2020年10月09日開催

基調講演

健康な社会づくりに向けた企業の役割

講師 千葉大学予防医学センター社会予防医学研究部門 教授|国立長寿医療研究センター 老年学・社会科学研究センター 老年学評価研究部長(併任) 近藤 克則氏

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4――社会参加しやすいまちづくり 

次に、ではどんな社会環境なのだろう。既に幾つかご紹介しましたが、地下鉄をつくりましょうというのはそうそうできるものではありません。どんなまちでもできることは何かないかと探す中で見つけたのが社会参加の重要性です。
 
これは、日本の高齢者10万人に、ここに並べた八つの会、右の方から趣味の会、スポーツの会、老人クラブといったリストを示して、「どれぐらいの頻度で参加していますか」と聞いたものです。そうしますと、趣味の会が36%、スポーツの会が22%の人が「月に1~2回参加しています」とお答えになるわけです。これと健康との関係はどうだろうかというのをいろいろ見てみると、次々と関連が出てきました。
 
認知症を発症する人がその前に訴えるようになるのが物忘れです。ただ、正常な人にも物忘れがありますので、必ず認知症になるわけではないのですが、「物忘れがある」と答える人の方がその後はなりやすいという関係は確認されています。これも市町村間で実に5倍です。7%の人しか「物忘れがある」と答えないまちから、35%の人が「物忘れがある」と答えるまちまで、5倍の差があるのです。こういう指標を幾つか変えても3~5倍、認知症リスクを持った人が多いまち、少ないまちが日本国内に見つかっているわけです。

これを縦軸に取って、一体どういうまちで物忘れがある人が少ないのかと探ってみたところ、先ほどの8種類の会に参加している人が多いまちは、右の散布図でいうと右側にあるまちでは「物忘れがある」と答える人が少なくて、社会参加している人が少ない左側のまちで「物忘れがある」と言う人が多い。こんな関係が大変きれいに出てくるわけです。

ただ、こういう一時点のデータだけですと、社会参加しているから物忘れが抑えられるのか、逆に物忘れが始まっているので社会参加しないというような、「逆の因果関係」も含んでいます。それを取り除いてもこのような関係が残るかというのを確かめるのに4年間ぐらい追跡させていただきました。出発時点では健康だった人だけに限っておいて、「いくつに参加していますか」と聞いておいて、追跡する中でどのグループから要介護認定を新しく受けるようになった人がたくさん出るのかというのを比べる縦断研究をしました。
 
これはその一例なのですが、一つも参加していないグループから認定を受ける人が一番多く出て、その確率を1としますと、スポーツの会、趣味の会、ボランティアの会など3種類以上に参加しているグループでは、要介護認定を受ける確率が0.57です。ということは43%も少ないということを意味します。社会参加の有無が時間的に先行していて、その後、健康を損なうという時間の前後関係があることがこうやって確認できるわけです。
 
どんな種類がいいかというので、調べてみたら、スポーツの会が特に効果が大きいことが分かりました。そこで、「スポーツの会がいいですよ」とあちこちでお話ししていたら、「運動がいいというのは昔から有名で知っているよ。一人でやっても同じではないのか」という質問を頂きました。それで分析したのがこちらです。左が「毎週運動をやっている」と答えた人で、濃い緑が「スポーツの会には参加していない。一人でやっている」と答えた人、それに対して黄緑は「グループに参加している」と答えた人です。グループに参加している人が要介護状態になる確率を1とすると、一人で毎週運動している人は1.29倍です。ですから、要介護認定を受ける確率が3割多い。だから、同じ運動でもグループでやる方が予防効果が上乗せされるらしいということが分かってきたのです。
 
同じ運動なのに、それはなぜなのかというメカニズムも分析しています。これがその一例なのですが、この間、笑わない人は要介護認定を受ける確率が1.4倍という、世界で初めての追跡研究の結果を先々月ぐらいに公表して、一部メディアも取り上げてくれました。笑っている方が健康にいいのだということがだんだん分かってきたのです。このデータもその一例なのですが、「どれぐらいの頻度で笑っていますか」とお尋ねして、四つのグループに分けました。これは要介護認定ではなくて、「あなたの健康状態はどうですか」とお尋ねして「良くない」と答えた人の割合です。ご覧のとおり、笑わない右側の人ほど「良くない」という人が多いのです。これは主観的だから気のせいなのではないかと思われるかもしれませんが、これは追跡研究が終わっていて、「良くない」と答える人ほどよく死ぬということが分かっています。それでいうと、笑わない人たちの方が健康状態が悪く、死亡率も高いということが推定できるわけです。

