2023年10月31日開催

基調講演

習近平3期目の内政と対外政策:中国といかに向き合うか

講師 東京大学大学院 総合文化研究科 教授 川島 真氏

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5――習近平の台湾政策の基調

もう時間もありませんので、台湾についてお話しします。台湾についてはいろいろ議論があります。習近平も自分で言っているように、台湾は、中国からすると最後には統一したい、解放したい目標なわけです。2049年、2035年の話は先ほどしました。

ただ私自身が思っているのは、もちろん最終的に武力を使う可能性はゼロだとは言いませんが、今現在中国は台湾に軍事侵攻できるだけの軍事力をつけるべく、武力のレベルを上げていて、演習等を通じてそれを台湾社会に見せ付けている。そして台湾社会が少しでも自分の方になびくように仕向けている状態にあるのだと思います。

後で言いますが、台湾社会においては55%が現状維持、25%がやや独立、5%がすぐ独立です。これがマジョリティの85%です。統一と言っている人は、人口の5%強しかいません。その圧倒的多数である現状維持、またはやや独立、独立の人たちを、何とか少しでも統一の方に仕向けていきたい。それが現在の中国の考えです。しかし、普通にやったのではこっちへ来ない。ですので、軍事力を見せ付けながら、グレーゾーンでサイバー攻撃、フェイクニュース、さらには経済的な圧力を加えて、いわばおどしながら、統一を志向する様に働きかけているわけです。そこに加えて、最近では、台湾との融合政策があります。「福建への投資」を促すような、ある種のプラス(甘いもの)も出しながらやっているわけです。アメとムチ、ですね。

この政策は、恐らく成功しません。無理でしょう。2017~2018年、中国も似たようなことをやったことがありました。恵台政策です。そのとき少し成功しました。しかし、習近平が2019年1月に「やはり武力を使う可能性」に言及、その後に香港政策が激化し、さらに2019年末にコロナが始まりました。そして、チャーター機問題などいろいろあって、台湾における対中国認識はより一層悪化しました。ですので、台湾の人々の対中感情が容易に変わるとは思いません。ただ、私はそこを恐れています。というのは、習近平はやがて自分のやっている政策に効果がないと気付くでしょう。そのときにどうするか、それがいつかということが問題です。

そのときに、私は中国が直ちに台湾本島を攻めることにならないと思います。軍事専門家の中にはそうだと言う人はいますが、私はやはり台湾というのは台湾本島以外にも、もちろん澎湖島はありますが、金門、馬祖があって、そして南シナ海の太平島、東沙諸島があります。南シナ海の南沙諸島の中で、唯一水のある島・太平島台は中華民国が統治していますから、恐らくはその辺りか、東沙か、あるいは金門と馬祖の間に灯台がある島があるので、あの辺りが狙われるのではないかと私は思っています。そうやって一個一個落としていく可能性がある。それが第2段階です。

そして、その先にあるのが本格的な侵攻、いわゆる「台湾有事」になるだろうと思っています。この段階をしっかりと把握する必要があるので、私は、台湾有事の議論は大事だけれども、台湾有事前の段階において何を協力すべきかを、日台間でもっと考えるべきだろうと思っています。
 
これは、台湾の人々の、台湾と中国の関係をどう見るのかというグラフ。独立、統一に関する図です。

上の黒、そして青の二つが現状維持。黒は現状維持をしてから結果を決める。青は永遠に現状維持。二つ合わせると55%近い。緑色がやや独立で25%あります。そして、茶色っぽいのはやや統一なのですけれども、先ほど申し上げたように、2017~2018年の中国の政策で一瞬増えるのですが、またすぐ減っています。いずれにしてもここに書いたように、圧倒的多数が現状維持と独立の方に向いています。台湾の中において、統一したいと思う人は5~6%ですので、台湾の次の総統選挙において統一か独立かということが焦点になることはあり得ないわけです。たとえどの政党が勝とうとも、統一を掲げるなんてあり得ないわけです。ですから、台湾の選挙についても時々統一か独立かということがテレビ番組の論点として出ていますが、あれはあり得ない話です。台湾のことを知っている人であれば、それはないというのはすぐ分かるわけです。ただ、将来のことを考えながら戦争にならないように、中国と少し話をしようという人と、もう基本的に話さない人と、距離感が違うのは事実です。でも、統一を目指すなんて主張が通るはずがないわけです。国民党でさえそうです。
 
