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ハイテク都市深圳で考えたこと-現地で感じた我が国への示唆・参考のポイント-

大阪成蹊大学マネジメント学部教授 ニッセイ基礎研究所客員研究員 平賀 富一
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本稿は、あくまでハイテク技術のユーザーという立場から、現地で感じ考えたことなど、我が国への示唆や参考になると思われる点を中心に述べたい。
1――深圳について
2――主な訪問地などハイテク技術・サービスの普及動向(写真2-5は筆者撮影)
各所を体験して強く感じたことは、深圳で上記のような新技術や新サービスが現実に利用されている大きなファクターが、共通基盤としてのQRコードを使った決済・支払い手法の普及と規格の標準化、街を挙げての実験的な取り組みと目に見える普及状況であった。
3――我が国への示唆・参考のポイント
我が国の課題は、そもそも良いアイディアがあっても資本力や製造能力がついていかず実現に至らないケース、新たな技術やサービスを発明・開発しても、類似の技術を有する有力企業同士の競合、既存の法規制や既得権を保持したいとの団体・機関等の影響力によって新技術・サービスの導入が進まないケース、新技術・サービスを導入するにしても規模が小さ過ぎたり、新技術を利用するプロセスに人の手を介する手続きも重複するなど本来の効率化が実現されないケース、様々な規格が共存しその対応の手間が大変なケース等が多いと考えられる。それらの事例としては、店舗でカード情報(デジタルデータ)をリーダー(機器)で読み取っているのに、別の台帳(紙)に重複する情報をさらに手書きするといったケースがある。タクシーの支払いで、現金、タクシーチケットや福祉タクシー券(紙)、クレジットカード、交通系カード、QRコード等多数の決済手段の混在に苦労する運転手の姿は、我が国のICT化やキャッシュレス化の課題と遅れを象徴する典型例と思われる。さらに、高速道路でも、ETCを原則とし、現金での支払いを例外的な扱いとしてごく一部の窓口での対応と決めれば、ETCを利用する車両は、料金所で減速の必要なく、高速走行を続けながら、料金の課金・徴収を自動的に行うことが可能になるとも考えられる。同様の技術の応用によれば、シンガポールや深圳で行われているように、多くの駐車場で、駐車券による入庫・支払い手続きは原則不要になり、効率化と利便性の向上が図られると推量される。飲み会の幹事の現金による参加メンバーからの会費徴収の手間や苦労も、キャッシュレス決済が進んだ地では過去の遺産となっているのである。
実際、日本企業の先進的な技術が、日本以外の国で普及しているのに、当の日本での普及や効率化が進まないという現象にたびたび遭遇する。当該国の人に「進んだシステムですね」というと、「ハード(機器)は日本製なのになぜ日本では使わないのですか」と不思議がられるケースを度々経験している。そういった話題になるとすぐに出てくるのが、シンガポール、エストニアや北欧諸国のような小国だから導入しやすいとか、中国のような共産党による一党独裁の社会主義国だからできるので、日本で行うことは容易ではないとの声である。その主張には首肯できるが、問題は、少子高齢化の中、働き方改革も行い、生産性を高めなければならない我が国の状況において、新技術・サービスによる効率化の推進は国家戦略としてスピーディーかつタイムリーに進めなければならない喫緊の課題であるということである。経済規模で世界3位(2018年名目GDP約5兆ドル)の日本と4位(同約4兆ドル)のドイツの一人当たりGDP(2018年名目値)が、日本の39,304ドルとドイツの47,662ドルという大きな差、長時間労働で休みも取りにくいとされる日本と、原則定時退社で、年間150日の休暇を取得しているドイツの違いはなぜなのだろうか?
我が国が、少子高齢化の一層の進行の中で、国民の一人一人がゆとりある充実感を感じる生活をしていくためには新技術・サービスの効用を最大限に活かす導入と普及を図っていくことが不可欠であり、特に、シンガポールなどの都市国家や北欧諸国など小規模な国家と競合する我が国の国家戦略特区等を嚆矢として、より徹底した新技術の活用や規制の撤廃・大幅緩和を実践する必要があろう(新技術に適応が難しい例外対応やセーフティネットの仕組みは必要だが、目指すべきメインの技術や仕組みの普及を戦略的に促すことにより焦点を当てて推進すべきと考える)。
この点に関し、気に懸かることがある。近年、日本人の中に思考の柔軟性や謙虚さが欠けてきているのではないかということである。我が国は、和魂漢才や和魂洋才などという言葉にあるように海外の事物をうまく導入したり、第二次大戦後も、欧米の技術を導入しさらに本家(オリジナル)を凌駕する優れた製品・サービスを生み出してきた。欧米市場の嗜好・ニーズに沿った製品開発やマーケティング努力による市場の開拓と獲得はその成果であったと考えられる。ところが「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などと評され、「目標とする手本がなくなった」などの言葉が聞かれるようになって以来、「日本で売れるものは世界どこでも売れる」、「マーケティングの理論は独特な日本市場には通用しない」、「日本のおもてなしは世界一」といった言葉が目立つようになったと思う。今や新興諸国も含めた世界の主要市場は、欧米日のみならずアジアの有力企業も参画した競争が激化しており、その中で大きなポジションやプレゼンスを占める企業の優位性・優れた点が何かを客観的に見極め評価し、自社の長所を生かしつつ、ライバルの強みを積極的に参考にすることが求められる。その点では経営戦略やマーケティング戦略等の理論には企業経営の成功への参考となる点も多いと考えられる。
また、優れたおもてなしという点でも、現状に固執することなく、柔軟な姿勢で、国際的に評価の高いサービス企業のあり方を参考にすること、世界各地の重要なターゲット顧客のニーズや変化を的確に把握し、満足度をさらに高める取り組みを推進することが大切と考えられる。
以上、深圳への訪問時に受けた刺激を契機に感じたことを述べた。深圳においても、当然ながら様々な課題や問題点があろうが、その意欲的な取り組みと実験・実践の重視・実行は我が国への大きな示唆となると思われる。
参考文献:
日本経済新聞『深圳イノベーション特集』(2019年7月17日付朝刊26-27面)
日本貿易振興機構(2019)『深センスタイル』https://www.jetro.go.jp/world/reports/2019/02/91c7f3a8617c0241.html
(2019年11月20日「研究員の眼」)
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