2018年04月09日

EIOPAがソルベンシーIIレビューに関する第2の助言セットを欧州委員会に提出(5)

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3|リスクマージン
なお、前回のレポートの「2―2|XVIII.リスクマージン」で述べたように、株式リスクプレミアムの見積りに関しては、過去のリターンモデルと配当割引モデルが分析されたが、EIOPAは、過去のリターンモデルを使用することを選択した。

これに関しては、以下の評価が行われた。若干の文言の追加等が行われているが、基本的には、2017年11月6日の「ソルベンシーII委任規則の特定項目に関する欧州委員会へのEIOPAの第2の助言セットに関するコンサルテーション・ペーパー」(以下、「CP」と言う)における評価と同じである。

オプション1:過去のリターンモデル
2659.ベネフィットの面では、以下の効果を検出することが可能
・保険契約者 - 考慮する期間が十分に長い場合、モデルはサイクルを経て安定性と危機の期間を反映するERP(株式リスクプレミアム)を提供する。したがって保険契約者の保護が保証される。
・業界 - この方法はCEIOPSによって使用されていたため、規制上の安定性を提供する。
・監督者 - (再)保険負債の移転の場合、会社は異なる経済状況において移転価値を支払うことができることを確実にする。

2660.コストの面では、以下を検出することが可能
・保険契約者 - ERPは、それが由来する過去のデータには、当時は投資家が予期していなかった、特に高いリターン率と非常に低いリターン率(クラッシュ)の期間が含まれており、あまりにも低い又は高い資本コスト率を生み出し、それゆえ保険契約者の保護に影響を与える可能性がある。
・業界 - 結果は選択した期間に依存する。将来の更新が異なる期間を考慮すれば、これは資本コスト率の最終的な結果に関して規制のボラティリティを導入することになるだろう。
・監督者 - なし
オプション2:配当割引モデル

2661.ベネフィットの面では、以下の効果を検出することが可能
・保険契約者 - なし
・業界 - このモデルは、ERPの過去と未来の水準の違いを考慮に入れることを目的としているため、(再)保険負債は現在の経済状況に基づいて評価される。
・監督者 - モデルは新しい学問的な作業を考慮している。

2662.コストの面では、以下を検出することが可能
・保険契約者 - このモデルは、将来の経済発展に関する強力な前提に基づいている。予想される将来の経済発展が実現しない場合、資本コストと技術的準備金は過小評価される可能性があり、保険契約者の保護は減少する。
・業界 - このモデルは、資本コストの他の要素が導出される方法と一致しないため、リスク管理に悪影響を及ぼす可能性の高い基礎となる前提を評価することはより困難である。これはCEIOPSに比較しての変更であり、規制のボラティリティを生み出す。
・監督者 - このモデルは前提に敏感であるため、監督当局は、前提が監督された(再)保険会社の特定のリスクプロファイルと十分に合致するかどうかを評価する必要がある。
24.21.3.オプションの比較

2663.好ましいオプションはオプション1(過去のリターンモデル)である。このモデルは、時間の経過とともにより安定したERPを提供し、異なる経済環境で適切であり、前提条件にはあまり依存しない。過去のリターンモデルは、より良い保険契約者保護を提供する。それゆえ、このオプションは、景気循環増幅効果を回避し、適切な方法、前提及びパラメータを有する目的に最も適合している。

 

3―まとめ

3―まとめ

以上、今回までの5回のレポートで、EIOPAが、2018年2月28 日に公表した「ソルベンシーII委任規則の特定項目に関する欧州委員会へのEIOPAの第2の助言セット」について、その助言内容及びその判断の根拠等となる影響評価について報告してきた。

ここでは、これまでのレポートで報告した今回の助言内容全体についての、関係者の反応及び今後の動向等について報告する。
1|EIOPA会長のパブリックヒアリングでの基調スピーチ
Gabriel Bernardino EIOPA会長は、2018年3月27日に行われた「ソルベンシーII委任規則の2018年レビュー」とのタイトルでのパブリックヒアリングで、今回のEIOPAによる助言等について、スピーチを行っている4

