2014年10月21日開催

パネルディスカッション

「進化する企業の不動産活用」

パネリスト
板谷 敏正氏 プロパティデータバンク株式会社
代表取締役社長
長坂 将光氏 日本マイクロソフト株式会社
リアルエステートポートフォリオマネージャー
古屋 幸男氏 東京建物株式会社
アセットソリューション事業部長
コーディネーター
松村 徹

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企業経営と不動産戦略

■松村 では、企業経営と不動産戦略について、もう少し掘り下げたいと思います。古屋さんが先ほど楽屋で、10年前にも同じような議論をしたのだけれども、今やってもあまり実態が変わっていないのではないかとおっしゃっていました。一方で、企業だけでなく公共の不動産をどうするかという問題も注目されるようになっています。

ただ、冒頭に紹介いただいた日本ファシリティマネジメント協会の調査で、企業の不動産戦略の専門部門が必要かどうかを尋ねたところ、4分の3は要らないという答えでした。また、外資系企業の別の調査によりますと、企業の不動産戦略は、日本では経営と連動していないという結果が出ていました。

経営と連動していない割にはたくさんの不動産を抱えているのですが、そのあたりの解説を板谷さんからいただきたいのですが。

 

■板谷 バランスシート上で不動産が占める割合は、製造業だと2~3割、多いところでは4割くらいになると言われます。インフラ産業であればもっと多いわけです。余談ですが、地方自治体のバランスシートに占める不動産は95%ぐらいになります。

 

■松村 自治体にバランスシートってありましたっけ。

 

■板谷 最近、総務省の指導で自治体も作りはじめています。橋や道路などインフラ資産含めてですが、恐ろしいことに地方自治体の有形固定資産が98%くらいになるのです。不動産会社以上に不動産会社だといえます。

もっとも、日本企業も製造業で2~3割、インフラ産業では半分ぐらいと業種にもよりますし、賃借などをうまく使っていれば1割ぐらいですが、いずれにしてもポーションは大きいのです。

ただし、以前は、不動産はリスク資産ではありませんでした。土地の値段が下がることはないだろう、あるいは持っている方が優良企業だ、不動産は担保価値が大きく資金調達がしやすいなどとされ、リスク資産として厳密な管理をしなくても、いつか役に立つだろうということだったのだと思います。

10年ぐらい前から企業の不動産戦略が大事だということが国土交通省や各界などから言われるようになりました。厳密な管理をしないと、不要な資産まで持ち過ぎるリスクがありますが、そもそも維持管理に大きなコストが掛かっている点にも注意が必要です。

コストの算出は簡単ではないのですが、大学の調査によると、減価償却費の倍ぐらいは掛かっていると言われます。

それから、光熱水費と維持管理のための人員などを考えると、大ざっぱで業種にもよりますが、売上に占める割合の5~10%ぐらい維持管理コストが掛かっているのではないでしょうか。

ただ、不動産の維持管理コストは部門ごとに分散しているので、なかなか企業全体で把握されていません。このため、その重大さに気が付かないところがありますが、実はかき集めてみると相当な額になると思われます。

このように、バランスシートに占める割合、コストに占める割合を考えると相当なインパクトがあるのですが、不動産は株と違って価格変動が穏やかなので、あまり着目されていなかった面もあります。

 

■松村 リスクよりメリットの方が大きかったということですね。

 

■板谷 そうです。そういうことが遠因にあるのではないでしょうか。ただ、現在は指摘したような問題が顕在化しており、経営へのインパクトも大きいので、やはり全社的な組織をつくる、厳密な管理をする、きちんと評価するという段階に企業は差し掛かっているのではないかと思います。

 

■松村 外資の場合は、本国が全て管理するのでしょうか、長坂さん。

 

■長坂 私たちの会社も、今から7~8年前までは、日本、中国、韓国などそれぞれの国ごとに企業体、会社があって、そこでの個別最適解の下に運営していたのです。ただ、本社の会計の責任者、もしくは各事業会社のCFOは、自社としてどれだけのコストが掛かっているのか、どんなリスクがあるのかの説明責任を株主に対して果たさなければいけない。

そのためには、各国から同じフォーマットでデータを吸い上げなければいけないわけですが、これまではレポート作成に4~6週間もかかっていました。

今は、それをプラットフォームの中で標準化していて、日常のデータを全てインプットする、もしくは予算やその実行時に同じデータフォーマットで入力することで、一目瞭然、ダッシュボードの形で見えてきます。そういう資源の最適化とリスクの最小化の仕組みが、この6~7年で出来上がっています。

