2022年10月13日開催

基調講演

日本の国防と経済安全保障

講師 同志社大学 特別客員教授/元内閣官房 国家安全保障局 次長 兼原 信克氏

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2――ウクライナ問題

続いて、ウクライナの問題に入ろうと思います。ウクライナ情勢ですけれども、ウクライナは黒海の北側の国です。黒海の北側は、実は大文明がない地域です。もともとスラブ人が住んでいて、優しい民族だったのだと思います。そこにバイキングが降りてきて、バイキングがつくった国がキーウ公国です。当時は既に西ローマもありませんので、東ローマと交易していたキーウ公国はロンドンやパリより恐らく文明的には上だったと思います。東ローマが隣にありましたので、東ローマと一緒に栄えたのが彼らです。キリル文字はギリシャ文字の派生です。東ローマ系の文明だということだと思います。

ウクライナを南北に貫くドニエプル川の西側がポーランド、リトアニアに近い人たちで、カトリックです。東方典礼教会といわれています。東側はどちらかというとロシアに近い人たちです。彼らは13世紀にチンギス・ハン一族に支配されます。元寇というわけではありませんが、モンゴル族侵攻の際の負け組です。当時、日本はチンギス・ハンの孫のフビライの元寇を押し返しましたけれども、彼らはバトゥという同じチンギス・ハンの孫に蹂躙されます。バトゥはキプチャックハン国を作った大英傑です。それ以来、彼らは実はモンゴル帝国の一部となり、250年間、カラコルムやサライに朝貢していました。そのとき、モンゴル族の真似をして馬に乗って馬賊になったのがコサックです。これがウクライナ人の先祖です。モンゴル族に鍛えられているので、この人たちはやたらとけんかに強いのです。勇猛ですから、そんな簡単に負けないのです。

プーチン大統領は、なぜウクライナに攻め込んだかというと、NATOの拡大に頭が来たというのが本音です。2008年に東欧がほとんどNATOに入ってしまい、親戚と思っていたウクライナとコーカサスのジョージアが「僕たちも入りたい」と言ったのが、カチンと来たわけです。アメリカ人は本人の意思が一番大事だと思う人たちなので、ブッシュ大統領が「いいよ」と言ってしまったわけです。ところが、ヨーロッパ人は戦国武将のような権力政治の発想をしますから、「それはプーチン殿の所領ではないか。プーチン殿が怒るぞ」と考えるわけです。ドイツとフランスが「駄目だ」と言ったわけです。

結論が最悪で「いつか入れるから」という結論になってしまったのです。「NATOに入れない」と言えばプーチンは戦争をしなかったと思います。入れてしまえば、プーチンは戦争ができなかったのです。「いつか入れるから」と言われたら、力の信奉者であるプーチン大統領としては、思いきりぶん殴るしかないということになります。

その結果が、2010年のジョージア戦争、2014年のクリミア併合です。クリミア併合に際しては、サイバーを多用して、一瞬で通信と電気が落ちました。サイバー攻撃をやられると全身麻酔みたいな感じになるのです。フェイクニュースを大量に流す情報戦をやられて、リトルグリーンメンと呼ばれるロシア特殊軍が入ってきて、一瞬で居合い切りのようにしてクリミアを取ったのがクリミア併合でした。

ロシアから見ると、「元々、私たちはキーウで生まれたのです」ということなのです。ロシア人にとってキーウは京都・奈良のようなものです。京都・奈良が中国に行くような話にプーチンからすると見えるのです。ところがウクライナ人からすると、「親戚ではあるけれど、ウクライナはロシアの一部ではないから」ということになるのです。

アメリカは、こういう歴史的事情は分からないのです。「本人(ウクライナ)がロシアと一緒なのは嫌だと言っているではないか」と考えます。アメリカという国は不思議な国で、統一戦争をしていないのです。小さい共同体から始まってずっと合意とディールで超大国をつくってきた人たちなので、「本人の意思が一番大事だ」という彼らの自由主義的、民主主義的な考え方は信仰に近いものがあります。

欧州人は権力政治を理解しますので、ドイツやフランスからすると、「ウクライナはプーチンの所領ではないか。そこの民草に西側に入れてくれと言われても困るのじゃ」と考えるわけですけれども、アメリカから見ると離婚協議が失敗して夫が妻を殴りつけているただのドメスティックバイオレンスに見えるわけです。「本人が別れたいと言っているなら、別れさせてやればよいではないか」と素直に考えてしまうわけです。

