2023年10月31日開催

パネルディスカッション

中国リスクの軽減(デリスキング)と今後の国際戦略

パネリスト
川島 真氏 東京大学大学院総合文化研究科 教授
大庭 三枝氏 神奈川大学 法学部・法学研究科 教授
伊藤 隆氏 三菱電機 執行役員経済安全保障統括室長
三尾 幸吉郎 ニッセイ基礎研究所 上席研究員
コーディネーター
伊藤 さゆり 常務理事

文字サイズ

2――三菱電機の経済安全保障

■伊藤隆 ありがとうございます。今、ご指名にあずかりました、三菱電機の伊藤でございます。今日はこのような貴重な機会をいただきまして、誠にありがとうございます。

私からは、全くもって企業の立場ということで今日はお話をさせていただこうと思います。企業の立場と申し上げましても、私どもの三菱電機でやっていること、あるいはやろうとしていることという観点の中でお話をしたいと思います。
2―1. 三菱電機はグローバルな先端技術開発会社
三菱電機という会社は、お手元の資料を見ていただきますと、5兆円の売り上げ。従業員は全世界で15万人ほどおります。ビジネスの構成図は、上に円グラフがございますけれども、インフラと書いてあるところに衛星の絵がありますが他にも、例えば防衛省に納めております防衛装備品なども含まれています。左側のビジネスプラットフォームにはパワー半導体といった半導体が含まれます。あるいは、インダストリーモビリティでは、ファクトリーオートメーションの機器なども製造・販売をしております。ファクトリーオートメーションや半導体は、中国でのビジネスの依存度が非常に大きい分野になっております。あるいはライフというところには、霧ヶ峰というペットネームで知られている空調や冷蔵庫が含まれます。幅広い事業分野を有する企業だということをご理解いただけると思います。

2段目の、左側の方にある円グラフを見ていただきますと、三菱電機の売り上げが約5兆円と申し上げましたが、51%が海外売り上げです。この海外売り上げ(2.53兆円)のうち、赤い部分がアメリカ。左側にある青い部分が中国です。三菱電機においては、米国と中国の売り上げはほぼ拮抗しています。グラフの下側、肌色の部分は欧州で24%、中国を除くアジア圏で25%。ほぼ4極で同じような売り上げをしているという会社です。もちろん、夫々の地域で事業構成は少しずつ違うわけですが、このような地域構成で、アメリカを選ぶとか、中国を選ぶとか、デカップリングを進める、こんなことは私どもの念頭には最初からないということをご理解いただければと思います。むしろ、この中でどのような事業形態でアカウンタビリティを保っていくのかが、私どもの課題だという認識です。
2―2. 国の担う経済安全保障・企業の担う経済安全保障
次の資料には「国の担う経済安全保障・企業の担う経済安全保障」と書いてあります。

企業が担う経済安全保障はリスクマネジメントの領域です。リスクマネジメントというと、いわゆるコンプライアンスの活動の延長のように捉えられている方もいらっしゃいますが、コンプライアンスでは測りきれない部分のリスクマネジメント、「新たなリスク」という呼び方をすることが多くなっています。平たく言ってしまうと、新たなリスクに直面して事業活動を継続できるか否かを可視化して制御施策を示し、判断する。これが私どものやっている活動です。この活動を二つの要素に分けると、テクノロジーと情報管理、サプライチェーンマネジメントに分類されます。経済安全保障というリスクマネジメントの上の究極的課題として私たちは認識しています。
2―3. 新しいリスクの鳥瞰図
今申し上げました新しいリスクには、どんなものがあるのだろうということで、この8月から9月にかけて、改めて整理し直したのがこちらの図です。国際秩序の変化、社会的要請の高まり、技術トレンドの変化。

本日の議題ともなっております中国の問題については、どちらかといえば左側の①経済安全保障の中にある、例えばアメリカがファーウェイ向けの半導体技術輸出を規制した2020年の、いわゆる国防授権法の規制があります。あるいは三つ目にございますが、2022年の10月以来、米国が半導体製造装置の輸出を規制し、日本でも7月23日から外為法の運用が強化されたのも入ります。中国による、ガリウム・ゲルマニウムの輸出規制も今年8月から始まっております。ご案内のとおり、今年12月からは、黒鉛(グラファイト)の輸出許可制への移行にも中国は踏み切ろうとしています。

そして、その下に地政学のリスクとございます。ご案内のとおり、昨年2月23日、ロシアはウクライナに侵攻しました。ここ時に経済安全保障と地政学が、企業のリスクファクターとして一気に浮上してきました。

②のサステナビリティですが、サステナビリティと経済安全保障は関係するのかとよく言われます。例えば、人権問題や脱炭素、サーキュラーエコノミーというのは、やはりその国、地域の利害をもって規制がなされていることが多いです。その意味では、いわゆる地政学的な問題に発展するところではありませんが、これらの問題が企業にとってのリスクファクターになる、そういう意味では広義の経済安全保障に入ると私たちは考えております。

③データ情報。日本で開催されたG20サミットの際、いわゆるData Free flow with Trust(自由なデータ流通)が唱えられておりますが、ただ残念ながら世界の多くは、データをローカライゼーションする、あるいはデータの越境制限をするという方向の規制をかけています。中国のデータセキュリティ法もご案内のとおり、データのローカライゼーションと越境制限をかけている法律です。

