2025年08月07日

5%成長の割には冴えない中国経済-米中摩擦・不動産不況・デフレ圧力-好調の裏でくすぶる3つの不安

経済研究部 主任研究員 三浦 祐介

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

4――経済対策:需要喚起は継続、過当競争対策は強化の方向

1|需要喚起:補助金等の追加は示唆されず、現行の対策継続により当面は様子見か
不動産不況や米中摩擦の下押し圧力に対して、2024年以来、中国政府は経済対策を段階的に強化している。とくに最大の課題である需要不足に対する打ち手として、消費財の買い替え支援、設備更新支援、インフラ建設等の重要プロジェクト推進の3本柱で、需要喚起のための財政出動が強化されている。小売(財)、製造業投資、インフラ投資の3指標(図表5)について、23年中のトレンド(図表中の点線)をゼロコロナ政策終了後の基調とすると、いずれも経済対策強化後に上向いており、効果が出ていることがうかがえるが、足元では増勢がやや鈍っており、これら対策についても効果の息切れ感が懸念され始めている。
(図表5)小売(財)/製造業投資/インフラ投資
今後を展望すると、政府による財源6の調達は6月時点でまだ予算の半分程度であり、引き続き調達が進み、下支えの効果は続くことが予想される。政府発表によれば、消費財の買い替え支援については年初予算の3,000億元のうち1,620億元、設備更新支援については年初予算の2,000億元のうち1,730億元が既に上期に公布されており、下期には、それぞれ残りの1,380億元、270億元が公布される見込みだ。ただ、地方政府の財源が潤沢ではないほか、昨年24年には8月以降、これら対策向けの補助金支給が本格化していたため、下期には押し上げの効果がその分弱まっていく可能性が高い。インフラ建設に関しても、似たような動きになるとみられ、下期には内需が減速傾向に転じることが予想される。

とは言え、現時点で想定される程度の減速であれば、通年で+5%前後の成長率目標達成は可能とみられる。このため、経済対策は、当面様子見姿勢での運営となるだろう。会議でも、財政政策については「政府債券の発行と使用を加速し、資金使用効率を高める」とされたのみで、補助金の積み増しといった追加対策への言及はなかった。金融ツールを活用したサービス消費の供給強化7や先般発表された国による中国版「児童手当」8に代表される民生の改善策を通じた消費の底上げ、民間活力の活性化を通じた投資促進など、供給側の改革に軸足を移しつつあると考えられる。むろん、外需や不動産市場などが想定以上に悪化した場合には、過去2年と同様、秋口に追加経済対策が検討されるだろう。また、利下げ実施のトーンは以前よりも弱まっているが、実質金利は高止まりしているため、年内に追加利下げが実施される可能性はある。
 
6 国債(超長期特別国債含む)および地方政府専項債。
7 例えば、中国人民銀行は、25年5月、宿泊・飲食や文化・体育・娯楽、教育等のサービス消費などに対する金融機関の融資を支援するために、低利で資金を供給する再貸出の新たな枠組みを設けた。
8 満3歳までを対象に1人当たり年間3,600元を支給するもの。一部の地方政府は既に独自に導入を進めてきた(片山ゆき(2025)「消費喚起と社会保障(中国)【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(70)」(ニッセイ基礎研究所『保険・年金フォーカス』))。
(図表6)物価関連指標 2|「内巻」対策:成長率の名実逆転が長期化に伴い、いよいよ本腰
実質経済成長率+5%前後の目標は達成圏内に入ってきた一方、名目成長率が実質成長率を下回る名実逆転の状態が長期化している。GDPデフレーターは9四半期連続で前年同期比マイナスを記録しており、四半期統計で確認できる範囲では、1990年代後半の7四半期連続を超えて最長となった(図表6)。また、2025年以降は、悪化する傾向もみられ、デフレ圧力の強まりへの対応の切迫度が高まっている。その背景にあるのは、不動産不況による需要不足に加え、製造業を中心とした「内巻」と呼ばれる過当競争の激化だ。コア消費者物価指数(CPI)は低調ながら辛うじてプラス圏で推移しているのに対して、生産者物価指数(PPI)は22年10月から25年6月にかけて33カ月連続でマイナスが続いている。
「内巻」対策を巡っては、図表7で主な動きを整理しているが、24年から指導部で問題意識が持たれ始め、25年の経済政策における重点のひとつに位置付けられたが、対策が本格化し始めたのは、自動車の値下げ競争が激化した5月下旬以降だ。以後、自動車のみならず幅広い産業の各業界団体や、関係各省庁が相次いで対策の強化に乗り出した。このほか、「改正反不正当競争法」や「改正価格法」草案など、法的な枠組みにおいても、「内巻」防止が重視されている。指導部のレベルでは、7月開催の第6回中央財経委員会で「無秩序な低価格競争の是正」が言及されており、今回の会議でもその流れを受け、「法に基づく企業の無秩序な競争の是正」や「重点産業における産業能力の是正推進」、「地方政府による企業誘致活動の規範化」といった方針が挙げられている。
(図表7)「内巻」対策を巡る主な動き
今回の「内巻」対策で想起されるのは、2016年頃の状況だ。当時も過剰生産能力の問題が深刻化していたことから、政府は、鉄鋼と石炭について設備淘汰の数値目標を設け、強力に淘汰を進めた。また、当時はまだ不動産バブル崩壊前であったため、不動産需要の喚起も併せて実施され、それも過剰感の解消に寄与した。これに対して今回は、問題となっている業種が鉄鋼やセメントといった素材産業だけでなく、自動車や太陽光パネル、さらにはフードデリバリーなどサービス業にも及んでおり、それに伴い是正を求める企業には国有企業だけでなく民営企業も少なくない。「民間投資の活力喚起による有効な投資の拡大」や「国際競争力を有する新たな支柱産業の育成加速」といった政策方針も会議で言及されているなか、16年のような一律的な設備廃棄や生産制限には踏み込みづらいだろう。また、当時と異なり不動産需要に頼ることも難しい。

素材産業では生産の抑制や設備の統廃合といった直接的な対策がとられる可能性はあるものの、基本的には、業界団体による自主規制や政府による法に基づく取り締まりの強化、環境や技術などの基準強化による設備淘汰の促進、需要底上げの継続など、息の長い取り組みが必要となるだろう。デフレ圧力の一段の強まりは回避できるとしても、その払拭にはまだ時間を要すると考えられる。名実逆転の状況は、少なくとも翌26年までは続くだろう。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年08月07日「基礎研レター」)

このレポートの関連カテゴリ

Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   主任研究員

三浦 祐介 (みうら ゆうすけ)

研究・専門分野
中国経済

経歴
  • 【職歴】
     ・2006年:みずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)入社
     ・2009年:同 アジア調査部中国室
     (2010~2011年:北京語言大学留学、2016~2018年:みずほ銀行(中国)有限公司出向)
     ・2020年:同 人事部
     ・2023年:ニッセイ基礎研究所入社
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

週間アクセスランキング

ピックアップ

レポート紹介

お知らせ

お知らせ一覧

【5%成長の割には冴えない中国経済-米中摩擦・不動産不況・デフレ圧力-好調の裏でくすぶる3つの不安】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

5%成長の割には冴えない中国経済-米中摩擦・不動産不況・デフレ圧力-好調の裏でくすぶる3つの不安のレポート Topへ