 

■松村 現在、日本の企業の多くもグローバル化していますが、板谷さん、まだ日本の本社で全世界の施設をチェックするというところまではいっていないのでしょうか。

 

■板谷 全部の会社を調べたわけではないのですが、アンケート調査から見ても、重要性には気付いているけれども、まだまだ組織化したり、それを標準化したりというアクションに移っていないのが現状ではないかと思います。

 

■松村 古屋さん、どうでしょうか。

 

■古屋 業種によってバランスシートに占める不動産の割合が違っています。業種も違うし会社も違うということで、画一的な不動産戦略とはこういうものだということが定義付けできないので、なかなか普及しづらいのだと思います。

余談になりますが、私は1990年前後の米国で不動産投資をしていたのですが、その時に米国の大手仲介会社のリサーチ部門の人間が米国においても企業不動産(CRE)戦略などないと言っていました。

米国企業でも、経営戦略と不動産戦略を結び付けて企業価値を上げようという発想は、少なくとも80年代までにはほとんどなかったということです。

現在私どもはいろいろな企業様とやりとりをさせてもらっていますが、一律的に同じようなパターンで考えないのが肝要かと思っています。企業不動産の活用につき積極的に進めている企業もあれば、不動産をたくさん抱えているので否応なく対応せざるを得ない企業もあります。また、不動産をあまり保有していたので積極的になる必要もない企業もあり、様々です。

不動産投資信託(リート)もそうですが、日本の不動産市場はだいたい米国の後追いをしています。米国はCRE戦略の先進国というように言われていますが、それもこの20年の間での進化です。

日本では10年ぐらい前から国土交通省の旗振りをきっかけに注目され、大きな変化があったとは言い難いのですが、それなりのプロセス、変化を経験している途中ではないかと感じています。

 

■松村 リート市場が出来る前でしたが、日比谷通の生保のビルが売りに出されて随分ショックを受けた覚えがあります。ところが、いまや日本の看板を背負う大手電機メーカーが本社ビルを次々に売る時代です。企業の意識も随分と変わってきた気がします。ただ、板谷さんがおっしゃるように、まだまだきちんとシステムとしてビルトインされていないのでしょうけども。

ところで、現在のような不動産ブームでは、不動産は売りやすいですから、不動産戦略の話を聞いてもらいやすいのですか。

 

■古屋 そうですね。企業の戦略のレベル感にもよりますが、今、私どもがお付き合いをさせていただいている企業様の多くは保有されている不動産に対する意識が高まってきていると言えます。

それには幾つか理由があります。例えば、1990年頃と比べると株主構成が大きく変わりました。1990年は外国人株主が10%ぐらいでしたが、今は30%になっています。企業価値向上を重要視し、コーポレートガバナンスを利かせるべきだと考える外国人株主が増えた結果、保有している不動産のあり方を合理的にしないといけない、そんなプレッシャーがあるはずです。

また、東京オリンピックやアベノミクスの影響で、不動産価格が上がってきたので、数年前であれば処分できなかったような物件も売れるようになったり、活用できるようになったりしている点も理由と考えられます。

オフィスや住宅だけでなく研究施設や物流施設など多様な物件を取得するリートや私募ファンドが出てきました。不動産証券化市場の発展もあり、企業の不動産活用・戦略の選択肢が増えたということです。

また工場跡地の活用に困っていた企業も太陽光発電装置を設けるようなソリューションも出てきました。

 

■松村 メガソーラーですね。

 

■古屋 遊休地で未利用だったものが、そういう形で収益を生むようになってきた。ここ数年、証券化の発達や社会変化による有効活用の多様化で不動産のソリューションが増え、企業の不動産に対する意識は強くなりました。

これは私どもがお付き合いさせていただいている企業様だけではなく、一般的な変化と言って良いと思います。

 

■松村 確かに、地方にある広い遊休地がメガソーラーなどで活用できるとなれば、意識は変わってきますよね。不動産の活用は賃貸事業だけでなく、再生可能エネルギー事業も選択肢にあるわけで、本業へのフィードバックの可能性も広がりそうですね。

一方で、含み益の大きな不動産を多数持っている企業がM&Aの対象になったケースが幾つもありましたよね。

 

