2019年08月13日

EIOPAが保険ストレステストに関するDPを公表-方法論的原則とガイドラインを提示-

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1―はじめに

EIOPA(欧州保険年金監督局:European Insurance and Occupational Pensions Authority)は、欧州保険会社の脆弱性と耐性力に関する状況を調査するために、これまでに4回(2011年、2014年、2016年、2018年)のストレステストを行ってきた。次回のストレステストは2020年に実施されることが予定されている。

今回EIOPAは、今後の監督上のストレステストに関する方法論を強化することを目的として、7月22日に、保険ストレステストの方法論的原則に関するDP(ディスカッション・ペーパー)を公表1した。

今回のレポートは、このDP2の概要について報告する。  

2―今回のDPについて

2―今回のDPについて

1|今回のDPの位置付け
今回のDPは、ボトムアップ型の監督上のストレステストに関するEIOPA方法論を強化することを目的として、EU全体のストレステストの実施と評価に必要な方法論的原則とガイドラインに関する内容を提示している。これらの原則とガイドラインは、将来のEIOPAストレステスト演習の設計段階と実行段階の両方を容易にするためのツールボックスになる、と位置付けられる。
2|今回のDPの全体像
方法論的スタンスを展開させるにあたり、EIOPAは以下の重要な要素を取り上げている。

・ストレステストのプロセスと目的
・ストレステストの範囲
・ストレステストのシナリオ設計
・ショックとそのストレステストへの応用
・データ収集と検証

EIOPAは、最終DPで検討されるべき利害関係者からのフィードバックを求めている。この目的のために、DPには、特に保険ストレステストに関連する技術的なトピックに関するフィードバックを集めるための一連の質問も含まれている。

DPは、EIOPAのストレステストの枠組みを強化するためのより広範なプロセスの一部である。これに関連して、EIOPAは、不利なシナリオのもとでの流動性ポジションの評価、気候関連リスクに対する脆弱性の評価及び複数期間のストレステストに対する潜在的なアプローチなど、その他のストレステスト関連の問題に取り組むこととしている。

なお、今回のDPに対するコメントは、2019年10月18日までに提出することが求められる。
 

3―DPの概要

3―DPの概要

DPの概要について、DPの導入部の記述に基づいて、報告する。

1|DPの背景
ストレステスト(以下、この章及び次の章では、DPに従って、主として「ST」と表現する)の枠組みは、ここ数年でかなり進化してきており、金融部門にとって、ますます重要なリスク管理手段となっている。

STは、個々の金融機関の財務リスク管理に不可欠な要素であり、監督当局が金融システムのリスクと脆弱性を評価するための中心的なツールとなっている。

EIOPAは、ESRB(European Systemic Risk Board:欧州システミックリスク理事会)と共同で、欧州の保険業界向けに、定期的にEU全体のST演習を実施することが求められている。EIOPA規則は、これらのEU全体の評価で考えられる2つの目的を挙げている。

・不利な市場動向に対する保険会社の弾力性を評価する。
・保険会社がもたらす可能性のあるシステミックリスクの可能性を評価する。

通常のST演習の一環として、EIOPAは、各国の管轄当局による適用のために、欧州の保険セクターに対する経済的及び金融的シナリオの悪影響を評価するための共通の方法論を開発することを任務としている。EIOPAは、それぞれの演習について、市場の状況と保険会社にとっての潜在的なマイナスの影響に応じてSTの特定の要素を調整することができる。

保険会社向けにEU全体のSTを実施することに関わる複雑さを考えると、事前に合意された一連の共通の方法論的原則及びガイドラインを持つことで、ストレステストプロセスを大いに促進することができる。その目的のために、EIOPAは、このDPでEU全体のST演習の主な方法論的要素を設定し、ステークホルダーからのフィードバックを求めることとしている。
2|DPの目的
このDPの目的として、以下の2つが挙げられている。

・将来の評価に使用されるEIOPAのEU全体のST演習のための共通の方法論的原則とガイドラインを設定する。
・ST演習の重要な要素に関するフィードバックを集めるための体系的な方法で利害関係者と連携する。

DPは、EIOPAのST演習の設計と実施段階の両方を知らせ、容易にするためのツールボックスとして見られている。
3|DPの範囲
STは、目的が異なる様々な関係者が使用できる。監督者は、STを監視ツールとして使用する。保険会社は、リスク及びソルベンシーの自己評価(ORSA)、あるいは自己資本及びリスク管理方針の策定に照らして、定期的にSTを実施している。他の利害関係者(例:学界、格付機関)は分析目的でSTを使用するかもしれない。