実は、当初、みんなゼレンスキー大統領は逃げると思っていたのです。プーチン大統領だけではなく、バイデン大統領もそう思ったと思います。とこがゼレンスキー大統領は逃げなかった。ウクライナ人はコサック騎兵の末裔ですから勇猛です。戦いになったら、結構強いのです。ナポレオンも、ヒトラーも、やっつけたのは彼らです。

ウクライナが果敢にプーチン大統領の侵略に抵抗し始めると、バイデン大統領は国内から突き上げられ始めます。「バイデンはむざむざウクライナを独裁者のプーチンに渡すのか」という批判の合唱が超党派で始まります。これにバイデンは耐えられないのです。11月には不利が伝えられている中間選挙もあります。

バイデン大統領からすると「俺は、ここで第二のルーズベルトになるんだ」とならざるを得ないわけです。そうすると、親戚で盟友のイギリスはついてきます。フランス、ドイツは「本気でウクライナをどこまで支援する気ですか?」と考えたと思いますが、ウクライナ人が健気に戦って、必死で侵略を押し返していて、しかもあちこちで虐殺をやられたという映像が流れると、西側諸国全体が、「これは引けない」ということになるわけです。

プーチン大統領からすると、今回のウクライナ侵攻は大誤算です。プーチン大統領は、これを当初、特別作戦と呼んでいましたから、満州「事変」と同様に、戦争ではないと言い張って、1週間かそこらで終わる気だったのです。

プーチンも、事実上、20年独裁者をやっています。20年もの長い間、独裁者をやると、周りの誰も物が言えなくなります。独裁国家はこれが怖いのです。総理でも5年、10年やるとだんだん私たちも物を言えなくなります。最初からお仕えしている私たちは、それでも「ちょっと総理、よろしいですか」と恐る恐るものを言いに行くのですが、独裁者のプーチンに逆らえば殺されてしまうので、クレムリンの中では本当に物が言えないのです。

今回、多分、プーチンがある日突然、「キーウは俺たちロシアのものだ。ロマノフの大地だ」と言ったら、FSBというKGBの後裔で国内担当部門の人たちだと思いますが、「大統領のおっしゃる通りです」とゴマを刷ってしまったらしいのです。「ゼレンスキーなんて喜劇俳優は、ロシア軍が攻め込めばすぐに逃げますよ」と言ったのだと思います。それで、プーチンはその気になってしまったのです。

ところが侵攻してみたら思わぬ大反撃を食らって、FSBの責任者は激しく叱責されたらしいのですが、かんかんに怒っていたのはショイグという国防大臣とゲラシモフという参謀総長だと思います。FSB中心の作戦で、「軍は形だけ行けばいいのだ。どうせすぐ終わるから」と言われて、行ってみたら、ウクライナ軍の抵抗が激しく、ロシア兵がどんどん殺されるわけです。

ロシアは非常にアンバランスな国で、面積がアメリカの2倍ありますが、人口は日本と同じ程度の1億5000万です。GDPは日本の4分の1で韓国と同じ規模です。国土が広く資源は多いのですが、人口密度はスカスカの国で、総合国力が非常に大きいというわけではありません。軍隊は90万で、30万が陸軍です。あれだけ広いと陸軍の全部を持ってこられないので、20万ぐらいでウクライナに突入したのですが、ウクライナも大国です。ウクライナの人口は4400万、欧州第6位の国です。軍隊は20万です。20万の軍隊に20万で戦争をするのは軍事的には愚策です。これは軍事の常識に外れる。20万の軍隊を潰すには60万で攻め込むのが軍事の常識です。

しかも北と東に侵略経路を分けた。北から10万、東から10万が入っていったのですが、北の10万は完全に撃退されてしまった。東から入った方はザーっと押し込んで、ザポリジャ、ヘルソンの南部2州を併合したわけですが、ウクライナは善戦しています。特に、アメリカがサイバー戦で徹底的にウクライナを守っているので、ロシアが得意なサイバー戦が全然効かないのです。サイバー攻撃が効かないと電気と通信が落ちませんので、麻酔が効かないのと同じで、第一次世界大戦のような激しい地上戦が膠着する「どろんこ戦争」になってしまったのです。

アメリカとイギリスの陸軍は、日本やロシアと若干発想が違います。イギリスは元々陸軍が小さかった国です。また、イギリス軍の伝統をアメリカ軍が引き継いでいます。彼らは孫子の兵法で、敵の一番弱いところをたたくのです。兵站を切るのです。