ここから皆さん自身の経験を思い起こしてほしいのですが、ここ1週間の間に笑っていないという人はいますかね。多分、1週間ぐらいあったら笑っている人が多いと思うのですが、それがどんな場面だったのか思い起こしてください。人は一体どういうときによく笑うか。誰かと一緒にいるときよりも、一人でいるときの方がよく笑うという方はいますか。今までいろいろな講演会場で手を挙げてもらったことがあるのですが、大体皆さん「誰かと一緒にいるときに笑う」と言うのです。ということは、一人で歩いている人は多分、黙々と歩いているのです。「健康のために歩かなければ駄目だ」と言って、眉間にしわを寄せて歩いていたりするわけですが、これが歩こう会やウオーキングサークルになると、10人も集まれば誰かが冗談を言ったりして笑いながら歩いているという機会が多いのではないでしょうか。こうしたものが心理的なメカニズムの一つです。
 
もう一つが、人々のつながりの豊かさの重要性です。これは9年間追跡して、どういう人が認知症になりやすかったかを比べたものです。右の四角の中に1、2、3、4、5とありますが、1番の「配偶者がいる」から5番の「仕事をしている」まで、この条件を満たしている人たちほど認知症になる確率が低かった。何と46%も低かったということが分かりました。

最初の方に、30年で4割以上、認知症の発症率が下がったと言いましたが、もし日本社会でこの30年間でこの五つのことが増えたのであれば、4割ぐらい認知症になる人が減ったとしてもおかしくないことを意味します。実際に日本人は寿命が延びていますから、配偶者がいる人が増えているのです。夫婦でいれば、よほど仲が悪くなければ支え合いは得られるわけです。社会参加する人が増えて、友人との交流も増えて、さらに定年が延びた結果、就労している人が増えた。そのように考えると、右側の五つを増やすような社会づくりをもっと進めることで、認知症の少ないまちづくりが可能になるのではないか。こんなことがだんだん見えてきたわけです。

5――武豊町での地域介入研究

今までご紹介してしたような研究のことを観察研究といいます。社会参加している人でどれぐらい不健康になる確率が低いかを観察して、手掛かりを引き出しているわけです。しかし、実際に社会参加する人を増やすことができるか否かは観察研究だけでは分からないのです。それで、実際ある町でボランティアを募って、みんなが交流するサロンといわれる場所を増やしてみました。果たして高齢者が来てくれるようになるのか、来た人たちと来ない人たちを比べて、来た人たちの健康状態が良いのか、それを確かめるために、地域介入研究をやりました。
 
それを最初に武豊町の保健師さんに提案したとき、保健師さんはあまり乗り気ではなかったのです。この赤い線が介護予防の分野でボランティアをやってくれている人の数なのですが、当時は20人しかいなくて、私が「この町の中に保育所の数ぐらいサロンを作りたい。だから、14、15カ所ほしい」などと言ったら、「ボランティアが20人なのにそんなことをやったら、ボランティアさんは辞めてしまいますよ」と言われたのですけれども、乗りかかった舟なので、「私に○○をやらせてください」と言って、あることをやったら、ボランティアが一気に9倍に増えました。

一体何をやったかというと調査結果の報告会です。その町は初めて縦断研究にお付き合いいただいた町だったのです。その結果が出たので、報告会をやりますと町の広報などで案内したら50~60人の方が集まってくれました。そこでこんなデータを見せながら、皆さんにご協力いただいたおかげで見えてきた、どういう生活をしている人が認知症になりやすいか、なりにくいのかを、ご報告しました。
 
地域組織、例えばボランティアの会などに参加している人に比べると、参加していない人では認知症になる確率は、ざっと男女の間を取ると2倍でした。ボランティアの会などに参加すると、どうやら認知症を抑える効果がありそうです、とお話しました。その後すかさず、「ところで、皆さんの中で、できることなら認知症になりたくない方はどれぐらいいますか」と聞くと、皆さんが手を挙げるわけです。「手を挙げた皆さんで、自分にできることで認知症にならない可能性が高いことが分かったらやってみたい方はどれぐらいいますか」と言うと、これもまたほとんどの方が手を挙げるわけです。「皆さんは幸運です。今度、町がボランティアを募ることになりました」という話をしたら、ばーっと町の人たちが集まってくれたわけです。
 
