2023年10月31日開催

基調講演

習近平3期目の内政と対外政策:中国といかに向き合うか

講師 東京大学大学院 総合文化研究科 教授 川島 真氏

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2――中国経済の見通し

私は経済の専門家ではないのですが、中国では根本的に経済成長率よりも政権維持が大事です。ただし、経済の成長率は正当性の一部でして、やはり食べさせていくことが大事なわけです。

中国経済理解の上で重要なのは、もはや先進国から投資してもらって物を作って売るなどという、1990年代のモデルの下にない、ということです。中国経済は明らかに内需中心で、そして今や中国が一大海外投資国なわけです。従いまして、コロナ禍後の経済回復においても、基本的に個人消費がどれだけ伸びるかが勝負になります。ところが、それが伸びてこないのです。当然、人口の減少もそこに響いています。そして、経済成長が鈍化する中で、大卒人口がまだ多いので、若者たちが望む仕事に就けないことになっています。

そしてさらに大きな問題は、大きな地域差です。江蘇、上海、浙江、福建、広東という沿岸の南側に対して、特に最近は東北3省との格差が激し口なっています。今回、習近平が東北部の発展計画をどんと発表しましたけれども、それぐらいやらないといけない状態なのです。

そして経済不況は高齢化社会に一気に響くわけです。中国における社会保障は、地域ごとに行われ、その地域にいる若者がその地域の上の世代を支えるシステムになっています。その地域の経済が悪化すると、その地域から若者が外に流出します。そうすると、その地域の社会保障が成り立たなくなります。そうしますと、今度は沿岸部から東北等々に社会保障費を回すシステムで調整するのですが、なかなか困難を伴うわけです。

もちろん人口減少の中で、中国としてはデジタル化、無人化、それから自動化を進めて対処しようとしているわけですけれども、相当に資金が必要です。加えて、米中競争の中で、さまざまな輸出の管理が行われ、中国に対してさまざまな先端的な部品が来ないことも打撃です。中国経済も目下厳しい状況にあるわけです。

また加えて、共産党なり政府なりが国有地を更地にしては売ってもうけていくという不動産に基づくモデルが、だんだんと限界になってきている。このような、さまざまな問題が今起きてしまって構造問題になってしまっています。

私自身は検証のしようがありませんが、日本経済新聞の記者が、習近平が最近中国共産党の幹部OBに「これでは駄目だ」と説教されたけれども、「これは、あなたたちが解決しなかった歴代の問題への対応を全部自分がやっているのであって、自分がつくった問題ではない」と反論したという話が伝わっています。実際こういうことがあったかどうかは別にして、習近平が今直面しているこれらの問題は、習近平さんの時代になって生まれた問題というよりも、改革開放の時代依頼の様々なツケを払っていると見ることもできるような、構造問題だとも言えます。
そして、習近平のあともう一つ大きな問題は、国有企業をどうするかです。しかし国有企業をどうするかという問題は、同時に民営企業をどうするかという問題でもあります。国有企業については、習近平は少し政策がジグザグしたのですけれども、基本につぶさずに優良のものを中心に合併させて残していくという方向です。国有企業は、やはり共産党員の牙城でありますし、また社会保障等の意味を持っていますので、つぶすことはできないわけです。

しかしGDPを見れば、もはや国有企業よりも民営企業のGDPの方が大きいわけですし、イノベーションを見ても、例えばバイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイなどもみんな民間企業ですので、民間の活力は使わねばならない。そうすると、民間を使いながら国有も生かすという話になり、このバランスを保つことがものすごく難しいわけです。民間企業が民間で暴走しては困るわけですので、民間も管理しないといけない。しかし、管理し過ぎると、その民間は民間として機能しない。ジャック・マーさんに対しても、生かさず殺さずという言葉は失礼だけれども、何でもかんでもご自由にというわけにもいかない。そのあたりの難しいバランスの中で習近平はやっています。どのようにして民間を管理しながら、民間の活力を維持するのか、これは大変難しいところです。ですので、時々民間を抑え込むことをやってみたり、今年の7月のように、突然民間の経済を発展・促進するという指示を出したり、ジグザグすることになるわけです。
 
「中国は、経済が厳しいから西側に寄ってくるだろう」という説を時々聞きます。ただ、私はどうかな、と思っています。もはや中国は先進国からの投資に頼っているような国ではありませんので、基本的にこのような予測は現状に相応しくないと感じます。しかしながら、例えば中国東北部のように経済がきついところは外国からの投資が欲しいでしょうし、あるいは中国自身が技術を持っていない分野では、国際的協力を求めるでしょう。ですので、中国は選択的対応をするだろうと思います。

テクノロジー面ですが、もちろんアメリカ、先進国と競争関係にあります。しかしながら、アメリカと中国とのサプライチェーンはさまざまな形で、ある程度は維持されていくと思われます。例えば、ベトナム等々第3国を経由する形態もあるでしょうし、また一部の先端技術を除く、一般的な物資の貿易、については中国とアメリカ、先進国との間で増加、あるいは維持されていますので、完全なデカップルは考えにくい状態です。