■古屋 そうですね。

 

■松村 そういう意味では、やはり板谷さんがおっしゃったようにリスク資産でもある。所有していることで銀行からお金を借りやすいのも事実ですが、株主構成が変わってくれば買収リスクも出てくる。

やはり、企業の不動産戦略は以前ほど単純なものではなくなっており、もっと知恵を絞らないといけないということなのでしょう。

働き方の変化とオフィスのあり方

■松村 最初にうかがった長坂さんの在宅勤務の話が面白かったので、ここで詳しくお聞きしたいと思います。

先日お会いしたときは台風18号が直撃した月曜日でしたが、「金曜日に台風直撃が予想されたので、月曜日は在宅勤務指令が出ていました」とおっしゃられたので驚きました。以前お聞きした話では、在宅勤務というのは介護か育児のためだけの特別な仕組みだったのですが、全社員にまで拡大したということですか。

 

■長坂 そうですね。最初は、介護もしくは育児をしている者が申請するという形でスタートしました。今から4~5年前です。その後、対象者を拡大していき、今は基本的には新入社員やコールセンターのような特殊業務などを除き、一般的な社員に関しては週3日まで、上司と相談の上で在宅勤務をしてもいいことになっています。

ただ、週5日フルで在宅勤務をしたい場合は、介護などの特別な要件がないといけなくて、別途人事に申請する形になります。

 

■松村 台風のような一過性でなく、例えばパンデミック・インフルエンザなどで長期にわたって出勤や通勤が困難な状況になっても、会社の業務は回る体制になっているということですか。

 

■長坂 そうです。そういう事態を前提に日常的にトレーニングしているという面もあります。例えば、ちょうど来週、マイクロソフトが提唱して、十数社の企業の方と一緒に在宅勤務を1週間やってみようというイベントがあります。

マイクロソフトの場合、月曜日はオフィスを完全に閉めて、お客さまも基本的には入れず、受付もサービスを休止する全館シャットダウンを行い、火曜日から金曜日は基本的には在宅勤務です。ただし、業務上必要な場合はオフィスに来ることはできます。

平常時に社員が在宅勤務をすることで、どんなところに問題点があるのか、もしくは非常時になったらどんなことができないのかをトレーニングするのです。またオフィスの運用コストも下げられます。

 

■松村 そうすると、BCP対応としてビルをどんどん頑丈にして、3日間電気が使えてエレベーターも動く、トイレも使える設備にするのは、マイクロソフトにとってはオーバースペックかもしれないということですね(笑)。

 

■長坂 そうですね。私たちが新しくビルにオフィスを借りる場合、3年半前の品川への移転のときもそうだったのですが、ビルのRFP(Request For Proposal)を作ります。仕様を作って提案依頼すると、「マイクロソフトさん、このスペックで大丈夫なのですか」と、逆にディベロッパーさんから質問をよくもらいます。

これは、業務の中核として守らなければいけないものの重みや量が、10年前、20年前と比べると極限まで小さくなっているからです。

ネットワーク環境がクラウド化していくと、インターネットさえつながればどこでも今までと同じようなビジネス形態が取れるようになっている。ネットワークがつながらなければ、つながる場所に行けばいいということです。

 

■松村 いずれ本社オフィスは要らなくなるということですか。不動産会社は困りますが(笑)。

 

■長坂 そこが重要な論点になると思います。ナレッジワーカーがどんどん増えてくると、標準化できる業務、定形化される業務は日本国内になくてもいいということで、中国、インドなどにオフショア化されていきます。

例えば、私たちの経費清算で言うと、使ったものがまずフィリピンに行ってスキャンされます。それが大連に行ってデータ入力されます。それがアメリカの銀行へ行って私の口座に振り込まれるというプロセスになっています。

このように標準化できるものを本当に日本の中でやった方がいいのかどうか、そこは企業判断になってきます。

一方、実際にビジネスを造る、継続する、新しい価値を創造することになると、それは人の中にしか存在しないのです。

その人の中にあるものをどうやってビジネスの形に生み出していくかというと、人と人との接点を持っていかなければいけない。自分ひとりでできるなら企業である必要はありません。企業体として組織としてやるためには、どんな組織をつくり、どんなアイデアを使い、どういうビジネスモデルをつくって会社のビジョンに向かってビジネスを進めるか。

