2019年10月01日

欧州大手保険グループの2019年上期末SCR比率の状況について-ソルベンシーIIに基づく数値結果報告-

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5|SCRのリスク別及び地域別内訳
SCRのリスク別及び地域別内訳の開示については、各社の事業構成等を反映する形で、リスクの分類の方式等が異なっている。

2019年上期末におけるSCRのリスク別及び地域別内訳については、例えばAXAやPrudentialがリスク別に開示しているが、2018年末と比べて、構成比が大きく変化しているわけではない。

各社のデータが揃う2018年末ベースの数値は、以下の図表の通りとなっている。
SCRのリスク別・地域別内訳(2018年末)

5―まとめ

5―まとめ

以上、各社のプレス・リリース資料等に基づいて、欧州大手保険グループの2019年上期末におけるSCR比率の水準や感応度及びそれらの推移、さらには関係するその他の事項、加えて、2019年上期における各社の資本管理に関するトピックについて報告してきた。
今回の報告を踏まえての今後の課題等について、昨年度のレポートの繰り返しになる部分も多いが、再び述べておく。

1|ソルベンシーIIへの各社のこれまでの着実な取組み
2016年1月1日に新たなソルベンシー制度であるソルベンシーIIがスタートして3年半が経過した。この間、各社は自社の考え方をベースとしつつも、新たなソルベンシー制度に適切に対応すべく、各社各様の方式で資本管理への対応を行ってきている。

特に、各社とも、効率的な資本配分を行うべく、地域別や商品別のポートフォリオの最適化を図るために、具体的な数値目標を設定して、その実現に向けて、収益性や成長性及び自社の強み等も考慮しながら、既存の事業の売却や新たな事業への投資に積極的に取り組んできている。

さらに、資本そのものについては、既存のソルベンシーIIに適格でない劣後債務等を償還するとともに、新たにソルベンシーIIに対応した資本の調達を行うことで、質の向上等の再構築を進めてきている。

その一方で、毎期の事業展開等を通じて形成される資本については、一方的に積み上げを行うだけでなく、配当や自社株買いによる株主への還元等を充実させることで、資本効率の改善に向けた対応を推進してきている。

加えて、今回のレポートでは触れていないが、これまでのレポートで述べてきたように、資産運用リスクへの対応面では、デュレーションミスマッチの解消や株式から債券等へのシフトを進める等の各種の対応を行う中で、リスクの適正化等を図ってきている。また、保険引受けリスクへの対応面では、例えば再保険や長寿スワップを用いて長寿リスクへの対応を図る等の方策を継続的に行ってきている6

こうしたことを通じて、ソルベンシーIIへの対応力を着実に充実させてきている。

これらの内容については、これまでの四半期毎の報告書や、SFCR(ソルベンシー財務状況報告書)において開示や説明がなされてきている。
 
6 なお、資本ポジションを最適化するための昨今の再保険の積極的な利用については、監督当局は一部警鐘を鳴らしてきている。
2|対外的な開示・説明のさらなる充実の必要性
ただし、これまでのレポートで述べてきたように、こうした取組みの開示については、結果としての数値の開示や表面的な説明が中心で、その具体的な内容の説明は限定されている部分も多く、一般の投資家が各社の資本管理の実態に対する理解を深めるには、まだまだ情報提供等が十分とはいえない面もあるように思われる。

今回のSCR比率の状況の開示は、ソルベンシーの状況や資本管理の状況を説明するものであるが、例えば、以下のような点について改善を行っていくことが考えられる。

(1) 内部モデルによる算出に関するさらなる情報
内部モデルの具体的な内容、内部モデルの適用に伴う標準式との関係における影響度合い、さらには、内部モデルにおける子会社間や地域間の分散効果の考え方等については、十分な説明が行われておらず、もう少し踏み込んだ説明や情報開示が行われてもよいのではないかと思われる。さらには、これに関連して、モデリングの前提等が変化した場合の影響についての説明等も求められるものと思われる。

(2) SCR比率の年度間の変化の説明やSCR比率の感応度テストのさらなる標準化及び充実
1) アプローチやパターンのさらなる標準化
冒頭にも述べたように、今回報告したSCR比率の年度間の変化の説明(資本の形成過程やリスクの変動要因等)やSCR比率の各種の前提の変更に対する感応度のパターンについては、一定程度共通したアプローチやパターンでの説明も行われてはいるが、基本的には各社各様であり、統一されていない。

