2023年10月31日開催

パネルディスカッション

中国リスクの軽減(デリスキング)と今後の国際戦略

パネリスト
川島 真氏 東京大学大学院総合文化研究科 教授
大庭 三枝氏 神奈川大学 法学部・法学研究科 教授
伊藤 隆氏 三菱電機 執行役員経済安全保障統括室長
三尾 幸吉郎 ニッセイ基礎研究所 上席研究員
コーディネーター
伊藤 さゆり 常務理事

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1―3. 地政学的対立と経済実態:乖離or収斂?
こちらは乖離か収斂かということで、今、米中双方からのデカップリングの動きがあります。あえて私はデカップリングと呼んでいるのですけれど、これは主に2018年ぐらいから顕著になった関税措置と輸出規制が中心となっています。

違いは何かと思うと、アメリカの方が、やはり法的に非常にきっちりしていて、何に対しての規制を行うか、ターゲティングが措置ごとに非常に明確で、かつ多くの輸出規制をかけて、フレンド・アショアリングを進めています。

中国は、2017年ごろから自国の技術の海外流出を気にかけ始めたから、必ずしもアメリカに対して反応しただけではないのですが、やはりアメリカが輸出規制を強める中で、あるいは関税措置というものをかなり厳しくしていく中、それに対応する形で中国側からの関税措置や輸出規制もエスカレートしている。だけどアメリカの措置に比べて、解釈に曖昧性を残す幅広い対象を想定しています。例えば信頼できないエンティティリストというものを見ますと、「中国の主権・安全・発展を脅かす、あるいは中国企業との取引を妨害する」と、かなり広く取れるような規制の仕方をするわけですね。

そしてアメリカは、自分たちのデカップリングの措置の中で域外適用を拡大しています。しかし先ほどの川島先生のご発表にもありましたように、中国は中国で、別の意味での域外適用を拡大しているところがあります。そのため、むしろアメリカが敵視する、あるいはアメリカが何とか対応しようとしている国、そして中国がターゲットとしている国にとっては、こういった域外適用の問題というのは、非常にリスクになると思いますし、地域経済全体にとってもリスクだと考えます。 

ただし、米中間の経済関係の実態を見ますと解釈も割れているところがあります。

2021年は、米中貿易が輸出入ともに最高で、2022年もそういう状況がありました。それをもって、慶應大学の木村福成先生は、何だかんだ言って、米中双方からの経済安全保障の観点からの輸出規制などはあるけれども、サプライチェーンは活発に動いているのだと論じておられます。先端ではない技術に関する品目を中心にサプライチェーンは動いているというのが、木村先生の説です。

それに対して猪俣哲史先生という、アジア経済研究所のグローバル・バリューチェーンの研究者は、米中貿易がそれなりにいいスコアだったのは、この時期に中国が早い段階で感染を抑え込んで経済を再起動させたことと、感染拡大したアメリカが中国の医薬品や医療機器、またはリモート化によって、IT関連機器を輸入したからであると論じておられます。よって猪俣先生は、米中貿易が活発なことを一時的な現象と見ていて、コロナの影響が抜けた後どうなるか見なければいけないということを論じておられます。この辺はちょっとどうなるか分かりません。

さらに、最近の状況を見ますと、これはJETROのレポートにあったのですが、今年の上半期のアメリカの対中輸入額が前年同期の25.2%減ということです。これはもしかしたら2018年からのそれぞれのデカップリングがやはり影響して、サプライチェーンの組み替えが行われていることを示しているのかもしれません。
1―4. 「選択」を忌避するASEAN諸国
ASEAN諸国は、立場としてどちらかを選ぶことを大変嫌がるし、しないで逃げ回ろうとしているというのが恐らく正しい言い方です。いわゆる米中対立を、今のロシア・ウクライナ戦争とも引っかけながら、専制主義対自由主義という対立構図に語る向きがあるけれども、この構図はあまりその地域における現実を反映していないということですね。どの国が専制でどの国が自由かという線引きはものすごく難しいし、彼らの対応は是々非々で、かつ根幹にあるのは、どちらかにつくことを非常に避けるという行動です。

そして何といってもASEAN諸国にとっては、中国を含む広域東アジアにおけるFactory Asiaの中核になります。そうすると、それが断ち切られるような措置というのはやはりよろしくない。米中ともに、もちろん中国とASEANとの貿易関係を非常に拡大していますし、中国からASEAN諸国への投資も拡大はしているのですが、やはりアメリカとの貿易やアメリカからの投資も非常に重要です。