その人たちに「楽しいことを考えてください」と言って知恵を出してもらいました。「何をやったらいいか教えてくれ」という質問も受けたのですが、当時は、私もよく分かっていませんでした。「みんながそうやって、どうやったら人が集まるかなどと言って頭を使うことが多分いいのだと思います」と言って、知恵を絞ってもらいました。さらに、後片付けを誰がするのかという話もでたりするわけでが、「適度な運動も認知症予防になることが分かっています」と言って、ほとんどセルフサービスでいろいろやっていただきました。
 
最初は体操をやろうかという話があったのですが、「体操だけでは飽きてしまう」とか「私は体操は苦手」とかいろいろな人がいました。みんなで楽しい季節イベントをやりたいと、ここに書いたようないろいろな企画を練ってくれました。毎回やることが違うので準備が大変で、相当頭を使うと思うのですが、こっちの方が楽しいからということでやってくれました。「子どもたちとも交流したい」と言うので、保育所に交渉に行って、この写真の上の盆踊りには、真ん中に子どもたちが写っていますよね。そういう異世代交流などもやったりしました。
 
こういう企画が楽しいよ、と口コミで噂が広がって、下の紫色の棒がボランティアの数なのですが、今では300人を超える方がボランティアとして参加し、町の高齢者の1割がこういうところに来てくれるようになりました。
 
これは武豊町だけではなくて、他の町も含めた七つのまちの約100カ所の「通いの場」に参加する約3000人に聞いた結果で、かなり一般化できるのではないかと思っています。そういうところに来ると、来る前に比べて健康意識が上がり、人との交流が増え、幸せを感じるようになった人が8割もいるのです。さらに下の方で、「将来の楽しみが増えた」などという人も66%いて、その上の「気持ちが明るくなった」人も75%、そういうところに行って人と交わることで、心理的な、社会的な効果があることが分かりました。

さらに、一番下にありますけれども、そこに行ったことがきっかけで誘われるのでしょうね。サロン以外の会にも行くようになった人が5割でした。その人たちに「どこに行っていますか」と聞いてみたら、何と運動、スポーツの会に行くようになったという人が半分いました。ただ「運動しましょう」と言っただけでは「なかなかきっかけがなくて」という答えが多いのですが、このように皆さんが集まる通いの場をつくることで、そこに行ったことがきっかけで、運動も定期的にやる人が増えるということがだんだん分かってきています。
 
その人たちを追跡してみたら、参加群では要介護認定率を受ける確率がおよそ半分に抑えられていることがだんだん分かってきたわけです。ちなみに武豊町では、ここ数年、町全体の要介護認定率も下がっています。
 
91市区町村で見てみますと、右側にあるほど社会参加している人が多いまちなのですが、そういうまちほど縦軸の要介護認定率が低いのです。他の条件が同じだったら、保険料が安くできるということもだんだん分かってきています。
 
社会参加を全くしていない人たちに比べて、スポーツの会でも、趣味の会でも、週に1回以上参加している人たちでは、その後11年間に介護給付費を幾ら使ったかというのを足し合わせると、1人当たりでいうと22万~61万円安かったのです。これが、高齢者が10万人いるようなまちで、1万人が社会参加するようになったとすると、11年間で22億~61億円の介護給付費の抑制につながることを意味します。これぐらいの財政規模の、経済的なインパクトもあることが裏付けられてきました。

6――ゼロ次予防による健康長寿社会づくり

そういうことが分かってきたので、これは本腰を入れて企業にもマーケットが準備できるのではないかと考えるようになりました。産業界、官の世界、学の世界でそれぞれ得意なものは違いますよね。サービスを作り出して全国に普及するとなると、産業界の力を借りる必要があるのではないかと考えるようになりました。
 
例えば、左上の拠点開発です。店舗の2階のスペースが空いているというコンビニにそういうスペースをご提供いただけることで、みんなが集まる場所がないと困っている人たちに場所を提供できるかもしれません。その人たちが集まっても、毎日体操ではつまらないと言うのだったら、右にあるプログラム開発をして多彩なプログラム、楽しいプログラムを企業なら提供できるかもしれません。

さらに、マーケティングで、例えばスマホに「今日午後3時から、あなたの家から200m先のコンビニの2階でこんなに楽しいイベントがありますよ」「今月、あなたは笑いの量が足りていません。このままだと認知症リスクが2割高い状態です。今日2時半までに入るとクーポンが付いています」ということをやられたら、「認知症予防にもなるのだったら行こうか」などと言って、行く人が増えないでしょうか。