中国全体としては、先進国に依存し過ぎる経済体制を修正しようとしていて、ASEANが一番大きな貿易相手になりました。ただ他方で一帯一路等を進めながら、グローバルに経済関係をつくっていくことを依然として進めています。

それから、経済が厳しいからはけ口を外に求めるのではないかという、いわゆる「はけ口論」があります。これについても、そうした面がないとは言えませんが、はけ口を求めて何かするならば、やはりそのはけ口は成功するものである必要があります。ですので、こうしたはけ口を求めるのならば、失敗のリスクが小さいもの、失敗しそうにないものを選ぶはずです。ですので、国内経済が悪く国内に不満があるから台湾が危ないのではないかという予測は妥当だろうかと思うのです。ただ、「プーチンさんはウクライナ侵攻というリスクの高いことをやっているのに、政権は維持できているではないか」という反論があるかもしれませんが、制度・秩序重視の習近平の場合は恐らく安全なもの、勝てるもの、できるもの、成功するものを選ぶだろうと思います。

3――習近平政権の教育・思想・文化政策

次に習近平政権の教育・思想・文化の話です。これはあまり詳しくは申しませんけれども、社会浸透を強化したい習近平政権は、人々の心の中へ入り込んでいきたい。より一層強い、人々からの帰依を強く求めているわけです。歴史的に見ても社会統制を強化し、動員を強化せんとする政府は往々にして文化、芸術等を重視するものです。中国共産党は今現在、社会の末端に入り込むべく、文化などを重視しています。

他方、習近平政権は、若者への管理統制を強化しようとしています。習近平自身も「青年たちを中国共産党の理論で武装する」などと述べました。歴史教育においても、国家史よりも党史が強調され、大学における必修科目等で徹底的に若者たちを教え込もうとしています。
 
このあたりのものは飛ばしてしまいます。
 
中国共産党は、様々な場での教育を実施しています。主題教育、社会教育、学校教育などを通して、思想をもう一度徹底しようとしています。ですので、鄧小平の時代には社会主義市場経済の名の下に経済が重視されましたが、最近はもう一度社会主義の基本を、習近平思想を通じて人々に教え込もうとする傾向が強まっています。

大学における全学生向けの必修政治科目の中に中国近現代史綱要という科目があります。その科目は、これから四史、共産党史や社会主義史を中心にしてやる。また加えて、その歴史を教える先生は、文学部の歴史学科の先生ではないのです。マルクス・レーニン学院、つまり政治科目を担当する先生方が歴史を教えることとなります。このため、歴史研究というものの中心は共産党史になるというのが、今現実の傾向です。大学の中にいる人数も、圧倒的にポストは政治系のものが多く、予算配分もそうなっています。

日中戦争の歴史も、いつの間にか1931年から日中戦争期ということになりましたし、本当は日本と戦争をしたはずの国民党の存在は薄れ、いつの間にか共産党が戦争の主人公になっています。また、本当は国民党と共産党が合作したはずなのに、合作の話もほとんどなくなっているのです。数年前にはカイロ会談の映画のポスターに毛沢東が出現してしまって、カイロ会談に行ったのは蔣介石なので多くの異論が出ましたが、それでも毛沢東が出てきたわけです。
 
このような歴史の変化の結果、私どもがこれまで付き合ってきたような中国の歴史学者たちが、盛んに批判を受けるようになりました。

今から少し前に蔣介石日記がアメリカで公開され、中国人もスタンフォード大学に行って一生懸命論文を書いたわけです。そうすると、当然ながら「蔣介石もそれなりに真面目にやっていたではないか」となるわけです。日本から見ると保守的に思えた、例えば社会科学院の方々が、蔣介石日記を根拠に本や論文を書きました。

しかし彼らは、習近平政権下において歴史虚無主義と批判されました。虚無というのは何の実態もないという意味です。「蔣介石を持ち上げた著作、論文には何の実体もない」と言って批判され、ある種、社会における発言権を奪われていったのです。私どもから見れば、結構保守的と思った方々は、中国の中では最近ではリベラルになってしまっていたわけです。これも一つの変化の現れでしょう。
 
そして、中国では、ほんの数日前の10月24日に「愛国主義教育法」なる新しい法律が通りました。ここでは、中国共産党史、新中国史(人民共和国史)、改革開放史、社会主義発展史、この四つを4史と言うのですが、そこに中華民族発展史を加えた歴史をきちんと教えろと規定されています。この愛国主義なるものを、学校だけではなく、企業も学習会をやって教えないといけない。政府機関もです。ましてや、家庭の中でも教えよと法律の中で書いてあります。さすがに家庭の中で教えない場合の罰則は書いていませんが、愛国主義を徹底するように言っています。
 
人々の心の中、あるいは考え方に入り込むような施策が進められていて、他方でそれに関わる制度やルールが続々と作られています。従って、言動、立ち振る舞い、どういうことを言うかということが問われることになりました。何がポリティカリー・コレクトかが、問われてしまう社会になっています。

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