その他にも重要インフラを保護するという意味では、中国は2017年にいち早くサイバーセキュリティ法という法律で、中国の重要インフラを保護するための規制を入れました。日本でも経済安全保障推進法の中で、基幹インフラ保護を入れております。規制の仕方は違っても、文脈は同じようなところにあります。セキュリティ・クリアランス制度についてもご案内のとおりです。

あるいは④新技術で、AI、あるいは国の施策であるデジタル全総、デジタル臨調。こういったものが広義な意味で経済安全保障リスクであると、私たちは捉えております。

また①②の二つは、いわゆるモノのサプライチェーンの問題。③④の二つは、情報流通のサプライチェーンの問題だというふうに、われわれは捉えております。
2―4. 供給網のデリスキング
このページは省略させていただきますが、私ども社内で今の話をどう分解して捉えていくのかという図です。もしご関心のある方いらっしゃいましたら、お問い合わせいただければ、私どもが社内でどんな意思決定をしてきたのかということについてもお話しさせていただきます。
 
アメリカのウイグル強制労働防止法では、サプライチェーンの上流に新疆ウイグル地区での製造物があった場合はアメリカへの輸入通関を認めないとされています。この法律は昨年の6月に施行されました。しかし、サプライチェーンを全て把握するということは、企業にとって大変ハードルの高いことです。

私ども三菱電機の1次取引先、ダイレクトに取引をして物を納めていただいている企業の数は、資料にも書いてある通り4万社です。そしてこれら4万社から100万のアイテムを毎年買っています。このサプライチェーンを2次取引先、3次取引先まで全て把握するのは不可能と言わざるを得ません。勿論把握する努力を放棄している訳ではなく、今のところ18万アイテムについては3次取引先まで把握することができました。ただ、100万アイテムを全て把握しようという気持ちはありません。恐らく18万アイテムから20万ですとか25万ぐらいが限界だろうと思っています。

この後何をしたかというと、AIを使ったサプライチェーンの探索をこの8月から稼働しました。サプライチェーン把握について何もしないのではなく、あらゆる方法で説明責任を果たせる努力をしながら、私たちの上流にどんなサプライヤーがいるのかを見定めていくという活動をしています。 

そして生産構造についても、われわれもグローバルにいろいろな地域で生産しております。途中行程まで作って別の地域に持っていって、完成品は消費地でというケースもあります。これは実際の製品の製造構造です。名前は伏せさせていますが、こうしたパターン分析を製品ごとに行い20程度の生産構造があることを把握しました。

これだけでデリスキングが出来ているかは分かりませんが、可視化することでサプライチェーンのチョークポイントを把握し複線化等の手当てを行うか否かを一つ一つ丹念に見定める作業をしているところです。
 
本日のテーマ、中国ビジネス、中国での供給網のデリスキングはどうするかということですが、これはわれわれの考え方の一端です。

環境分析と書いてありますが、私どもの製品やサービスの技術的な機微度を分析しています。それから中国的な国産化戦略との間で、自社の製品やサービスが競争優位性を保っていられるかどうかということも大きな要素です。競争優位性が保てないようなものであれば、ビジネスの在り方も考えなければならなくなります。また、中国でビジネスをしていれば、そこで発生するデータをどうやってそこに保存するか、誤って日本に移動させないようするにはどうするのかも考えなければなりません。あるいは何もかもが全て越境制限を受けているわけではありませんので、その境目をどうするのかも大事な視点です。

また、自己分析と書いておりますが、私たちのビジネスの中国への依存度も見定める必要があります。これは開発の依存度であったり、調達の依存であったり、生産であったり、販売であったりといったことも一つ一つ分析が必要です。

その上で、選択と書いてございますが、技術や情報、データ技術の見直しの要否が要るのか。調達構造、あるいは生産構造の見直しの要否を考えていく。中国での事業を例えば今の形で拡大していくのか。あるいは縮小していくのか。または中国のパートナーに売却するか。地産地消を推し進めるか。相対化、即ち他の地域でのビジネスを拡大して、中国ビジネスのポーションを下げていくということをするのか。あるいはサプライチェーンを複線化してリスクヘッジを進めるのか。これらのことを夫々の事業で考えています。

前提になっております私たちの中国ビジネスに関するリスクというのは、七つ挙げています。一つはアメリカによる対中輸出規制。もう一つはアメリカによる対中投資規制、つまり中国ビジネスのリスクには、アメリカのリスクも入ります。そして三つ目が、これは簡単ではない話ですが、中国による強化された反スパイ法の運用状況。四つ目が、中国による輸出規制。特に鉱物などの輸出許可制への移行が挙がっております。五つ目、中国の今の経済状況に対する長期的な見通しが立っていないということ。六つ目が中国による国産化戦略。そして七つ目が台湾情勢、あるいは台湾有事という言葉で表されるリスクです。但し台湾を中国がすぐにも軍事統一するようなケースは想定していません。もっと大きな意味で東アジアの状況を冷静に分析して説明ができる形のリスクヘッジが必要と考えているところです。

三菱電機が考える中国ビジネスのリスクヘッジ、あるいはデリスキングについてご紹介をさせていただきました。どうもありがとうございます。
 
■伊藤さゆり 伊藤様、ありがとうございました。デリスキング戦略を、どのような考えに基づいて、どのように策定して、どこまで実行に移しているのか。かなり具体的に読み解いていただきまして、私どもの理解に大いに役立つご講演をいただきました。ありがとうございました。
 
続きまして、三尾さんにお願いしたいと思います。

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

ページTopへ戻る