そして一つご紹介したいのは、ERIAという研究所の磯野さんと熊谷さんの共同研究です。この方々はgeographical simulation modelというのを使っているのですが、その分析によると、先進国と途上国がそれぞれデカップリングの政策をしたときに、それに乗ってしまうと、実は乗った国はものすごく損をするけれど、それに乗らないで中立的な立場をとっていた方が、厚生が向上するというシミュレーション結果を出しているのです。ASEANが選択しようしているのは、まさしくこうした中立的立場を維持するということだと考えます。 

米中対立の激化とデカップリングを受けて、中国に拠点を置いていた企業がASEAN諸国やインドにそれらを移す動きは加速していることを受け、むしろASEAN諸国は漁夫の利を得るという議論もあります。特にベトナムがその恩恵にあずかっています。カンボジアも同様です。

しかしながら、そういった一部の利益があるにしても、そしてまたASEAN諸国の場合、機微技術や先端技術に関わらない分野におけるデカップリングの影響は少ないのでは、という見通しもありますが、長期的には中国、アメリカ双方からのこのデカップリングの動きがビジネスマインドを冷え込ませ、中国企業との取引等を躊躇させるのではないか。そういった意味で、米中の戦略的競争が過度に激化することは、彼らにとって望ましくないということは言えると思います。
1―5. ASEANの中国「リスク」への評価
ASEANの中国「リスク」。このシンポジウムは中国がテーマなので、あえて中国に特化してリスクを考えてみますが、もちろん彼らも中国の政治体制が抱える問題をよく分かっています。それから中国の安全保障に関する行動について、南シナ海に限らず、やはり中国が安全保障上、政治上、影響力を強めることを懸念すると答えているのは、あるアンケートの中で60%ぐらいいるということで、こうしたいわば中国の地政学的リスクについて鈍感なわけではない。それから、南シナ海問題については、ASEANを分断しようという中国からの働き掛けも結構あって、一体性を保ちたいASEAN諸国からすると、それは不愉快なことです。さらに領土問題とも深く結びついている中国のナショナリズムへの懸念もある。例えば、この間の8月の終わりに中国が新しい地図を発表したときも、かなりネガティブな反応がありました。

だから、中国の政治・安全保障上のリスクをASEAN諸国は理解している。だけど中国―ASEAN経済圏というものは既に常態で、それは深化拡大し、ASEAN諸国にとって中国との企業や国営企業とのビジネス、あるいは中国からの支援というのは、やはり非常に必要で重要で、彼らにとってはチャンスを与えている存在でもあります。中国とのビジネス上の関係は浅くはないものの、対中懸念が深まっている日本から見た中国リスクの捉え方とはちょっと違うかもしれません。

最後にアメリカへの期待と不信ということについて、一つ言っておきたいと思います。アメリカは安全保障上、ASEAN諸国の、特にフィリピンだけではなくて、マレーシアとシンガポールなどの国々にとっては非常に深い関係にありますし、中国をバランシングする意味で、アメリカがそれなりに東南アジアに関与し続けることはとても重要です。

しかし、その関与をアメリカは維持できるのか、という疑念を、日本よりもASEAN諸国の方が強く抱いています。それはアメリカの国内の政治があまりにも不安定で、その中で東南アジアのコミットメントも曖昧、かつ、今はバイデンで何とか形を保っているけれども、またトランプが当選して大統領になったらどうなるのだという懸念は、相当あるわけです。

またアメリカが、ASEAN諸国全体に対して、というよりも、むしろ自分たちにとって必要な同志国を特定し、それらとの関係強化だけに注力していることも懸念材料です。例えばフィリピン、ベトナム、インドネシアといったピンポイントで関係を築いていることについても、不満があるようです。
1―6. ASEAN諸国のデリスキング戦略:自立性(Autonomy)の模索
では、最後に一つだけ。ASEAN諸国はそういう中で、むしろ自立(Autonomy)を模索しようとしております。詳しい話は、また質問があったときにお話しますが、ASEANとして何らかの団結を高めて何ができるかをいっそう考えるようになっているような印象もあります。その一方で、それぞれの国々が、アメリカと中国それぞれと付き合いながら、リスクを軽減することを試みていると見ることができると考えます。
 
■伊藤さゆり ASEANの非常に複雑な状況について、短い時間におまとめいただきましてありがとうございました。

続きまして、伊藤様にご講演をいただきたいと思います。

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