監督上のストレステストは、トップダウン又はボトムアップのアプローチで実施することができる。このDPの焦点は、(機関実施の)ボトムアップの監督STである。これは、EIOPAがこれまでに実施してきたEU全体のST演習に似ている。このDPでは、保険会社のST手法を強化するための段階的なアプローチの一環として、現在のボトムアップ手法の改善と深化に焦点を当てている。なお、トップダウンの監督上のストレステストの方法論については、別途探求される。

(参考)異なるタイプの監督上のストレステスト演習
監督上のボトムアップストレステスト
監督上のボトムアップストレステストは、監督者又は規制当局が実施する演習で、参加機関は計算を実行するように求められる。監督者は、ストレステストの枠組み、方法論、不利なストレスのシナリオ、規定されたショック及びショックを適用するためのガイダンスを提供する。参加者は、提供されたガイダンスに従って、各自のモデルを使用して、貸借対照表及び必要自己資本に対する規定のショックの影響を計算するものとする。

監督上のトップダウンストレステスト
監督上のトップダウンストレステストは、監督者又は規制当局によって実施及び実行されるストレステストである。監督者は、自身の枠組み、モデル及び仕様を用いて保険会社から提供された規制データに直接基づいてシナリオの影響を判断する(即ち、個々の機関からの計算は不要)。

ボトムアップとトップダウンは別々に実行できるが、トップダウンのアプローチが検証目的のためのボトムアップのストレステストで使用される場合の補完的な演習と見なすこともできる。

4|DPの構成
DPは以下のように構成されている。

第2章 STのプロセス、目的及びアプローチ
第3章 ストレステストの範囲
第4章 シナリオ設計
第5章 簡素化を含む特定のショックの較正と適用について
第6章 データ収集方法とストレステスト結果の検証について
 

4―DP の具体的内容

4―DP の具体的内容

ここでは、第2章、第3章及び第4章におけるサブ結論及びシナリオ設計についての若干の具体例について報告する。

1|STのプロセス、目的及びアプローチ
1-1.STの目的
STの種類は、目的と連携し、目的に適合している必要がある。

これまでのEIOPA保険STは主にミクロプルーデンス・アプローチをとっており、「不利な市場動向に対する保険会社の耐性力の評価」を目的としていた。

欧州の金融市場の安定性を達成し、不利なシナリオの下での実体経済の保険部門への潜在的な影響を評価する目的に沿って、保険業界におけるシステミックリスクを評価するために、ミクロプルーデンスのSTはマクロプルーデンスの要素で強化され、相互関連性、相互作用、分野横断的な影響を考慮することができる、と述べられている。

2.2.3.サブ結論
27.政府が定めたテストの枠組みには、最初に明確に述べられた目的が含まれている。各ストレステストの設計、モデリング及びプロセスが形成されるため、各課題の目的が何であるかを特定することが重要である。

28. STの種類は、目的と連携し、目的に適合している必要がある。例えば、市場レベルでのトップダウンSTは、フィードバックループ、増幅メカニズム及び保険会社と他の金融機関との間のスピルオーバーについてのより良い洞察を提供することを考えると、明確なマクロプルーデンスの目的を持った演習により適しているかもしれない。

29.このDPが発行されるまでは、EIOPA保険STは主にミクロプルーデンス・アプローチを採用していた。STは、「不利な市場動向に対する保険会社の耐性力の評価」を目的としていた。これらの演習の良否の性質に沿って、EIOPAからNSAs(国家監督当局)に勧告が出され、具体的なストレスの影響を受けた個々の保険会社又はグループの監督強化、潜在的な脆弱性への取組み及び潜在的に不利なシナリオへの備えの強化に焦点が当てられた。

30.それにもかかわらず、欧州の金融市場の安定性を達成し、不利なシナリオの下での実体経済の保険部門への潜在的な影響を評価する目的に沿って、保険業界におけるシステミックリスクを評価するために、ミクロプルーデンスのSTはマクロプルーデンスの要素で強化され、相互関連性、相互作用、分野横断的な影響を考慮することができる。完全なマクロプルーデンスSTは現時点では実施するには複雑すぎる可能性があるが、保険会社によるミクロストレス後の反応の定量的評価と組み合わせることで、全ての行動とネットワーク効果を完全にモデル化するコストなしに、貴重な追加の洞察が得られる。

31.要約して、ミクロプルーデンス演習とマクロプルーデンス演習の違いの概要を表2-3に示している。
表2-3:ミクロプルーデンス及びマクロプルーデンスなストレステストの特徴

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中村 亮一

研究・専門分野

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