各社によって事業のリスク構造やポートフォリオ等が異なり、一律的に説明できない点も十分に理解できるが、投資家等の情報利用者の立場からは、比較可能性の面で課題があるといえるだろう。まずは、各国の監督当局レベルで、SCR比率の変化の説明についての標準的なアプローチや最低限の感応度のパターン等が開発・設定されていき、欧州全体でもできる限りの統一化が図られていくことが望まれる。

その際には、その内容についても、より詳しい形での説明が求められてくるものと思われる。

2) 事業区分毎の数字の開示
各社のポートフォリオの差異ということであれば、Aegonが行っているように、国や地域別等の事業区分毎の感応度の内訳を開示していくことも考えられる。グループ全体の感応度の影響を説明する場合には、グループを構成する会社の特性等の差異から、グループ全体の結果数値の説明が難しくなってしまうことも考えられる。ということであれば、グループ全体の数値とともに、事業区分毎の数値も示すことによって、投資家等の理解が深められるものと思われる。さらには、そうすることによって、事業区分毎に特殊なリスク要因による感応度に対するニーズも反映できるものと思われる。こうしたきめ細かな分析は、社内では当然に行われ、必要に応じて、監督当局にも報告されているものと思われることから、可能な限りこうした情報が一般にも開示されていくことが望まれる。

3) EV報告書の見直しの動きや新たな保険会計基準IFRS17号を踏まえた対応の必要性
ソルベンシーIIの導入に伴い、EV(Embedded Value)を報告する会社が少なくなってきている。さらには、引き続きEVを報告している会社もその内容を見直して簡素化しているケースもある。

EVは保険会社の価値を示す1つの指標として、これまで欧州の大手保険会社が積極的に利用し、EV報告書を通じて、利益の創出、配当の株主還元等を通じた会社の資本を含めた価値の形成過程を、事業区分毎等に詳しく説明してきていた。

これに対して、一部の会社は、ソルベンシーIIに伴うSFCR等の報告負担の増加も考慮して、ソルベンシーIIが同様の情報を提供しているとの認識から、ソルベンシーIIの開示をこれに変わるものとして位置付けて、EV報告書の廃止や簡素化を行ってきている。

今後、各社は、IASB(国際会計基準審議会)による新たな保険契約会計基準IFRS第17号への対応も必要になってくることになるが、このIFRS第17号に基づく財務会計ベースでの利益や資本の創出との関係説明等も新たな負担として加わってくることになる。

ソルベンシーIIやIFRS第17号やEVは、本来的にはそれぞれの目的が必ずしも一致しているものではないことから、それぞれが異なる結果を生み出すことになったとしても、それは一定やむを得ないものと考えられる面もあるが、作成者である保険会社の負担が相当大きなものであるにも関わらず、投資家等の立場からは容易には理解されがたいものとなってくる。

従って、こうした複雑な関係をできる限り、投資家等にわかりやすい形で、ソルベンシーII資本の形成過程やSCR比率の変化等を説明していくことが求められてくることになる。

その意味でも、これからソルベンシーIIによる報告をベースとして考えていくというスタンスに立つのであれば、これらに関する報告書のより一層の充実が求められてくることになると言えるだろう。

(3) 将来のSCR比率の推定に資する情報の提供
現在の情報提供は、あくまでも決算等の一定時点での数値提供に留まっている。あくまでも過去の業績の結果としての数値説明が中心になっている。利用者の立場からは、今後の各種の環境変化が将来のSCR比率に与える影響やそれに対する経営行動等についての言及を通じて、将来のSCR比率の推定を一定程度行えるような情報の提供も求められるものと思われる。

現在も、各社とも現時点で想定されている環境変化や経営行動の影響については、感応度による数値提供も含めて、一定説明されていると整理されるのかもしれないが、さらなる充実が求められてくるものと思われる。

以上、こうした点について、今後の開示資料や説明資料において、さらなる工夫・充実が図られていくことが期待される。

ソルベンシー規制に関しては、IAIS(保険監督者国際機構)によるICS(保険資本基準)の検討が行われているが、この実際の監督基準としての適用は2025年以降と予定されている。それまでは引き続き、欧州におけるソルベンシーII制度が、実際に監督基準として機能している経済価値ベースのソルベンシー制度として、注目を浴びることになる。欧州の保険会社はIFRSを適用しており、EV開示の歴史も有している。

その意味で、ソルベンシーIIやIFRS第17号を巡る状況及びそれへの欧州の大手保険グループの各種対応については、日本の保険会社等にとっても大変関心が高く、参考になるものもあることから、今後とも継続的にウォッチしていくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2019年10月01日「基礎研レポート」)

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【欧州大手保険グループの2019年上期末SCR比率の状況について-ソルベンシーIIに基づく数値結果報告-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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