人が接点を持つためのオフィス、それを学ぶ場所として、さまざまなブレーンストーミングをするためにはオフィスという環境が必要だと思います。

 

■松村 コストの高い東京でわざわざ本社オフィスを構えるからには、付加価値が必要だということですね。例えば、営業所なら直行直帰でいいなどメリハリがついていくのでしょうね。

 

■板谷 働き方やオフィスの考え方も今変わりつつあるのだと思います。先ほど申し上げましたように、バランスシート上の話、コスト上の話など、いろいろな変革が必要で、今それが進んでいます。

ただ、長坂さんがおっしゃるように、本社とは何をするところか、どれぐらいの広さが要るか、働き方はどうなのかということ自体も変わりつつある。

マイクロソフトさんの本社オフィスは、コラボレーションのための空間はすごく豊かなのです。集まって会議をする、発想する、新しいことを議論して生み出す部屋は立派な反面、机に向かって黙って仕事をする場所は思い切り割り切っている。在宅勤務でもできる仕事とそうでない仕事にメリハリをつけておられます。

 

■長坂 そうですね。もう一つ重要なポイントは、マイクロソフトらしさを作るにはどうすればいいのだろうということです。

私がある日突然別の会社に移ったら、別の会社の人にはなれますが、私にその新しい会社らしさは全くないわけです。それを作るためには、いろいろな人と接点を持つ場所がやはり必要です。

マイクロソフトのDNAをどういう形で引き継いでいくか、受け継いでいくかということ考えれば、どうしても企業文化を醸成する場所が必要になると思います。

 

■松村 会社全体で価値観を共有することが必要ですね。以前は社訓や社歌があったわけですが、今は新しいワークスタイルの中で何かをつくり上げていく。

古屋さん、どうですか。東京建物さんは企業の本社ビルもたくさん建てられていますが、やはりオフィスのレイアウトやビルのプランというのは、コミュニケーション重視の方向に変わってきているのですか。

 

■古屋 近年、中野・京橋・大手町と相次いで大型ビルを竣工させましたが、計画自体は6年も7年も前です。当然、竣工の頃にはテナントニーズは相当に高度化しているだろうと想定はしていましたが、今のマイクロソフトさんのお話を聞いていると、残念ながら追い付いていませんね。

お客様の方が社会・経済の変化を先取りしているように思えます。例えば、弊社の中野のビルにはキリングループ様がご入居され、1500坪のフロア5層をそのグループ企業各社様でご利用いただいているのですが、会社別に区画を分けず、営業部門なら営業部門、経理部門なら経理部門をというように会社の枠を超えて機能別にフロアを利用されています。

そのようなオフィス環境により、グループ各社間のコミュニケーションが向上し、シナジーの創出が促進され、既成概念を超えた商品をつくる創造力の源泉になっていくことを企図されたものではないかと思われます。

 

■松村 本社ビルにグループ会社を集めるのであれば、1フロアは広い方がいいのでしょうね。

 

■古屋 そうですね。

 

■松村 何層にも分かれていると、それだけでコミュニケーションのギャップが出てくる。

 

■古屋 会議スペースは十分に取られていると聞いています。

 

■松村 確か、フロアをつなぐ内階段もありましたよね。その周りに何かブースがあってコミュニケーションが活性化するような仕掛けもある。

私も見学に行きましたが、神宮前と新川にお持ちだった本社ビルを売られて中野の賃貸ビルに移られたので、これはまさに企業の不動産戦略だと思ったからです。また、古いビルから最新の制震構造のビルに移られたのでBCPの一環だと。

ところが、先方は「それもあるが、最も重視したのはグループ戦略です」と言われました。何が企業価値を上げるかという議論ですね。

もう一点、アニメの「サザエさん」のように、波平とマスオはビールとお酒を飲んで、サザエはお茶かジュースを飲むという時代ではないということです。

女性でもアルコールも飲むし、時間帯や生活シーンによっても飲むものが違うという消費者の変化です。お客さんはひとりでも嗜好が多様化しているのに、企業の方が商品タテ割りでは取りこぼしがあるということです。

実は、このことは不動産ビジネスでも同じです。住宅を探す人が、新築でも中古でも賃貸でもいいと考えるようになっているのに、例えばマンションのモデルルームは新築しかありませんよね。厳しい競争にさらされる消費財メーカーに比べて、対応が遅れているように思います。

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