2021年12月07日

IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-EUがIFRS第17号を承認、英国も協議案を公表-

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14.IFRS第17号を導入することにより、初めて包括的な認識、測定、表示、開示の要件を規定することにより、保険契約の財務報告の改善につながる。これにより、範囲内の契約の内容を忠実に反映した財務報告が作成され、一貫した基準で提示されるようになるため、毎年、保険部門の異なる企業間及び管轄区域間で比較可能性が高まる。このような財務情報は、投資家やその他の会計利用者にとってより有用である。投資家やその他の会計利用者は、会社の経営管理を説明するために経営陣に関心を持ち、株式や負債商品の売買や保有に関する意思決定を行うことができる。

15.IFRS第17号を採用している英国の全保険会社のIFRS第17号の一回限りの実施費用は、約11億8000万ポンドと見積もられている。このうち、2020年6月30日までに約5億ポンドが発生し、さらにそれ以来多額の更なるコストが発生している。これらのコストは大きなものだが、過去5年間の平均年間総収入保険料の1%以下となっている。

16.保険会社会計の利用者は、IFRS第17号の結果として期待される透明性と比較可能性の向上の主な受益者である。これは、アナリストや他の会計利用者との接触に反映された。保険会社会計の利用者の大半は、IFRS 第17号によって導入された変更が保険会社間の比較可能性を高め、保険会社会計の透明性を高めると楽観的であった。しかし、IFRS第17号の実施に関して保険会社とより詳細な契約を結んで初めて、より完全な評価が可能になると予想された。

17.IFRS第17号が保険会社の資本コストに与える影響については、見解が分かれている。資本コストは短期的には増加する可能性があると考えるステークホルダーもいれば、長期的には英国の保険会社の資本コストを低下させる可能性があると考えるステークホルダーもいる。

18.数値化はされていないが、一部の保険会社は、システムとデータ管理の改善、及びIFRS第17号の導入によるプロセスの効率化から、継続的な間接的利益を得ることを期待している。

19.基準は、財務報告の透明性と比較可能性を高めることを目的としているため、IFRS第17号の実施は、監査人及び規制当局にとっても有益であるべきである。

20.全体として、IFRS第17号の適用により、英国の保険セクターのステークホルダーにとって、継続的な純費用が大幅に増加することはないと予想される。

21.IFRS第17号により、保険商品の提供や価格戦略に変更が生じる可能性がある。しかし、これらの変化が英国経済に大きな悪影響を及ぼすとは考えられない。IFRS第17号は、基準を適用する事業体とそれを適用しない事業体との間の保険業界の競争に悪影響を及ぼすことはないと予想される。国際レベルでは、IFRS第17号は、採用後に大規模なグローバルグループが国を超えた相乗効果を 活用し、英国経済にプラスの効果をもたらす可能性があるため、競争を促進する可能性がある。提案されているEUのカーブアウトは、顧客の競争に重大な影響を与えるものではなく、IASBが発行するIFRS第17号を適用すれば、資本の競争において英国企業に有利に働く可能性がある。

22.IFRS第17号は、IFRS第17号の使用によって期待される保険会社会計の透明性と比較可能性の向上が投資家によって肯定的に評価される可能性が高いため、資本コストと保険会社の財務へのアクセスに関して英国経済に悪影響を及ぼすことはないと予想される。同様に、IFRS第17号が保険会社の投資やヘッジ戦略に重大な影響を与えることは想定できない。

23.この基準は、中長期的に税収に悪影響を及ぼさない程度のものと考えられる。

24.IFRS第17号は、経済成長と金融の安定性に対して、中立的からプラスの効果を持つと予想される。保険会社会計の透明性と比較可能性の向上が期待されることは、資本の効率的な配賦と経営陣が会計を保持するための投資家の能力の向上につながる。また、IFRS第17号では、監督上のモニタリングに有用な新たな情報を提供することが期待され、会計利用者が保険会社の財務状況をより適切に評価できるようにすることで、市場の信頼性を高めることができるべきである。

