2021年05月12日

他人の幸せの為に行動すると、幸せになれるのか? -利他的行動の幸福度への影響の実験による検証

基礎研REPORT(冊子版)5月号[vol.290]

保険研究部 准主任研究員 岩﨑 敬子

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1―はじめに

他人の幸せの為に行動すると、幸せになれるのだろうか。世界各国で、寄付のように他人に利益を与える行動をする人は、幸福度が高い傾向があることが示されている*1。こうした「自分に何らかのコスト(時間、労力、お金、など)を負いながら他者に利益を与える行動」*2のことを利他的行動という。しかし、こうした利他的行動をする人は、利他的行動によって幸せになっている可能性もあれば、幸せだから利他的行動をしている可能性もある。そのため、利他的な行動をしている人と利他的な行動をしていない人の幸福度を比較しても、その因果関係を捉えることはできない。
 
そこで、この因果関係を捉えるために、世界で様々な実験的な研究が行われてきた。そして、これまでの様々な研究では、経済的に豊かと考えられる国でも貧しいと考えられる国でも、さらには、大人でも小さな子どもでも、利他的な行動は幸福度を高めるという因果関係がある可能性が示されてきた。
 
本稿では、これまで行われてきたこうした利他的行動と幸福の因果関係を示す実験的な研究結果を紹介する。そしてさらに、ニッセイ基礎研究所が独自に行った大規模な実験の結果を紹介する。結果を先取りしてお伝えすれば、この実験によって、日本に住む人々の間でも利他的行動は幸福度を高める可能性があることが確認された。

2―利他的行動で幸せになれることを実証した実験*3

1│人の為にお金を使うと幸せになる
利他的行動で幸福になるという因果関係を示した最も有名な研究はScience誌に掲載されたDunn et al. (2008)によるものだろう。この研究で行われた実験は、46人の参加者を対象に北米地域で行われた。参加者はまず、自分の幸福度を評価した上で、ランダムに2つのグループに分けられ、お金が渡された。1つのグループには、当日の午後5時までにそのお金を自分のために使うように伝えられ、もう1つのグループには、午後5時までに、そのお金を他の人へのプレゼントか寄付に使うように伝えられた。そしてその日の午後5時以降に参加者は、再度自分の幸福度を評価した。
 
この結果、自分のためにお金を使った人よりも、他人のためにお金を使った人の方が、平均的に幸福度が高まったことが確認された。この実験は、参加者がランダムに分けられていることによって、それぞれのグループの元々の平均的な同質性が担保されているため*4、他人のためにお金を使うことの因果関係でいうところの効果を示していると考えられる。

2│経済的な貧富に関わらず利他的行動は幸福度を高める
上記のScience誌に掲載された研究は北米地域という世界的に見れば経済的に豊かな地域で行われたものであり、そうではない地域でも同様の傾向がみられるのかどうかは検証の必要がある。そこで、経済的な状況による違いを確認するため、カナダと南アフリカで同様の実験が行われた*5。どちらの地域でも、参加者はランダムに2つのグループに分けられ、1つのグループには、自分のためにお得なお菓子等の入った袋を購入する機会が与えられ、もう1つのグループには、地元の病院にいる病気の子どもたちのために同様の袋を購入する機会が与えられた。
 
その結果、カナダでも南アフリカでも、病気の子どもたちのためにお菓子等が入った袋を購入したグループの方が、自分のために購入したグループよりも、幸福な気分になったことが確認された。南アフリカでは20%以上の参加者が過去1年の間に自分か家族の食糧を得るためのお金がないという経験をしていた。つまり、経済的に貧しいと考えられる人々の間でも、経済的に豊かと考えられる人々の間でも、利他的な行動によって幸福度が上がる傾向が見られたということだ。
 
3│子どもも利他的行動で幸福になる
利他的な行動が幸福度を高めるという因果関係は、幼い子どもの間でも確認されている。ある実験では、平均2歳に満たない幼児がお菓子を貰った際と、あやつり人形にそのお菓子を分けてあげるように促されて、分けてあげた際を比べると、あやつり人形にお菓子を分けてあげた際の方が、幸せな表情を見せることが報告されている*6

3―日本での寄付と幸福度の因果関係を捉えた実験

これまで紹介したように、利他的行動が幸福度を高めるという因果関係は様々な研究で確認されてきたが、それぞれの実験は数十人の参加者による小規模なものがほとんどで、より一般化して捉えるためには大規模な実験が必要である。また、日本でも同様の傾向がみられるのかを検証することも重要だろう。そこでニッセイ基礎研究所は、WEB調査で大規模な実験を行った。
 