では、台湾はどうなのかということについては、非常に難しいですし、日本がどう関わるのかということも難題です。日本政府は、「台湾海峡の平和と安定」ということを言っていますが、私自身は、これは非常に疑問に思っています。

「台湾海峡の平和と安定」ならば、何が平和なのかということが問題になります。露骨に武力を使う侵攻ではない、グレーゾーンの浸透はどうなのでしょう。この間、馬祖という台湾側が統治している島の周りで、その島に結び付いているインターネットの海底ケーブルを中国の民間の船が、「偶然」切ってしまいました。これは事故なのでしょうか。こういうのが全部事故であるならば、そしてこうした事故が連続して生じたらどうなのでしょう。それでも平和と戦争の間の平和側の方なのでしょうか。だとするなら、どこまでが平和でどこからが戦争か、そこが分からない状態の下で、台湾海峡の平和と安定という言葉は効果的に状況を管理する言葉になり得るのでしょうか。

ただ、今回の広島サミットの首脳声明で面白い言葉が入ってきました。歴史的に形成された境界というものを威圧や力によって変えてはいけない、というものです。ここには台湾海峡の境界も含まれていると思います。ボーダーと言いながら、ナショナル・ボーダーとか言わないのです。「ナショナル」という言葉がないのですね。ですから、台湾のことを意識しているのだろうと思われます。この文言はとても強いメッセージになっています。

6――日中関係への視線

あと3分で日中関係を語るのは大変難しいのですが、日中関係は、今、非常に厳しいところにあります。こちらとしても、さまざまな現実を受け止めねばならないのだろうと思います。それは、中国の経済が日本の4倍近いということ、加えてさまざまな中国側の意図があります。中国国内では、先ほどから申し上げているように、非常に強い社会への管理統制を実施していて、西側先進国への批判が非常に強まっています。もはや西側先進国と折り合っていこうという発想はほとんどありません。加えて、日本の周りの中国の解放軍、そして東シナ海における海警の動きは一層活発になっています。安倍総理が中国を訪問したり、関係改善を進めた時期であっても、そうした軍や海警の活動は活発化したわけです。こうした現実を受け止めねばならないと私は思います。

しかしながら、中国が隣国であることも事実です。ワシントンやロンドンやパリから見た中国と、東京から見た中国とは全然違うわけです。中国の現実を受け止めながらも、隣国であるということを考えると、やはり戦争だけは避けねばならないという、この強い意志を持って事態に臨むことしかないのだろうと思います。

これらのことを踏まえると、日本としては、抑止力を高めながら、日米同盟を重視しつつ、中国と対話をするということにしかならないのだろうと思います。ここはやはり戦争に向かうようなことはお互いに避けるという合意をしていく必要があります。今年は日中平和友好条約45周年ですので、今年がいい機会だったはずです。少なくとももう平和条約の内容を読み返すということはやっていいのだろうと思います。
 
ウクライナ戦争後になって、中国軍とロシア軍とが一致した行動を日本の周りでとっています。戦争前から中露の連合艦隊が津軽海峡を通ってはいましたが、一層活発化しています。海軍のみならず、空軍までも連携しています。日本にとっては、もはやロシア、中国、そして北朝鮮の3方を意識しなければなりません。これは、非常に大きな課題で、かつリアルなことだと思います。
 
加えて、これはあまり日本では報道されませんが、日本に対するサイバー攻撃やフェイクニュースも、非常に頻繁になされているところです。日本の企業の多くは、私も詳しくは存じませんけれども、サイバー攻撃に遭ったことを公表し、それが報道で外に漏れると株価が下がる等々のご心配があって、公表しないことが多いようです。他方、日本ではフェイクニュースに関しても、言論の自由という非常に強い意識が持たれていますので、それをフェイクであると断じることは危険だといった認識があります。