その中で、まずは、今回のレビュー全体については、以下の通り述べている。

(ソルベンシーIIの)フレームワークの実施から2年後、ベターレギュレーションの原則に従って、私たちは現在、その主要コンポーネントを評価し、レビューする旅に出かけている。このレビューでは、簡素さとリスク感応度とのバランス市場の一貫性の使用と景気循環増幅性とボラティリティの緩和とのバランスを検討した。制度が目的に適合したままであること全ての規模と種類の保険会社にワークすること、規制の確実性を維持し続けることを確実にする必要がある。

既存の規制を維持し、継続的に改善する第1段階は、ソルベンシー資本要件(SCR)の標準式レビューの完了である。私たちの助言では、2つの部分に分かれて、29のトピックを分析し、3つの主な領域に焦点を当てた:
・比例性の増加
・経済に資金を提供するための不当な制約の除去
・技術的不整合の除去

そして、上記の3つの焦点に関係しての具体的な助言内容については、以下の通り述べている。

比例性に関しては、中小規模の保険会社に焦点を当て、リスクプロファイルがこれを正当化した場合には細分化を減らした。私たちは、自然、人工、健康カタストロフィ、特に火災リスクや大規模事故などの多くのサブモジュールの計算をさらに簡素化することを勧告した。EIOPAは、SCRの計算における外部信用格付けに対する保険会社の過度の依存を減らすために、信用格付け機関を1つだけ指名し、信用度ステップ3の対象となる残りの非複合資産の資本要件を計算することによって簡素化された計算を適用することを勧告した。

主な簡素化の1つは、基礎となる投資へのルックスルーの取扱に対する負担の軽減である。データへのアクセスは常に問題であり、基礎となるエクスポージャーのグループ化と資本要件の計算の簡素化を可能にすることを勧告した。この変更は、管理上の負担の点で、大幅に軽減されるはずである。その他の簡素化には、失効及びカウンターパーティーデフォルトリスクの評価が含まれている。さらに、リスクプロファイルのより良い反映を可能にするために、再保険ストップロス契約に関する特定のパラメータを引き受けることの使用に関する提案を含めた。

資本市場同盟(Capital Markets Union :CMU)の目的に貢献し、経済の資金調達のための潜在的に不当な制約を取り除くべく、EIOPAは、私募債やプライベート・エクイティへの投資能力の向上を支援するために、未格付債務や非上場株式の取扱の分析を行った。

インフラストラクチャーに関しては、状況を特定し、保険契約者の保護に悪影響を及ぼすことなく、これらの資産クラスに格付債務及び上場株式と同じ取扱を与えることを可能にする財務比率などの客観的基準を勧告した。

より最近のデータの利用可能性は、自然カタストロフィリスク、介護、医療費、訴訟費用リスクなど、様々な分野で修正された較正を要求した。EIOPAはまた、地域政府及び地方自治体(RGLA)が発行した非上場保証の新しい資産クラスを設定して、保険と銀行の枠組みを整理し、計算のリスク感応度を向上させることを勧告した。

また、以下の3つについては、助言の重要な部分であるとして、さらなるコメントを行っている。
金利リスク
・繰延税金の損失吸収能力LAC DT
・リスクマージン

金利リスク計算の分野では、資本要件は2008年までのデータで較正された。現行のアプローチはマイナス金利を満たすものではなく、低利回り環境下では有効ではない。このため、マイナス金利などの最新の証拠を考慮した新しい較正を実施することを推奨した。提案されたアプローチは、金利の高水準と低水準の両方で効果的であり、ステークホルダーの大多数が推奨し、既に内部モデルの使用者によって採用されている。EIOPAは、特定の種類の保険会社の資本要件に重大な影響を与えることを考慮して、影響を緩和するために3年かけて徐々にその方法論を実施することを提案した。

