コラム
2019年04月26日

マルクスからESGへ

経済研究部 取締役 部長 宮垣 淳一

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マルクスやマルクス主義者は、資本主義では資本家が労働者を搾取すると主張した。事実、資本主義が発展する中で、労働者が劣悪な労働環境に置かれたり、過重な労働を求められたり、十分な賃金が支払われないなどの問題は起こってきた。しかしながら、そうした問題に気づいた国々は、安全な労働環境の確保、最低賃金の導入、労働時間規制などの法整備等により、労働者の人権を守るようになった。また資本主義のもとで公害のような市場の失敗も起こってきた。こうした課題に対しても各国の政府は、様々な環境規制を企業に課すことで解決を図ってきた。

こうして20世紀後半には、共産主義、社会主義教育を受けてきた東側の人々が西側諸国の状況を知ると、その経済発展ぶりに驚くと同時に、教えられてきた資本主義の欠点、すなわち労働者の搾取や公害にまみれた都市などがほとんど存在しないことにも驚くことになった。

しかし、21世紀にはいると経済のグローバル化が進み、企業行動がもたらす社会・環境問題が国境を越えて起こるようになり、十分な法整備が行われていない新興国で起こるようになった。著名なグローバル企業で起こった新興国における児童労働などはその典型であった。また気候変動の問題のように、世界中の国が揃って対応を図らないと解決できない問題も顕在化してきた。そうした中で、登場してきたのがESGであり、ESG投資の考え方である。資本主義のもとで、最も力があるはずの資本=株主の力によって、グローバルに環境・社会・ガバナンスの課題を解決に向けていこうということだ。利益を追求する資本が、利益を追求すると同時に、ESG課題についてもきちんと取り組むよう企業に迫っていこうということである。

ESG投資は資産運用の世界において着実に大きな地位を占めてきている。日本においてもGPIFが積極的な姿勢を示し、それに追随する動きもある。その結果、先進国の企業行動を見る限り、ESG投資の効果は確実に出ているように思われる。バリューチェーンの隅々まで目を配り、社会・環境問題を起こしていないかを確認することはグローバル企業の経営者に求められる重要な役割となってきた。

資本主義の持つ利益追求姿勢は時に大きな問題を引き起こす。その課題を資本主義の力、資本の力で解決していこうというESGの言わば逆転の発想がどこまで成功するのか、国家資本主義と言われる中国の企業にも影響を与えていくことができるのか、資本主義が生み出した新たな知恵がマルクスを驚かすことを期待したい。
 
 

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経済研究部   取締役 部長

宮垣 淳一 (みやがき じゅんいち)

研究・専門分野
経済研究部統括

経歴
  • 【職歴】
    1983年 日本生命保険相互会社入社
    2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
    2013年 日本生命保険相互会社 支配人
    2014年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部部長
    2020年4月 専務取締役経済研究部部長
    2024年4月より現職

(2019年04月26日「研究員の眼」)

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