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汎欧州年金商品の将来に向けた改定の方向性(欧州)-EIOPAの提案書の紹介

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
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1――汎欧州年金の将来の改正案の公表
1 EIOPA STAFF PAPER A simple and long-term European savings product :the future Pan-European Penson Product (EIOPA 2024.9.11)
https://www.eiopa.europa.eu/document/download/53a75b6e-fc6b-46ce-9818-02badf20f515_en?filename=EIOPA%20Staff%20Paper%20on%20the%20future%20Pan-European%20Pension%20Product.pdf
(報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)
2――現状の認識
これは個人年金保険の一種で、国の年金、職業年金基金とは別の、いわば「3本めの柱」とみなされる年金商品である。各国のプロバイダー(保険会社や年金基金、資産運用会社など、以下「保険会社等」と呼ぶ。)が、名前の示す通り欧州地域共通の商品性を備えたものを販売するというものである。主な共通の特徴には、以下のような点がある。
5年毎に、上限の定められたコストで、プロバイダーを切り替えられる。
EU内で居住地を変更しても同じ商品を継続できる。
コストや手数料については、重要情報文書に記載されることで、完全に透明性がある。
基本投資オプションでは、コストに上限(残高の年1%)が設けられている。
基本PEPP部分では、投資資本が保護される。
こうした中でEIOPAは以下のような役割を担っているため、その商品内容の改訂についても検討の中心的な多区割りを果たすことになる。
・保険会社等と商品内容に関して、各国監督者への報告基準を定め、一貫性・整合性を確保すること
・PEPPと認められた新商品を、中央データベースに登録し、全ての情報を取得・管理すること
・効率的なPEPP市場の監視
・一定の条件下においては、一部商品の、販売の一時的禁止も含めた販売等の制限
ところが現在のところ、PEPPの普及は思わしくない。今回の意見書において、その状況・理由の分析と、それを踏まえた強化策を提案している。
〇コストと手数料の上限設定
PEPPにおいて徴収できる手数料について、制度上要請された上限(積立金に対して年1%)がある、ということが、保険会社等にとって、ビジネス上魅力的ではないかもしれない。さらに間接的に、隠れた管理コストも負担となることが、一部では指摘されている。
EIOPAの見解では、他の国の年金関係の仕組に比べてみても、1%という上限水準が低過ぎるとは思っていない。また基本プランではなく、より複雑な投資オプションによっては、追加の手数料を設定してもいいはずだった。しかし現状をみると、販売初期費用の負担や、販売規模が小さい中での固定コストなどが足かせとなり、供給できる年金商品に制約があるのかもしれない。
〇限定された販売ターゲット
PEPPの大きなメリットの一つに、EU加盟国内の転職時にはその積立金を移管できる、ということがある。しかし実際にはその対象となる人々はごく限られており、それだけのために、わざわざコストを低く抑えられた年金商品を提供することは、これから参入しようとする保険会社等の潜在的な売り手にとって魅力的ではない。
〇他の商品との競合上の不利
保険会社等にとっては、PEPPの販売に注力するよりも、ユニットリンク商品など、手数料を高く収入できる商品を販売した方が、収支上良好な結果を得られる可能性が高いと考えられがちなのではないか。
そもそも現状では、欧州において全体的に、年金に対する関心が低く、加入率も低い。そんなことよりも、目の前の生活費の高騰の方が重要な関心事であり、相対的に消費者の年金への需要は低下している。また仮にこの先経済環境が改善しても、その時に今のPEPPに対する消費者の関心が高まるかどうかは不透明である。
PEPPを実施するための、EU加盟国の国内法令の整備が遅れていることも、PEPPが普及しない要因となっている。一部の国では、まだ初期段階の制度整備すらできていない。また国によって年金税制が異なること、他の年金商品より税制において不利なことがある点も普及を妨げている可能性がある。
3――解決に向けた提案
保険会社等にとって魅力的なものにするには、対象となる市場を大幅に拡大し、制度・商品の仕組みが簡素化されるのがよいが、それには以下のような方策が考えられる。
・単一の年金商品ではなく職業年金と個人年金を組み合わせること
単独でPEPPをリニューアルするのではなく、既存の職業年金等を組み合わせていくことが、多くの保険会社等にとって魅力的なのではないか。また雇用主にとっての節税効果も期待できる。
・手数料水準を、制度の複雑さなど、各年金商品の特性などにみあう水準に設定すること
手数料について、保険会社等と消費者の双方が満足する上限水準を決めることは、困難であるため、年金商品のニーズ、目的、特性、販売初期費用などを考慮した適正な水準を設定する。こうしたことは、ユニットリンク等でこれまでどう水準を設定したかが参考になる可能性がある。
・各国の「お墨付き」(PEPPラベル)を与えること
EU共通のルールに準拠した国内用のPEPPラベルを作成し、シンプルさ、セキュリティ、費用対効果、情報の透明性について、国が保証すること
・管理負担の軽減
PEPPを取り扱う保険会社等は、2025年3月から、少なくとも2か国の登録を必要となるが、こうした点を任意にすれば、管理上の負担も軽減し、参入しやすくなる。
・PEPPへの資金移管を、柔軟に取り扱うこと
他の個人年金からPEPPへの資金の移転を柔軟に認めること。ただし、PEPPの商品設計や他の既存商品との関係、税務上の効果などを、再検討する必要はでてくるだろう。
需要面では、そもそも年金加入率全般の引上げが問題である。年金の3つの柱(国、企業、個人)全てを有効に活用することが重要である。PEPPの魅力を高めることよりも重要である。その他に、
・PEPPへの自動登録
例えば18歳到達時または就業時にPEPPに自動加入する制度とする
・年金追跡システムの構築と活用
消費者側から見て、退職金や年金などの様々な老後資金の情報について、一か所へのアクセスで全ての情報が提供されるシステムを構築することで、加入者等が退職後の資金計画が適切に立てられるようにする。
・そもそもの問題ではあるが、年金の妥当性と持続可能性に関する情報につき、透明性を高めること。特に、必要な年金額と加入状況の差(年金ギャップ)の現状を把握することから始める必要がある。
・PEPPに他の個人年金商品と同じ税制優遇を認めること。
EU全体で年金優遇を同一の優遇税制を付与することが理想であり、こうすれば、国をまたぐ年金商品の販売が容易になり、コスト削減にも役立つ
・国内またはEU域内の年金ダッシュボードの導入による、現状の情報提供
4――おわりに~今後の予定
こうした関係者との議論を経て、EIOPAは2027年に予定されているPEPP規制の評価に先立って具体的な政策を策定することを目指している。
(2024年11月01日「保険・年金フォーカス」)

03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
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