EIOPAはまた、監督及び業界実務を含む欧州経済圏の繰延税金の損失吸収能力(LAC DT)の分析を実施した。分析の結果、約1,000億ユーロのLAC DTの75%について同様の実務が適用されていることがわかった。しかし、残りの25%については、保険会社と監督当局の実務は異なっている。柔軟性と卓越した監督コンバージェンスを促進するために、ソルベンシーIIの枠組みに沿った一連の重要な原則を開発し、比例性と柔軟性をもたらし、結果の比較可能性を高めた。例えば、将来の財務業績の予測に関しては、事業計画や慎重で証拠に裏付けされた将来の資産リターンの予測と整合的である必要がある。

いくつかの分野では、最近の進展の分析は、較正を変更する十分な理由を提供しなかった。それは死亡及び長寿のリスクの場合であるが、リスクマージンの重要な要素の1つである資本コストについても同様である。いくつかの方法論の徹底的な評価は、規制上のボラティリティの導入を回避するための安定した方法を必要とするが、方法論によって結果が大きく異なることを示した。

金融市場の進化は、資本コストの変更を正当化するものではない。金利の引き下げは資本増強コストの低下につながらない。それゆえ、資本コストは同じ水準に保たれる必要があり、2021年に予定されているソルベンシーII制度の全体的なレビューで、リスクマージンの他の側面の見直しが評価されるべきであるとの意見である。

さらに、最後に、今回のレビュー全体についての見解を述べているが、この中でも、金利リスクについては、改めて以下のように触れて、EIOPAとしてのこの項目に対する課題意識の高さを示している。

「変化する経済情勢では、資本要件へのこれらの調整が必要であり、保険業界が環境に対応し、公正に消費者を扱う競争力のある強固な業界であることを維持するのに役立つ。これは特に、保険業界が数年間観察されたマイナス金利に対応していないソルベンシーの世界を離れることができないでいる、金利リスクの場合にあてはまる。」

このレビューの目的は、改善と簡素化のための領域を検出し、可能であれば矛盾を除去することだった。全ての私たちの仕事を通して、私たちは証拠と事実によって導かれた。

保険業界とより幅広い金融サービス環境の発展を反映して、EIOPAは、修正された較正、簡素化及び必要に応じて、より優れた監督コンバージェンスを達成するための提案を勧告した。全体として、金利リスクに関する助言はともかくとして、EIOPAの提案は資本要件の点で大きな変化につながることはないが、業界にとって、特に小規模な市場プレイヤーの負担を軽減することで、大きな改善をもたらす。

EIOPAは、ソルベンシー要件の比例性は、簡素化された方法論の使用によって達成されるべきであり、全ての会社が同じ定量的なソルベンシー要件の対象となるべきであると考え続けている。

また、消費者の保護が疑問視されない限り、長期的な資金調達に対する不当な制約は取り除かなければならないと考えている。ソルベンシーIIを率いる安定性と消費者保護の中核的価値は放棄すべきではない。

完全な影響評価を伴う2つの助言セットで提案された変更に伴い、複雑さが軽減されると同時に、保険部門に対する比例的で技術的に堅牢でリスク感応度の高い一貫した監督体制が保持されると確信している。変化する経済情勢では、資本要件へのこれらの調整が必要であり、保険業界が環境に対応し、公正に消費者を扱う競争力のある強固な業界であることを維持するのに役立つ。これは特に、保険業界が数年間観察されたマイナス金利に対応していないソルベンシーIIの世界を離れることができないでいる、金利リスクの場合にあてはまる。

EIOPAは、欧州委員会に対するこれらの2つの助言をもとに、独立した監督当局として、経済的現実に沿った証拠に基づく変更を勧告することによって、その義務を果たす。私は変更が必ずしも歓迎されているわけではないことを十分に認識している。しかし、これらに建設的に一緒に取り組むことで、個々の消費者にふさわしい欧州の消費者を保護するための変化がもたらされる。

さらに、堅実で安定した保険部門は、経済成長と持続可能な長期投資の前提条件である。提案された調整は、近代的でリスクベースの比例的な制度、保険規則に関する世界的に参考となる欧州の制度、としてのソルベンシーIIを強化する。

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中村 亮一

研究・専門分野

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