ウクライナ軍は、その通りにやっています。進んできたロシア軍の正面だけではなく、その後ろ兵站基地を徹底的にたたくのです。このときに使われているのがHIMARSというミサイルです。普通に当たる精密誘導ミサイルなのですけれども、多連装砲ロケットと違って重たい発射台が要らないのです。多連装ロケットは、一度にロケットをたくさん発射台に入れて、一遍に飛ばすので有名な兵器ですけれども、これの欠陥は発射台が重たいことです。個々のミサイルは軽いのですけれど、発射台が重たくて機動性がないのです。HIMARSは、同じ精密誘導ミサイルを撃つのですが、バラバラに普通のトラックに積んで運べるのです。

この何が怖いかといいますと、ロシアからすると、森へばらばらに入っていったウクライナ兵が、突然、どこからともなく撃ってくるのです。実際、この人たちはトランプをしながら指示を待っているだけなのだそうです。ぽっと命令が来ると、ぽんとボタンを押せば、ヒューンと弾が飛んでいって必ず当たるのです。彼らは撃ったらすぐに逃げるらしいのです。ロシア兵からするとどこから撃ってくるかが分からない。ばらばらに撃ってくる。撃てば必ず当たる。正面ではなくて兵站がやられる。これでじわじわとウクライナが押し返しております。

初戦にウクライナが北部で1点取って、ロシアが南部で4点取り返して、現在、ウクライナが反攻に出て1点取り返したというところでしょうか。2対4ぐらいの感じなのですが、とりあえずは冬が来るまでにどこまでウクライナが押せるかということだと思います。ウクライナが取られたクリミア半島とドンバスは既に取られてから10年経っていますので、ロシア軍が守備を固めていますから取り返すのは結構大変なのですが、ゼレンスキー大統領はやると言っています。新しく取られたのがドンバスとクリミアをつなぐ南部2州、ヘルソンとザポリジャです。これはまだ守備が固まっていないので、ウクライナが取り返しに来ています。ウクライナの冬は極寒ですので、冬までに1回勝負をつけるということで一生懸命に押し返している。

冬に入ると一旦戦闘が下火になると思います。冬の間、プーチンはヨーロッパへのガス供給を締め上げる。恐らくヨーロッパ人は屈しませんから、戦時経済みたいな感じになって、夜に電気を消せなどと色々なことをやって節電し、必死に耐えようとするのだと思います。春になると暖房費が安くなりますから、ロシアなしでも生きていけるという話になります。

春になると、満を持してロシア軍とウクライナ軍がぶつかります。多分、決戦になると思います。春の決戦で勝負がついたところで、そろそろ両軍ともお互いに疲れてくる。既にロシア側の死傷者が8万人出ているといわれています。ウクライナ側も同じような消耗率だと思います。20万・20万でぶつかり合っている戦争ですから、動員をかけたとしても、双方に10万以上の死傷者が出ると、やはり疲労感が出てくると思うのです。ウクライナの方はまだ意気軒昂ですが、ロシアの方はかなり士気が下がってきています。ヨーロッパ人はいつまでやるのかと心の中で思っているわけです。アメリカ人は攻められている方のウクライナに自分から止めろとはいえないという雰囲気です。ですから、やはり戦場で双方が疲弊したところで、そろそろ水入りという話になるのではないかと思います。

水入りというのは、両方が四つに組まないと収まらないのです。張り合いをやっている間は水入りになりません。多分、春遅くまでは張り合いが続くので、春の決戦が終わった後に両方が疲れたという雰囲気になってくると、恐らくトルコのエルドアン大統領やフランスのマクロン大統領が出てきて、アメリカとウクライナとロシアを入れて和平協議にもっていくのではないかと思います。

残酷ですが、そのときにロシア兵がいる場所は事実上ロシア領になってしまう。これは、ウクライナは認めませんけれども、朝鮮戦争と同じで、停戦はあるけれども平和条約はない。北方領土と同じで、日本は認めないけれどもロシアは出ていかない。そういうことになっていくのだろうと思います。停戦のタイミングは、戦場での帰趨が8割です。戦場での消耗度を踏まえて、もし両方が疲れてくれば、ヨーロッパとアメリカが間に入っていって停戦協議です。停戦の結果、現状固定というふうに行くのではないかと思います。

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