25.また、IFRS第17号を適用しないことが英国経済に与える影響についても検討した。この基準を採用しない場合には、IFRS第17号の下での報告から期待される透明性と比較可能性の向上の恩恵を会計の利用者が受けることができなくなる。他の国・地域がIFRS第17号を採用していると仮定すると、英国の保険会社は、IFRS第17号を適用している企業と比較して相対的に不利な立場に置かれ、資本コストやグローバル資本市場へのアクセスの低下という点で不利になる可能性がある。

(3)真実で公正な見解の原則

28.IFRS第17号については、英国で採用されている他の国際会計基準との相互作用を含め、全体としての基準を考慮した上で、真実で公正な見解を支持する基準に照らして評価するという包括的なアプローチが取られている。

29.我々の評価では、IFRS第17号が要求する開示を含め、基準を用いて作成された個別又は連結の会計が保険契約の経済的実質を公正に反映することを妨げるような要件は確認されていない。これに基づいて、評価では、これらの会計科目が企業又はグループの資産、負債、財政状態及び純損益の真実で公正な見解を与えることを妨げるようなIFRS第17号のいかなる要件も特定していない。

3|英国における懸念事項に関する評価の概要
UKEBは、IFRS第17号から生じる英国の保険会社にとって重要な懸念事項として、(1)利益認識-年金に対する契約上のサービスマージン(CSM)の割当、(2)割引率、(3)保険契約のグループ化-収益性バケット及び年次コホート、(4)有配当-相続財産 の4つを重点項目としている。

これらの項目のうちの(4)については、英国固有の問題であり、IFRS第17号においては明示的に取り扱われていないため、今後更なる議論も必要になってくる項目となっている。また、(1)から(3)の項目については、基本的には承認の評価を行っているが、一方で潜在的な課題を述べているので、以下では、それらを中心に紹介する。
(1) 利益認識-年金に対する契約上のサービスマージン(CSM)の割当
契約上のサービスマージン(CSM)をどのように割り当てるか(英国の年金プロバイダーにとっての主な懸念事項の1つ)についての評価は以前の評価から変更されていない。

UKEBは、このテーマに関するIFRS第17号の課題等について、以下のように、英国の年金商品の適用範囲の単位、したがってCSMの割当の決定に関して、コンセンサスが形成されることを期待している、と述べている。

なお、UKEBは、CSMの割当に関するテクニカル・ペーパーを7月20日に公表しており、この中で、保険会社や監査人(英国勅許公認会計士協会(ICAEW))を含む保険業界関係者がCSMの割当に関するガイダンスを作成することを推奨していたが、今回のDECAにおいては、これについて言及していない。
 

3.45.IFRS第17号は、契約に基づいて提供される給付の数量を企業がどのように決定すべきか、また、保険適用単位及びそれに対応する加重をどのように決定すべきかについて規定していない。この計算方法が異なる可能性があることを考慮すると、CSM償却に関するIFRS第17号の要件が適用の相違につながるリスクがある。その結果、特に年金商品については、その長期性を考慮すると、財務諸表の比較や理解が容易ではない可能性がある。

3.46.契約に基づいて提供される便益の量、ひいては純損益に認識すべきCSMの額を決定するには、重要な判断を用いる必要がある。この判断の適用は、一貫性及び/又は中立性を欠いている可能性があり、したがって信頼性にリスクをもたらす。

3.47.特に、一括購入型年金を含む年金の支払段階で提供される保険適用範囲を適切に反映した保険適用単位を決定するために、IFRS第17号の要件を解釈するための見解が異なる。

  (略)

3.50.また、IFRS第17号を用いて作成された最初の会計報告が公表される前に、適用範囲の単位を決定し、英国の代表的な年金商品に対するCSMの配分を決定するコンセンサスが形成される可能性もある。これにより、適用の多様性に対する主要な懸念が軽減され、財務情報の比較可能性が高まるはずである。

