2022年03月08日

英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その3)-英国政府が改革のヘッドラインを発表-

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3.スピーチで言及されたものを含む、提案されたソルベンシーII改革の完全なリスト
追加情報として、以下の項目が挙げられている(英国政府公表内容の翻訳)。

リスクマージンの大幅な削減
・長期生命保険会社の場合、約60~70%の削減。

マッチング調整の計算に使用される基本スプレッドの再評価
・信用リスクに対する感応度をよりよく反映
・バランスシートに重要な変動性を導入することを回避

柔軟性を大幅に向上させ、経済成長を可能にするハードウェアであるインフラストラクチャなどの長期資産への投資を増やす。
・マッチング調整ポートフォリオの対象となる資産の範囲を拡大して、償還日を変更するオプションを備えた資産を含める。このような資産には、建設段階の資産とコーラブル債が含まれる。

・マッチング調整の対象となる負債を拡大して、所得補償商品及び罹患リスクを保証する商品を含める。

・格付けがBBBを下回るマッチング調整ポートフォリオにおける資産の不釣り合いに厳しい扱いを取り除く。会社は依然としてプルーデントパーソン原則を遵守することが期待される。

・それほど複雑でない資産に対する評価、格付け及び資本問題のレビューからそれらを切り離すことにより、マッチング調整適格性の決定をスピードアップする。

・マッチング調整違反に対するより比例したアプローチを導入する。

・履歴データのない資産の処理方法に大きな柔軟性を提供する。

現在の報告と管理上の負担を構成するEU由来の規制の大幅な削減
・PRAが承認されたモデルが依然として許容可能な品質であることを保証できるようにするための保護手段を備えつつ、内部モデル基準の数を減らして承認プロセスをスピードアップする。

・外国の保険会社の支店が現地の資産を保有し、現地の資本要件を計算するための要件を削除する。

・ソルベンシーII制度が適用される前に、保険会社の規模と複雑さの臨界値を2倍にし、中小会社にオプトインするオプションを提供する。

・新しい保険会社に報告の免除を提供し、一部の報告の頻度を減らし、他の報告を削除するなど、報告要件を改革する。

・新しい保険会社のための動員体制の導入

・連結グループの自己資本要件を計算するための複数のアプローチを可能にする。

・ソルベンシーIIの移行措置の計算を簡素化して、レガシーシステムを維持するための管理上の負担を軽減する。

一方で、英国政府は、2022年2月21日に、そのHPで「英国は保険セクター規制の大胆な改革を通じて官僚主義を大幅に削減-財務省の経済長官は、ソルベンシーIIの大胆な改革を通じて、Brexitの機会を掴み、官僚主義を削減する計画を立てている。」として、以下の内容を公表7している(英国政府公表内容の翻訳)。

・提案されている保険セクター規制の見直しにより、より調整された動的なレジームが構築され、英国のインフラストラクチャへの数十億ポンドの投資が可能になる。

・保険契約者の保護は引き続き最優先事項である。

英国のEU離脱後の自由を掌握し、英国の保険セクターの規制改革を通じて官僚的形式主義を大幅に削減することで、数百億ポンドの投資を解き放つと、英国財務長官は本日述べた。

John Glen氏は、今夜(2月21日月曜日)の英国保険協会の年次夕食会で、官僚主義を削減し、規制を緩和して、成長を解き放ち、英国のインフラストラクチャへの投資を解き放つ計画について概説した。本日発表された計画は、Brexitのメリットをさらに提供し、会社がより多くの資金を投資、革新、雇用創出に費やすことができるようにする。

英国が世界で最も規制された経済の1つになるために新しい自由をどのように使用しているかを定めた政策文書を政府が発表してからわずか数週間後、首相は私たちの法的枠組みにおけるEU法の特別な地位を終わらせるために、新しいブレグジット自由法案を提出する、と発表した。

