2023年10月31日開催

パネルディスカッション

中国リスクの軽減(デリスキング)と今後の国際戦略

パネリスト
川島 真氏 東京大学大学院総合文化研究科 教授
大庭 三枝氏 神奈川大学 法学部・法学研究科 教授
伊藤 隆氏 三菱電機 執行役員経済安全保障統括室長
三尾 幸吉郎 ニッセイ基礎研究所 上席研究員
コーディネーター
伊藤 さゆり 常務理事

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2023年10月「中国をどう理解し、どう向き合うか」をテーマにニッセイ基礎研シンポジウムを開催いたしました。

東京大学大学院総合文化研究科 教授 川島 真氏をお招きして「習近平3期目の内政と対外政策:中国といかに向き合うか」をテーマに講演いただきました。
 
パネルディスカッションでは「中国リスクの軽減(デリスキング)と今後の国際戦略」をテーマに活発な議論を行っていただきました。

※ 当日資料はこちら
 
 

はじめに

■宮垣 それでは、ここからパネルディスカッションに移りたいと思います。パネルディスカッションのコーディネーターを務めますのは、私どもニッセイ基礎研究所の常務理事、伊藤さゆりでございます。ここからの進行は伊藤にバトンタッチさせていただきます。では、伊藤さん、よろしくお願いいたします。
 
■伊藤さゆり 皆さまこんにちは。ニッセイ基礎研究所の伊藤でございます。本日、コーディネーターを務めさせていただきます。このパネルディスカッション、「中国リスクの軽減(デリスキング)と今後の国際戦略」をテーマに展開いたします。限られた時間ではございますので、早速このテーマを論じていただく素晴らしいパネリストの皆さまをご紹介させていただきたいと思います。

ご登壇順になります。私のお隣にいらっしゃいますのが神奈川大学法学部法学研究科教授の大庭三枝様です。国際関係論、国際政治学、アジア太平洋/東アジアの国際政治、アジアの地域主義・地域統合のご研究ご専門とされていらっしゃいます。本日のテーマである中国リスクの軽減が日本にとっての課題になる中で、ASEAN諸国、グローバルサウスの関係が非常に重要になってきていることから、各所で本当に引っ張りだこという方でいらっしゃいます。外交の節目の局面では、NHKの「日曜討論」にもたびたびご出演されていますので、恐らく本日の聴衆の皆さまも番組をご覧になった方が多くいらっしゃるのではないかと思います。本日はASEAN諸国の状況についてお話しいただきます。よろしくお願いいたします。

続きまして、三菱電機執行役員経済安全保障統括室長、伊藤隆様です。伊藤様は、現職に2020年10月、三菱電機が経済安全保障統括室を設置したときから室長を務められている経済安全保障のエキスパートです。90年代に経団連にご出向され、ヨーロッパと日本の財界の架け橋的な役割を担われていたということもございます。伊藤様に今回お声掛けさせていただいたのは、ヨーロッパのシンクタンクでのこの問題に関する討論で、日本企業代表ということで、非常に素晴らしい議論を展開されていたことがきっかけです。今年3月に放送されました、NHKスペシャルの「"貿易立国"日本の苦闘」という番組でも、追跡取材をされてご出演されていたので、あのときの伊藤様かと思い出される方もいらっしゃるかと思います。サプライチェーンのデリスキング戦略についてお話をいただきます。

続きまして、ニッセイ基礎研究所。私どもの研究所の上席主任研究員の三尾幸吉郎です。中国経済の調査、分析、予測を担当しております。中国経済の歴史、それから経済の現状、展望という切り口でお話をいただきます。

最後、私から一番遠いところにお座りいただいておりますが、本日素晴らしい基調講演をいただきました、川島真東京大学大学院総合文化研究科教授にも、このパネルディスカッションに参加していただくことになっております。どうぞよろしくお願いいたします。

このパネルですが、まずはこのパネルディスカッションからご登壇いただく3名のパネリストの方に10~15分程度ご講演いただいて、その後、川島様にコメントを頂く形で入っていきたいと思っております。それでは早速ではございますけれど、大庭さん、ご準備がよろしければ、ご講演を始めていただければと思います。

1――ASEAN諸国とデリスキング

■大庭 今、紹介にあずかりました神奈川大学の大庭です。よろしくお願いします。今日はニッセイ基礎研のシンポジウムに、このように登壇する機会を得て、大変光栄です。

早速ですが、私からは「ASEAN諸国から見たデリスキング」を少し考えてみたいと思います。私の専門は、先ほど紹介されたように、国際政治学なので、経済ではありません。ですが、東南アジア諸国が何をリスクと考えて、それをどう軽減したいと考えるか。そのことを論じるとなると、やはり経済に踏み込まざるを得ない。特に今日の全体のテーマである中国との関係ということでは、ASEAN諸国と中国との関係において、非常に多くを占めるのが経済的関係です。その観点から、経済にも踏み込む形で論じたいと考えております。よろしくお願いします。
1―1. 国際社会の二重構造:主権国家システムとグローバル化
まず、国際社会自体が二重構造になっている点についてざっとお話しします。まず、国際社会の基本構造は、主権国家という存在が併存している分権的な社会です。主権国家は当然、域内における主権を保持しており、内政不干渉といった原則もまだ強い。もちろん人権のように、主権をある程度相対化しないと対応出来ないとされるテーマもあるけれども、やはり主権国家という独立した政治体が複数存在していて、その中にその国民が存在する、という分権的な国際社会は、今でも維持されている。もちろん揺らぎはあるけれども、まだこの基本構造は変わっていないわけです。だからわれわれ、海外旅行に行くときにはパスポートを持って、どこの国が自分の身柄を最終的に保護し、あるいは何か外で罪を犯したときにはどこが責任をとって引き取るかということが明確になっているということがあるわけです。