(2)割引率
UKEBは、7月20日に、割引率に関するテクニカル・ペーパーも公表している。こうしたペーパーに対する反応も踏まえて、潜在的な課題等について、以下のように述べている。
 

3.84.IFRS第17号が特定の割引率を要求していないという事実、又は適切な割引率が市場で直接観察できない場合の特定の見積手法は、信頼性及び/又は比較可能性に対するリスクとみなされる可能性がある。特に、ボトムアップ方式を採用した場合の流動性プレミアムの決定については、一般的に判断を要すると認識されている。加えて、この基準が(トップダウン又はボトムアップの)アプローチの選択を提供しているという事実は、保険会社間の比較可能性に対するリスクとなり得る。

   (略)

3.87.IFRS第17号によって採用されたアプローチは、一部の状況においてのみ適切な情報をもたら すより規範的なアプローチよりも、全ての事業体にとって関連性があり信頼性のある情報をもたらす。絶対精度は不可能であるが、必要ではなく、過度の測定の不確実性を生じることなく適切な割引率を決定することができる。

   (略)

3.89.比較可能性については、観察可能な市場価格と整合的であり、かつ、現在の市場状況を反映した割引率を用いること、及び、観測可能な入力を最大化し、他のエンティティとの比較可能性に関する懸念を軽減する。

3.90.また、要求される開示は、比較可能性に対するリスク、特に重要な判断、使用されるインプット、前提及び推定手法、並びにインプットを推定するプロセス及び割引率を決定するために使用されるアプローチのリスクを軽減する。使用したイールドカーブの開示は、他の保険会社との比較を容易にすべきである。全体として、開示は、会社間の差異を強調し、業績の分析を容易にすべきである。

(3) 保険契約のグループ化-収益性バケット及び年次コホート
英国の保険会社の年次コホートに対する懸念はEUの保険会社ほど大きくはないが、EUがカーブアウトする場合には、EUの保険グループとの比較可能性及び競争力という面において、英国の保険グループへの意味合いがある。

年次コホート間のリスク分担について、以下の記述が行われている。
 

3.111.一部の利害関係者は、保険契約が何世代にもわたる(即ち、異なる年次コホートにわたって)保険契約者のリスクを共有している場合、年次コホートが有用な情報を提供しないことを懸念している。例えば、特定の保険契約者に対する給付は、他の保険契約者の請求を満たすために減額されることがあり、1年以内に開始された契約の利益は、他の年に開始された契約の保険契約者へのリターンを支えることがある。これらのステークホルダーは、年次コホートがコホート間のリスクの共有を反映しておらず、結果として得られる情報の関連性が低下していると考えている。

    (略)

3.116.IFRS第17号の目的は、(保険事業に固有のリスクプールを無視して)過度の粒度水準とグループ数のリスクと収益性に関する情報と不利な契約の特定を失うリスクとのバランスをとる集計レベルを規定することである。年次コホート要件は、分かりやすく理解しやすい規約に基づく実用的なアプローチである。全体として、この基準は、大多数の場合に有用な情報を提供する可能性が高いバランスをとっている。

4―まとめ

4―まとめ

以上、今回のレポートでは、EUにおけるIFRS第17号の最終承認の内容、及び英国におけるUKEBによるIFRS第17号の採択に関する協議案の内容を報告してきた。

EUは結局、IASBが策定したIFRS第17号をそのまま採用するのではなく、年次コホートをカーブアウトした基準を最終承認している。一方で、英国は現時点では年次コホートをカーブアウトしない協議案を提示している。

今後は、英国やEU以外のその他のIFRS基準を採択している国や地域等において、どのような基準が採択されてくるのか、またそれらの基準設定を受けて、実際に欧米の大手保険グループを中心としたグローバルに活動している保険グループがどのような基準を選択してくることになるのかが注目されてくることになる。

IFRS第17号の適用に関するEUや英国の動き、さらにはその他のIFRS適用国の動きは、関係者の関心の高い事項であることから、今後ともその動向を引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2021年12月07日「保険・年金フォーカス」)

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