1│実験の概要
ニッセイ基礎研究所の独自のWEB調査*7には3ステップで構成される実験が含まれた。まず、ステップ1として、介入前の全員の幸福度の値を測定した。そしてステップ2として、ボーナスポイント(100円相当)が当たるかもしれないくじ引きを行う旨を説明した上で、参加者をランダムに、「当選」「その他( 寄付)」「落選」の3つのグループに分けた。当選の人には当選の旨、寄付の人には、100円の寄付先を選択してもらう画面、落選の人には落選の旨を表示した。その後、ステップ3として、再度全員の幸福度を計測した。
 
2│実験の結果
まず、3つのグループのくじの結果表示前の幸福度の平均が同程度であること(ランダムな振り分けの成功)を確認した上で、くじの結果表示後の幸福度の分布を確認した。
介入後の幸福度
図1のように、結果表示後の幸福度は、「当選」のグループと比べると、「落選」のグループで低く、「寄付」のグループで少し高い傾向が見られる。最小二乗法による推計でも、当選した人に比べて、落選の人の幸福度は低く、寄付した人の幸福度が高いことが確認された。
 
コントロール変数を追加した確認などの詳細な分析は今後の課題だが、これらの結果は、100円を自分がもらうことによって上がる幸福度よりも、その100円を誰かにあげることによって得られる幸福度の方が大きいという意味で、利他的行動が幸福度を高める可能性を示唆するものである。

4― おわりに

これまで行われてきた様々な因果関係を検証した実験と、ニッセイ基礎研究所が行った日本での大規模実験による検証は、対象や方法などが異なるものの、一貫して、利他的な行動が幸福度を高める傾向を示している。
 
しかし一方で、この利他的行動の幸福度への効果は短期的で、長期的に見ると負の影響がある可能性があることを示唆する研究も発表されている*8。今後、こうした利他的行動の長期的な影響や、利他的行動と幸福度の間のメカニズムがさらに検証されていくことで、より幸福度の高い社会の構築に繋がっていくことが期待される。
 
参考文献
Aknin, L.B., Barrington-Leigh, C.P., Dunn,E.W., Helliwell, J.F., Burns, J., Biswas-Diener, R.,Kemeza, I., Nyende, P., & Norton, M. I. (2013).Prosocial spending and well-being: Crossculturalevidence for a psychological universal.Journal of Personality and Social Psychology,104, 635–652.
Aknin, L.B., Hamlin, J.K., & Dunn, E.W. (2012).Giving leads to happiness in young children.PLoS ONE, 7(6), e39211.
Dunn, E.W., Aknin, L.B., & Norton, M. I.(2008). Spending money on others promoteshappiness. Science, 319, 1687–1688.
Dunn, E., Aknin, L., & Norton, M. (2014)Prosocial spending and happiness: Usingmoney to benefit others pays off. CurrentDirections in Psychological Science, 23-41.
Falk, A., & Graeber, T. (2020). Delayednegative effects of prosocial spending onhappiness. Proceedings of the NationalAcademy of Sciences, 117, 201914324.10.1073/pnas.1914324117.

*1 Aknin et al. (2013)
*2 出馬圭世「利他的行動」『脳科学時点』(https://bsd.neuroinf.jp/wiki/利他的行動#:~:text=利他的行動は自分,を与える行動を指す。2021/3/22アクセス)
*3 この節は、Dunn et al. (2014)を参考にしている。
*4 こうした形で研究者が参加者をランダムに分けて介入を行う実験をランダム化比較試験(RCT)という
*5 Aknin et al. (2013)
*6 Aknin et al. (2012)
*7 本調査は、2020年の3月にWEBアンケートによって実施した。回答は、全国の20~69歳の男女を対象に、全国6地区、性別、年齢階層別(10歳ごと)の分布を、平成31年1月の住民基本台帳の分布に合わせて収集された。回答数の合計は1,658件。
*8 Falk & Graeber (2020)
 
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保険研究部   准主任研究員

岩﨑 敬子 (いわさき けいこ)

研究・専門分野
応用ミクロ計量経済学・行動経済学 

経歴
  • 【職歴】
     2010年 株式会社 三井住友銀行
     2015年 独立行政法人日本学術振興会 特別研究員
     2018年 ニッセイ基礎研究所 研究員
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     日本経済学会、行動経済学会、人間の安全保障学会
     博士(国際貢献、東京大学)
     2022年 東北学院大学非常勤講師
     2020年 茨城大学非常勤講師

(2021年05月12日「基礎研マンスリー」)

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