他方、経済的、社会的なグローバル化というのは、1980年代の後半、そして1990年代のIT革命の後、非常に加速して、ある意味国境を越えたつながりが非常に密になってきているという構造も出現しています。分権的な基本構造とグローバル化しつつある構造、これらが両方とも同じ方向を向いているときにはいいのですが、今は政治的な対立が激化する一方、今までのグローバル化の中で経済的社会的結び付きは非常に強いとなると、そこでこの二つの構造の間にずれが生じてくるということです。

これは東アジアにおいても非常に顕著です。中国、日本、韓国、ASEAN諸国、もちろん台湾もそうなのですが、それぞれを中心にサプライチェーンが拡大深化していて、アメリカの多国籍企業や欧米もこれに深く関与している。しかしながら、そこには価値観や政治制度の異なる主権国家は併存しているわけです。しかし、東アジアにおける、日本も含めた諸国のプライオリティというのはやはり経済成長、経済発展ですから、経済の論理のみで済むのであれば、さまざまな価値観や政治制度を持つ国々が存在していることと、グローバル化が進み、サプライチェーンが深化拡大していくという現象の間には、そんなに矛盾がない。

でも、ここで政治の論理、安全保障、地政学の論理で対立が生じると、いったん、非常に深く結び付いた経済的関係を断ち切るという形で、相手をおどす。相手に対して言うことを聞かせるといった、ある種の経済的相互依存の武器化(weaponization)が起こるわけです。今、日本などが主に中国に感じているリスクは、まさにこういった、元々経済的相互依存がからこそ、それを何らかの形で断ち切られる可能性があること、これをリスクと感じているということです。

逆に、アメリカのさまざまな関税措置や輸出規制は、それぞれの措置においてかなり明確なターゲティングをして、その上で輸出規制をかけるという形態を取っています。これは、中国に対して、攻撃まではいかないけれども、中国の力を封じ込めることを想定しているということです。それに対するリパーカッションが中国側から来ている。

こういったweaponizationだの、あるいはデカップリングだのという言葉が、対立の存在を強調するもので、非常に物騒なのですから、最近の欧米諸国はむしろデリスキングという、リスクを軽減するのだという言葉を使うようになっています。だけど、これは西側諸国から見ればデリスキングかもしれないけれど、中国から見れば、それは単にリスク軽減では済まない、また違った見方があるわけです。このあたりの視点の違いもやはり重要だろうと思います。
1―2. ASEAN諸国の直面するリスクと課題
そういう中で、正直なところ、ASEAN諸国が直面する最大のリスクとは何だろうと考えると、もちろん安全保障上、例えば中国が南シナ海において、さまざまな島での埋め立てを拡大して、そこに軍事基地を造り、それがアメリカとの対立を誘発するといったことについての懸念はもちろんあるわけです。そういった安全保障上の懸念はあるけれども、他方、ASEAN諸国が非常に重視しているのは、やはり経済発展の持続であると考えると、ASEANが直面している最大のリスクというのは、彼らのこれまでの経済発展を促してきた自由で開かれたルールベースの経済秩序が、明らかに経済安全保障のロジックで動揺していて、さらにその秩序を下支えしてきた、調和的で平和な国際環境そのものが米中対立等で揺らいでいるということです。彼らにとってはこれがやはり最大のリスクだろうと考えます。

ですからASEAN諸国は、やはり今まで、グローバル化にうまく乗る、国境を越えた生産分業のなかで、それぞれの国の経済水準や産業水準に合わせて、自分たちが請け負える生産工程に参入することで発展してきたわけです。そうすると、やはりその前提としては、国境を越えたサプライチェーンがうまくちゃんと回っていることが重要なわけですね。しかしそうしたサプライチェーンそのものを断ち切ろう、あるいはそれを逆行する政治的な動きがあること自体が、彼らにとってのリスクです。

そのためASEAN諸国は、特にシンガポール、それからインドネシアもそうですが、さまざまな首脳がASEANの場や他の場でも、米中対立があまりにも激化したとしても、われわれはテイクサイドできない、どちらにもつけない、こういったことはやめてくれということを言うわけです。われわれはどちらにもつかないのだということを繰り返して言う。

ここでASEAN諸国の共通の課題として挙げられるのが、やはりコロナ禍で一回打撃を受けた経済を、より活性化するにはどうしたらいいか。打撃を受けた後の経済活性化、一層の経済発展を促すためにはどうしたらいいかということが当然出てきます。

それからロシア・ウクライナ戦争、それからもちろん近年のイスラエルとハマスの戦争、そういった世界的な戦争が起こると、その負の影響というのは、どうしてもエネルギー価格や食料価格に及ぶので、それをどうやって軽減するかということも、彼らにとってのデリスキングであろうということです。

そして、ASEAN諸国としては、共通の課題としてインフラ整備があります。これもASEAN諸国と一言で言っても、国内経済の発展段階がある程度までいっていて、資金力もあって、やろうと思えば自分たちでインフラ整備ができる国はあるわけです。さっき川島先生の基調講演でもあったマレーシアなどもそうだし、タイもある程度できる。インドネシアだって支援があればありがたいだろうけれど、やろうと思えばできる。そのような国と、やはりカンボジアやラオスのように、普通の市場原理だけで言うと投資が来にくい国というのは、中国に頼らざるを得ないし、他に何の選択肢があるのだということになります。ですから、それだけインフラ整備という課題を集中すればするほど、国によっては中国への依存度を高めていくことにはなります。それは一種のリスクになるでしょう。

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