コラム
2012年07月09日

見えないもの、みえた-暗闇のなかの対話(Dialog in the Dark)

土堤内 昭雄

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世の中には、見えないが、実在するものがある。そして一般的には明るいから対象物が見えるのだが、逆に明るいから見えないこともある。大正末期から昭和初期にかけて活躍した童謡詩人・金子みすゞ(1903-1930年)の『星とたんぽぽ』という作品の一節には、『・・・ 昼のお星はめにみえぬ。見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。・・・』とある。

確かに、昼間は空を見上げても星は見えない。しかし、夜の帳が下りる頃、大空には無数の星が輝き始める。このように明るいところでは見えなくて、暗いところで見えるものがある。いずれにしても大空にあまたの星が存在していることは間違いないのだ。

先日、「暗闇のなかの対話」“Dialog in the Dark”というイベントに参加した。これは会場で初めて出会った数人がひとつのグループとなり、視覚障がい者の人にアテンドしてもらいながら、一緒に暗闇のなかで様々な体験をするものだ。そこでは健常者と視覚障がい者の立場が逆転し、彼らの存在がどれほど頼りに感じられることか・・・。

暗闇のなかで聴覚、触覚、嗅覚、味覚などあらゆる感覚を総動員し、自分たちが置かれている環境や状況を把握しようとするのだが、視覚を奪われると、日常生活でなんと多くの情報を目から得ていたかがわかる。ここではグループ全員が情報を共有することが必要となり、お互いに声を掛け合い、他の人の声に耳を傾け、その存在に気を配る。やがて一人ひとりが自然とうちとけ、グループ全体は親近感に包まれ、ひとつの共同体になっていく。

考えてみれば日常生活のなかでも周囲の人たちの存在が見えなくなっていることがある。しかし、いったん暗闇に身を置くと、自分が多くの人たちとの関係性のなかで存在していることがよくわかる。それでもわれわれは再び明るい空間に戻ると、『星とたんぽぽ』の明るい大空の星のように、社会のなかで多くの人たちに支えられる存在であることを見失ってしまうのである。

しばらく目を閉じてみよう。そしてあらゆる感性を研ぎ澄まそう。風、音、匂い、手触りなどから普段何気なく見過ごしていたものがみえてくる。これまで気づかなかった人の「思いやり」や「温もり」を感じるかもしれない。すべてを自分だけでやることが自立ではない。自分でできないことを援助してもらい、自分ができることで人を援助する、それが自立であり、自律だ。「暗闇のなかの対話」“Dialog in the Dark”はそんなことを教えてくれるイベントだった。

(2012年07月09日「研究員の眼」)

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