こそ小動きに留まるものの、堅調な設備投資計画が維持され、価格転嫁の継続や予想物価上昇率の高止まりが示される可能性が高いと見ている。そして、その場合は日銀による正常化方向へのさらなる政策修正を正当化する材料になり得るだろう。
 
今月上旬に報道された植田総裁のインタビューを発端として、市場では早期のマイナス金利解除観測が台頭しているが、筆者は正常化に向けたさらなる政策修正にはまだ時間がかかると見ている。

日銀は7月末の金融政策決定会合においてYCCの柔軟化(長期金利の許容上限を最大1%に引き上げる内容)を決定したばかりであり、しばらくはその影響を見定める時間帯と考えている可能性が高い。また、物価目標達成判断の大きなカギになる賃金上昇の持続性については、やはり来春闘の情勢を見定める必要があり、まだ時間がかかるだろう。従って、円安抑制を意図したフォワードガイダンスの部分的な修正や国債買入れの縮小といった措置は否定しないものの、金融政策自体は当面現状維持になると予想している。
 
 

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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

(2023年09月19日「Weekly エコノミスト・レター」)

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