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放射線によるがん治療の高度化-放射線医療の現状 (後編)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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放射線照射に対する細胞や組織の応当として、「回復(Recovery)」、「再分布(Redistribution)」、「再増殖(Repopulation)」、「再酸素化(Reoxygenation)」の4つがあげられる。これらは、放射線治療の4Rと呼ばれている。この4Rを生かして、分割照射による放射線治療が行われている。
(1) 修復スピードの違いを治療に生かす (「回復」の活用)
通常、正常細胞は、がん細胞よりも早く修復される。分割照射では、この修復までの両者の時間差を利用する。一度、放射線を照射した後、正常細胞は修復できたが、がん細胞はまだ修復できていないときに、次の放射線を照射する。こうすることで、正常細胞への影響を抑えつつ、がん細胞を死滅させることができる。
一般に、細胞分裂は、合成準備期(G1期)→合成期(S期)→分裂準備期(G2期)→分裂期(M期)→……のように、4つの期を巡回して進んでいく。このうち、G1期からS期にかけてと、G2期からM期にかけての時期は、放射線による影響を受けやすい。このため、これらの時期にある細胞に、放射線が照射されると、DNAが傷つきやすい。傷ついたDNAが修復できなければ、細胞は死滅することとなる。
放射線を照射した直後は、細胞分裂サイクルの同調が生じている。その後一定の時間が経つと、さまざまな細胞周期に分散していく。分散後に、再び照射すれば、影響を受けやすい細胞が傷ついて死滅する。このようにして、細胞分裂サイクルを生かして、分割照射が行われている。
8 脳腫瘍のうち、悪性神経膠芽腫(こうがしゅ)は、代表的な例。
放射線治療では、人工放射線を作って照射する設備や施設が必要となる。こうした設備や施設の設置は大病院が中心となる。2015年に放射線治療を行った施設は、全国で846施設と推定されている9。
このうち、特に、陽子線や重粒子線を治療に用いる場合、粒子を大型の円形加速器で作る必要があるため、サイクロトロンやシンクロトロンといった大規模な施設が必要となる。たとえば、炭素イオン線治療のために、放射線医学総合研究所が所有している施設は、サッカーのピッチに相当する広さがあるといわれている。2020年には全国で、陽子線治療施設は17、重粒子線治療施設は6つとなっている。
9 「全国放射線治療施設の2015年定期構造調査報告(第1報)」(公益社団法人 日本放射線腫瘍学会)より。
4――放射線治療の分類
1|放射線治療は、外部照射、小線源療法、内用療法に分けられる
ひとくちに放射線治療といっても、その種類は多い。大きくは、身体の外側から放射線を当てる外部照射と、内側から当てる小線源療法、内用療法に分けることができる。
(1) 外部照射
外部照射は、身体の外側から腫瘍に放射線を当てる方法で、放射線治療のなかで最も多く実施されている。外部照射で最もよく使われるのX線である。治療で使うものは、検査で使うものよりもエネルギーが高い。また、皮膚や体の表面に近い腫瘍に対しては、電子線が用いられる。
身体の表面から深い位置にあって、通常のX線では効きづらい腫瘍には、陽子線や重粒子線が用いられるケースもある。
(2) 小線源療法
小線源とは、カプセル、ピン、管、ワイヤーなどに密封された放射性同位元素のことをいう。小線源を管として子宮等のがん病巣付近に挿入する腔内照射と、小さなシード状のカプセルとして組織内に刺入する組織内照射などが小線源療法と呼ばれ、身体の内側から放射線を照射する。
子宮頸がんや、前立腺がんの治療などで用いられることが多い。
(3) 内用療法
内用療法の場合、まず放射性同位元素を含む放射性薬剤を、経口薬や静脈注射の形で、体内に取り込む。そして、その放射性薬剤が、がんの病巣に集まる性質を利用して、放射性同位元素が出す放射線を体の内側から照射する。この治療法は、放射性薬剤とがん病巣の関係を活用する。このため、がんの種類ごとに、使用すべき放射性薬剤が決まっている。
ここで、3つの治療法について、治療後の放射線の残存状況をみてみよう。
外部照射の場合、放射線が患者の体を通過すると、がん細胞などの細胞分裂を止める影響は残るが、放射線そのものが体に残るわけではない。したがって、放射線治療を受けた患者から、家族や周囲の人に放射線の影響が広がることはない。
小線源療法の場合、腔内照射では、治療が終了して管を除去した後は、患者の体内に放射線は残らない。一方、組織内照射では、患者の体内に放射性同位元素が留置される。ただし、その放射線は弱く、時間経過とともに低減していく。通常は、家族や周囲の人への影響については安全性が確認されている。しかし、留置直後は影響が強い。このため、医師の指示に従うことが必要となる。
内用療法の場合、治療を受けた患者の尿や体液などから一定期間、放射性同位元素が出てくる。このため、一般に、治療後数日間は専用の病室から外に出ることはできず、家族との面会も不可となる。
(2020年08月06日「基礎研レポート」)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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