しかしながら、中国からの働き掛けは相当強く現在なされているわけです。
 
ここにTickを書きましたけれども、Tickだけではなく、WinntiやAPT10など、さまざまな団体が日本をターゲットにしてサイバー攻撃を仕掛けております。

加えて、日本の大学に留学していた香港の学生が、日本でSNSに書き込んだ内容が政治的な問題があるとして、その人が香港に帰ったら捕まることも起きてきているわけです。これはいわゆる法の域外適用です。これにも留意が必要です。
 
ただ私は、中国内部の一定のリアリズム(現実主義)があるのだろうと、思っています。

例えば、福島の処理水問題において、中国は盛んに日本を非難しました。元々、今年の6~7月のIAEA等の攻防において、日本外務省が随分頑張って事実上日本側が勝利したわけです。日本ではあまり言われていませんが、実は7月に入って習近平は生態環境キャンペーンというのを実施しました。ここでは原発から出た汚染水にも言及し、その生態、環境への影響を管理せよと、習近平自身が自分で語ったのです。そして、8月15日が1回目の全国生態環境の記念日でした。その一週間後に日本政府が福島の処理水を放出したわけです。中国としては、国内政治の面で、受け入れられなかったと思います。対外的にしてきた宣伝もありますので、まずは大々的にキャンペーンを張ったわけです。
 
ところが、中国が何を言っても国際的にはソロモンしかついてこなかったし、中国の内部でも疑問の声が上がった。それどころか、中国のCCTVが、「福島から流した(毒の)水が太平洋にぐるっと回って自分の方に帰ってくる」という映像を流すと、中国の周りにも「毒」がまん延すると思われ、中国の周りの魚も危険だと人々が思って、上海や浙江の周りの魚の買い控えが始まりました。それからあの絵に疑問が生じて、「最後に日本海にその毒が入ってくる絵が映っている、では日本海の魚は安全ではないか」などと言われました。

いろいろな憶測が流れる中で、中国は8月30日に、環球時報があまり過度に処理水問題に反応するものではないと報じ、そして9月3日、抗日戦争戦争勝利記念日にトップセブンが現れず、そして急に岸田さんと李強が立ち話をするということになって、反日キャンペーンが引いていったのです。一応継続してやりましたが、全面展開はしなかった、ブレーキがかかったということです。

このあたりを見ると、中国にもまだリアリズムがあるのかもしれないと思うところです。彼らの国内における思想面のアクセルと、時々見え隠れするブレーキ、このあたりが機能するかどうかが今後の焦点かなと思っています。
日本の対中感情は極めて悪化しています。言論NPOのものでも、この表にあるような内閣府の世論調査でも、ほぼ85%から9割が「中国に親しみを感じない」時代になっています。これはもう変わらないでしょう。中国の対日感情は多少いいのですけれども。

しかし、この日本においても、中国に関しては7割~6割の人が、「日中関係は重要だ」と答える。8~9割は嫌いでも、6~7割の人は日中関係大事という。大嫌いだけど大事。これはある意味なかなか成熟した関係です。

また加えて、これも驚きですが、2020年11月のデータにおいては、この国で最も中国に対してネガティブなのは60歳代。次は70歳代。あとは50、40、30となってきます。18~29歳は42~43%が「中国に親しみを感じる」状態になっています。日本という国は、若い方ほど中国に対して親しみを感じている。これは、韓国の対中感情と全く逆になってしまいました。韓国では若い方ほど中国に悪いのです。日本という国は若い方ほど中国にいい。これが一体何を意味するのか。中国はこれを見て喜び、「青年交流をやろう」と一生懸命言っています。この日本の若年層の対中認識をどう解釈するか。中国に抜かれたことを体験していない、子どもの時から中国の物に親しんでいる、小さい時から中国人の友人がいるなどがあり得ますが、判然としません。また、若い方々も、年を経るに従ってだんだんネガティブになるのか、いいまま持ち上がるのかは、まだ分かりません。

そうした意味で、日中関係は今厳しいですけれども、まだまだ変わるチャンスがあるのかもしれません。先ほど申し上げたように、平和をキーワードにして、何か新しい関係性を築けたらなと、希望しているところです。
 
今日は、習近平3期目の国内政治と、それから対外政策について、習近平政権の基本政策、経済、思想・文化面、対外政策、台湾、最後に日中関係について申し上げまし。これで終わりたいと思います。今日はどうもありがとうございました。(拍手)
   

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