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昨年末、米国のワシントンポスト紙は「日本のスキャンダル」と題する社説を掲げた。その内容は概ね次の通りである。「これまで経済発展してきた日本は、世界で唯一の社会主義的資本主義で成功した国である。官僚が日本の産業の指導に成功したことによる繁栄であったからである。しかし、一連の官僚のスキャンダルによる信用失墜で、もはやこのような成功は望めない。日本のとるべき唯一の対策は、大規模な規制の撤廃と市場の開放による大胆な経済構造の改革のみである。こうした規制の緩和と自由化は農業や商業等、これまで規制に守られてきた分野に改変を迫るような大きな打撃を与えるものである。しかし、それなくしては日本経済の今後の成功は期待できず、繁栄もまもなく終わるであろう。」というかなりショッキングなものであった。
日本経済のこの特性については、外国から指摘を受けるまでもなく、国内の論者の多くが既に指摘しており、いわば意見の一致をみている感がある。しかし、その多くはいずれも総論の域を脱せず、それを具体化する構造改革構想の青写真が描かれていない、いわば今の規制緩和論は、現行秩序の不都合のみを唱えるものであって、新しい市場経済秩序の枠組みやその運営については突っ込んだ論議がほとんどされていない。先般も金融システムにおけるビッグパンの推進論が突然のように出てきたが、その描く新体制と現状とがあまりに隔絶としていて、どのようなプロセスを経て目的に達するのかが詳らかにされていない。
英国がかって資本市場のビッグパンを準備していた頃、英蘭銀行の幹部は邦銀のロンドン支店や現地法人に対してまで、ピッグパンにより職を失っていく大量の金融関係者の雇用や救済を真剣に呼びかけていた。また、日本においてもかってエネルギ一転換によって炭鉱閉鎖が必至になった時には、炭鉱従事者を吸収すべく、大きな事業団を設立し、新規雇用の達成に政府のカを総動員したことが思い出される。規制緩和や需要転換に伴って発生する、いわゆる摩擦的失業について関係当局は甚大な努力をしてきた。しかし、日本経済の枠組みそのものを変えるような規制緩和、経済構造の大転換を推進しようとする現下の政府から、それにより生じる摩擦や混乱に対処する大規模な新施策は未だみえてこない。もちろん、今度は一部産業の部分的転換に止まるものでなく、全産業、日本経済社会全体にわたる転換が必要とされるものであるだけに、教育から雇用の形態、更には国民意識の改革に至るまでの広範な変革を必要とする難事である。短期的には万全の対策を期することは無理かもしれない。にもかかわらず解決方策は市場経済のメカニズムだけといっているのでは国民の不安は止まらない。もしこの改革に伴う雇用問題に有効な対策が打ち出せない時には、大量の失業者が発生することは不可避であろう。欧州の高失業率が、開放と規制緩和後の市場経済の活性化と市場拡大に成功しなかったことによるものであることや、米国における中産階級の多くが没落しているのを見て、その感を深くしている。新体制下の経済や雇用のビジョンを示すことなく、ただ規制緩和だけを推進するのでは、雇用不安を与え、それが企業経営者に思い切ったりストラの決断を躊躇させ、ために企業収益の好転が期待できないという悪循環を招くだけである。
ワシントンポストの指摘を待つまでもなく、日本経済の再活性化のためには、戦後成功してきた社会主義的、官僚主導的、団体主義的経済施策はもはや有効でなく、却って有害となって経済の衰退を早めることになろう。こうした従来の構造を改変していくためには、経済活動を制約している規制を取り外し、自由で果断な企業活動が展開できるよう機運を盛り上げていかなければならない。もちろん規制緩和すれば、即繁栄が取り戻せるという甘いことは期待できない。まさに年末恒例のベートーベンの第九の如く、苦難を乗り越えた後にやっと訪れる歓喜ともいうべき厳しい選択であることを国民に正しく理解してもらわなければならない。規制緩和による保護からの離脱、開放と自由な競争による本当の厳しさは避けて通れないものであるが、それに打ち勝つカを日本経済はまだ十分持っているという精神的鼓舞とそのための施策を国民の前に示す必要があると思う。
(1997年02月01日「調査月報」)
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