そして、そこに来た人たちのいろいろなデータを取らせていただくことで、ビッグデータを作って解析することで、どういう人が認知症になりやすい、こういう人は認知症になりにくいという解析結果が出てくれば、そのデータを生命保険会社にお買い上げいただけないか。そんなふうに考えると、1社の得意技だけでは創出にはつながらないかもしれないけれども、それらを組み合わせることによって、みんなが楽しみながら社会参加して、要介護認定を受ける人を減らせる可能性があるのではないかと考えるようになりました。
 
そんな話をいろいろな企業にさせていただいて、共同研究を模索していたら、JST(国立研究開発法人 科学技術振興機構)から研究費を付けていただいて、ここに示した10社以上と一緒になってまちづくりをし、そこに暮らしているだけで健康になるのか検証する実証実験に入っています。
 
これは、ある町で道の駅や公営住宅を作ったパシフィックコンサルタンツさんが、先ほど紹介したような私たちのいろいろなエビデンスに沿った、暮らしているだけで健康に良い行動を取りやすくなるようなまちをつくっています。レストランを配置したり、ブックコーナーを配置したり、温浴施設を配置したり、公園を配置したりすることで、近隣の人たちの健康な行動が増えるのではないかということを追跡調査しているところです。
 
こういう企業の努力と行政が持っている要介護認定データを結合して、私たちのような研究者が分析することで、どういう取り組みで要介護認定率が下がっているかということが検証できるようにならないか。そういう産官学連携研究にチャレンジしています。
 
これができると、どういうプログラムを、どれぐらい利用した人が、どれぐらい要介護認定を受ける率を抑えられているか、効果が大きいかどうかということが数年後にはご報告できるのではないかと思います。今まで、もしそれをしなかったらどれぐらい機能が落ちるのかという比較対照群のデータがなかったので、こういう評価ができなかったのです。でも、私たちは日本の高齢者10万人を追跡するデータを持っていますので、その平均値を取ることで、平均的にはこれぐらいのスピードで落ちていきます。それを非参加群として、それに対して企業が提供しているサービスの利用者はこんなに悪化を抑えられていますということを評価できるような時代が近づいています。
 
それをSIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)の仕組みと組み合わせることで、先ほどの武豊町のように新しく要介護認定を受ける人を、もし半分に減らせるとすれば、武豊町のような人口4万人の町でも年間数億円が浮きます。その浮いたお金のうち、一定割合をそういういいサービスを提供した企業にお返しし、それでもっとサービス提供量を増やしてもらう。そんないい循環に入れないか。それを支える財政的な仕組みがソーシャル・インパクト・ボンドです。国もそれを進めようとモデル事業をやり、一部の自治体は一般財源を使って仕組みの導入に踏み切っています。

その他にご紹介したい、健康を規定している社会的決定要因にはいろいろな要素があります。それについても本に書いてありますので、関心を持たれた方はぜひご覧いただきたいと思います。

7――まとめ

以上、ゼロ次予防と企業の役割についてご紹介してきました。日本国内にも認知症になりやすいまち、なりにくいまちがあります。なりにくいまちをつくるという、ゼロ次予防に舵を切るべきではないか。その要因としては歩くこと、生鮮食料品、あるいは塩分などいろいろなものが分かってきています。さらにその一つとして社会参加も大事だと分かってきました。だから、社会参加しやすいまちづくりを進めることで、認知症でいうと3割ぐらい抑えられる可能性が見えてきています。
 そういうことをやろうと思うと、医師、保健師など医療専門職だけではできないのです。いろいろな資源を持っている産業界が、科学的な裏付けのある取り組みに基づいて社会環境づくりに参加してくれることが不可欠なのです。企業の役割は大変大きいと思います。皆さんにもぜひご協力いただきたいとお願いして、私の講演を閉じさせていただきます。どうも長時間ありがとうございました。

 
(三原) 近藤先生、ありがとうございました。私も最初に近藤先生の講演を聴く機会があったときにかなり目からうろこだったのですけれども、社会構造を変えていく部分における企業の役割は何かということを問い直す内容だったと思います。

この後、パネルディスカッションに入るのですが、その前に愛知県豊明市の松本さんの方から事例紹介をお願いしたいと思います。それでは、松本さん、お願いします。

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