英国の保険セクターは、EU全体の保険規制を調和させるために導入された後、2016年からソルベンシーII規則の対象となっている。

しかし、Glen氏は、EUに焦点を合わせ、規則に基づいた、負担の大きい一連の規制は、英国に焦点を合わせ、機敏で、容易に適応できるように改革されるだろうと述べた。彼は、新しい英国レジームは市場の発展を妨げるのではなく促進し、新しく革新的な会社の参入を支援し、生産的な投資のための資本の解放を可能にするだろうと述べた。

John Glen財務省の経済長官は次のように述べている。> EUの規制はもはや機能せず、政府は保険会社の慎重な規制を私たちの独特の状況に合わせて調整することでそれを修正することを決意している。>>保険契約者を保護し、保険会社が長期資本を利用して成長を実現しやすくすると同時に、革新的で活気のある保険セクターを維持及び成長させる真の機会がある。

Glen氏はまた、改革は、保険契約者保護の全体的なレベルは引き続き強力であり、保険契約者を保護する、と繰り返し述べた。PRAには、会社の失敗に対する保護の追加レイヤーを提供する個々の会社リスクに対処するための広範な権限がすでにある。

財務省がPRAとともに開発したソルベンシーII改革案には、次のものが含まれる。

・長期生命保険会社に対する約60~70%の削減を含む、リスクマージンの大幅な削減。
・マッチング調整における信用リスクのより敏感な取り扱い。

・保険会社がインフラストラクチャ等の長期資産に投資できるようにするための柔軟性の大幅な向上

・会社の現在の報告と管理上の負担の有意義な削減。

改革は、保険会社が成長を解き放つために長期資本に投資するために数百億ポンドの価値のある機会を生み出し、英国のインフラへのより大きな投資を解き放つと期待されている。

大臣はスピーチの中で、英国を地球上で最もグリーンかつオープンでダイナミックな金融サービス部門に変えるという(昨年マンションハウスで財務大臣によって設定された)政府のビジョンを繰り返した。

6―ABIの反応

6―ABIの反応

上記の財務長官のスピーチに対して、ABIの規制ディレクターのCharlotte Clark氏は、以下のように反応して、歓迎の意を表明8した。

「ソルベンシーIIレビューの次のステップの概要を説明するこの発表を歓迎する。私たちは長い間、政府の目的を完全に満たし、業界が議題のレベルアップとネットゼロへの移行においてさらに大きな役割を果たすのに役立つ有意義な改革を提唱してきた。
この発表は、私たちが持っている保険契約者保護の高水準を損なうことなく、英国への追加投資を提供するパッケージを確実に手に入れるための前向きな一歩である。
政府、財務省、及びPRAとの緊密な協力を継続し、改革の最終パッケージがこれらの定められた全ての目的を確実に満たすようにすることを楽しみにしている。」

また、ABI会長のBarry O'Dwyer氏は、2022年2月22日開催のABI年次大会の基調演説9において、前日の夜におけるJohn Glen氏の発表を受けて、政府はリスクマージンの大幅な削減を含むソルベンシーIIの改革計画を打ち出したが、「これにより、英国のパンデミック後の回復を推進するために、雇用、インフラストラクチャ、グリーンフィナックへの投資が大幅に増加する。」と述べた。

また、「ソルベンシーIIの改革の結果として解放される可能性のある経済とグリーンインフラストラクチャに最大950億ポンドを投資できるようにするためにも、コラボレーションは不可欠だ。」と述べた。
(参考)Huw Evans ABI前事務局長の締めくくりの考え
2021年9月12日に、Huw Evans氏は、ABI事務局長としての最終日に、締めくくりの考えを共有するとして、以下の内容を公表10している。ABIの考え方を理解する上での参考になることから、ここでそのポイントを紹介しておく。

2008年にABIに参加して以降、以下の2つの基本的なポイントが変化した。

・ソルベンシーIIが改善されつつあるときに、英国はEUを離脱した。英国が競争上の不利益を被らないようにするには、英国はEUよりも先に進まなければならない。

・英国は2050年までにネットゼロに到達することを約束しており、推定3兆ポンドの投資と、長期貯蓄プロバイダーと保険会社が資本を投資する方法の根本的な変更が必要になる。

