コラム
2012年06月20日

チープ化の功罪について考える

中村 昭

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梅雨時なのでいたしかたないのでしょうが、この時期は天候の急変に悩みます。先日も昼食で外出をしたさい、帰り道で急に雨が降り出しまして、途中のスーパーで傘を買い求める仕儀となりました。
   安価なビニール傘を買っても、ぞんざいに扱ってしまうせいか、結局は無くしたり壊したりしてしまうので、少しちゃんとした物を選ぼうと思い、丈夫そうな折りたたみ傘に決めました。といっても、消費税込み1,050円のごく普通の品ですが。
   しかしながら、この傘はなかなかの優れものでした。購入時に、取っ手の所にプッシュ式のボタンがあるのが目に付きましたので、恐らくワンタッチで開く仕組みであろうと予想していましたが、具体的にどうなるのかは解りませんでした。そこで、ワクワクしながらボタンを押しますと、見事に三段式の心棒がすっと伸びて、瞬時に傘が広がりました。千円で味わえる手ごろなマジックのおかげで、私の雨中の足取りは軽やかでした。
   職場に戻りついて、傘を閉じようとよく眺めてみますと、ボタンの上には「▲」だけでなく「▼」のマークも一緒に印されています。まさか、閉じるのも自動なのかと、恐る恐るボタンを押すと、これまた見事に瞬時に傘が閉じました。予想を上回る性能に、まさに『やられた!』と感じ入った次第です。

さて、技術の発達は素晴らしいことであり、また、生産工程の革新により、その技術の成果を安価な値段で享受できることは、我々の生活を豊かなものにするのでしょう。しかし、安くて良い物にめぐりあえた時、時折、少し心配になって考えてしまいます。『こんなにチープで良いのであろうか』『この値段でやっていけるのだろうか』と。

現在の物価と、過去のそれを比較する場合、自身の生活体験がベースになると思います。私が自分の給料で生活を始めた1979年頃を比較の起点として、当時と今を比べてみますと、特に工業製品において、当時より安いもの、あるいは、値段は同じでもはるかに性能が優れているものが多くなったと感じます。
   学生時代、88,500円と高価であり、またハンダゴテを使って自分ですべて組立てる際の失敗を恐れて、半年間悩み抜いた末に結局は購入を断念した、日本初のマイコンキットTK-80(日本電気製、入出力装置は電卓のようなテンキーと発光ダイオード、メモリーも512バイト!のみ)。今では、同じ値段で超高性能のノートパソコンが購入できるでしょう。
   会社の独身寮で暮らしていた頃、冷蔵庫はまだまだ高価で気安く購入はできず、半分雨ざらしで放置されていた“黒っぽい冷蔵庫らしきもの”を譲り受け、雑巾でひたすら磨き上げると“白い冷蔵庫”が現れたので、それをありがたく5年間も使っておりました。今では、冷蔵庫は誰でも持てる必需品でしょう。

総務省統計局の消費者物価指数統計により工業製品の物価を調べますと、1979年時点を100とした場合の、32年後の2011年時点の物価指数は、「家事用耐久財(冷蔵庫等の白物家電)」は15.8、「教養娯楽用耐久財(テレビ・カメラ・パソコン等)」は4.3という、とてつもないチープ化を記しており、「自動車」も105.8とほとんど価格上昇をしていません。
   工業製品だけでなく、総合物価指数全体をみても大幅な価格上昇はなく、1979年の100から、ピークの1998年までの20年間で144.4に上昇しましたが、その後は主に低下基調となり、2011年現在では139.2の水準にあります。
   1979年に社会人になるまでの22年間で、物価は4倍にもなっていたので、学生時代は、デフレーションとは、インフレーションを理解しやすくするための机上の対立概念であり、実数に対する虚数のようなもので、現実にはありえない事象であると思っていましたが、実際はご存知のとおりとなりました。

本当に今の世の中は、安くて良いもので満たされていると思います。しかし、そうではあっても、更に果てしないチープ化要求の声があがり続けています。『消費者は神様だ。安ければ、安いほど良いことだ』と。
   技術革新が達成されれば価格の引き下げは十分可能でしょうが、そうでない場合、利益を削るか、更に進めば、利益だけではなく経費(当然人件費も含む)までをも削らなければ、価格の引き下げは達成できません。
   市場経済の下では、物の値段は需要と供給により決まるのだから、それは仕方がないことなのでしょうか。でも、経費より安く買うことは『買い叩き』であり、適正な経済行為ではない筈です。
   『買い叩き』は、本来、価格決定権や市場支配力を有する大企業による、中小企業への不当値引き納入要求を意味しました。しかし、現在は、一般の消費者が『買い叩き』の主人公になってしまっている感があります。
   インターネット社会の到来により、各消費者は瞬時に日本全国にわたる価格比較が可能となり、また自身の購入状況をネット上に広く発信することも可能となりました。価格情報の公開・蓄積・比較により、消費者サイドの価格決定力は強大化し、供給者側は常に一方的なチープ化要求の波にさらされることとなりました。残念ながら、そこには経費+アルファの適正価格概念はなく、安さがすべてを支配しています。

『お客様は神様です』という有名なフレーズがありますが、このフレーズこそが過ちのもとなのです。消費者は神様ではないですし、お金があれば何でも買えるわけではありません。売ってくれる人があってこそ、初めて買うことができるのです。たとえば、無人島に漂着した時には、お店は一軒もないのですから、いくらお金を持っていても何も買うことはできません。

『消費者でござい』と驕り高ぶらずに、供給者に対しても感謝と敬意をもって接するべきだと思います。具体的には、良い財やサービスに対して、『ありがとう』のひと声を添えて、額面どおりの適正価格を気持ちよく支払うことです。適正価格での購入により、供給者側の財やサービスの品質保持と向上が保たれ、また更に良い財やサービスにめぐり合うことができるのでしょうから。
   微力ながら、デフレの克服と景気の回復に資するべく、今後も引き続き、持てる可処分所得の総てを、値切ることなく消費活動に注ぎ込んでいく所存であります。

(2012年06月20日「研究員の眼」)

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