欧州委員会は、ソルベンシーIIのリスクマージンに対するより野心的な改革を支持する一方で、マッチング調整に重要な変更を提案することは却下し、その結果、短期的には最大900億ユーロの投資資本が解放されると見積もっている。英国政府が少なくとも同様の野心的な改革を受け入れない限り、英国はEUよりも競争力の低いレジームを採用することになる。
また、現在行われている議論では、以下の3つの重要なポイントが見逃されている危険性がある。

・これは誰の改革なのか
・基本スプレッドの問題は何なのか
・改革は保険契約者の保護を弱めるのか

保険会社、規制当局、英国政府の間には、表面上見られるよりも多くの共通点があり、皆、ソルベンシーIIのコア要素を維持し、保険契約者を保護し、システムを悩ませてきた面倒なプロセスと報告の一部を改善するための強力で効果的なシステムを維持したいと考えている。EUと同様に、リスクマージンメカニズムが新たな国際基準に沿って改善できることに同意している。

Brexitの機会を捉えて、ソルベンシーIIの改革を行い、ネットゼロへの資金提供に真剣に取り組んでいく必要がある。

7―今後のスケジュール

7―今後のスケジュール

なお、ソルベンシーIIレビューの今後のスケジュールに関しては、以下の通りと公表されている。

政府は、2022年4月にソルベンシーIIに提案された英国の改革に関する完全な協議文書を公開する。これに続いて、年内にPRAによるより詳細な技術的協議が行われることになる。

このスケジュールに従った場合、実際に改革が実施されるのは、その改革内容にもよるが、早くても2025年以降となることが想定されることになる。

8―まとめ

8―まとめ

以上、今回のレポートでは、2021年9月のレポート以降の動きと今回、英国政府が発表した改革の内容について、その概要を報告してきた。

昨年9月の2回のレポートで報告したように、リスクマージンやマッチング調整等の改革については、英国政府は強い課題意識で取り組む姿勢を見せていた。今回の英国政府の発表は、改めて、その方針と方向性を明確に表明した形になっている。

改革の具体的な内容については、4月の協議文書の公開を待つ形になり、その段階にならないと、保険業界が具体的な影響や評価を行うことはできないが、ABIの反応によれば、取りあえずは、資本負担の軽減と投資機会の拡大が想定されていることから、今回の発表を歓迎する意向を示した形になっている。

ただし、これまでのレポートで述べてきたように、今回の英国におけるソルベンシーIIの改革の内容が、EUにおけるソルベンシーIIのレビューの内容との関係で、どの程度の同等性を確保したものとなっているのかについてが、特にグローバルベースで事業展開を行っている保険グループにとっては、もう一つの大きな関心事となっている。

前回のレポートでも述べたように、EUと英国のソルベンシーIIレビューは、その優先的な検討テーマを含めて、必ずしも整合的になっているわけではない。今回の改革に基づく英国のソルベンシーIIについて、EUのソルベンシーIIとの同等性が認められなければ、英国さらには(英国政府のスタンスによっては)EUの保険会社も、余分な負担を強いられることになる懸念が発生してくることになる。

英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向は、そのEUソルベンシーIIとの同等性評価に絡む問題、それがさらにはIAIS(保険監督者国際機構)のICS(保険資本基準)の検討における米国のAM(合算法)を始めとする各国の資本規制に対する同等性評価等にも関わってくる問題でもあることから、EUにおけるソルベンシーIIのレビューの動向と合わせて、極めて関心の高い事項である。

日本における新たなソルベンシー規制の検討の上においても、参考になることが多いと思われることから、今後ともその動向を引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2022年03月08日「基礎研レポート」)

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レポート紹介

【英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その3)-英国政府が改革のヘッドラインを発表-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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