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- 少子化と公的年金-出生率が低下しても、所得代替率は下がらない?
コラム
2007年04月23日
国立社会保障・人口問題研究所が昨年末に公表した新しい将来推計人口に関連して、公的年金の給付と負担の見直しが避けられないことを、以前の当コラム(2007/02/05号「『将来推計人口』の前提と、前提としての『将来推計人口』」)で書いたが、厚生労働省年金局から「人口の変化等を踏まえた年金財政への影響(暫定試算)」が2月6日に発表された。将来推計人口だけではなく、金利、賃金上昇率、物価上昇率の想定も含めて検討した試算結果であるというから、迅速な対応ぶりには拍手を送りたい。
その「年金財政への影響」の内容は、新規に受給開始する世帯の年金額の現役世代の賃金(ボーナス含む標準報酬)に対する割合、すなわち、所得代替率に焦点が当てられ、特に、マクロ経済スライドに基づく給付調整の終了年次(時期)とその時点の所得代替率が複数の出生率前提-「出生高位」「出生中位」「出生低位」のシナリオ別に示されている。
その「年金財政への影響」の内容は、新規に受給開始する世帯の年金額の現役世代の賃金(ボーナス含む標準報酬)に対する割合、すなわち、所得代替率に焦点が当てられ、特に、マクロ経済スライドに基づく給付調整の終了年次(時期)とその時点の所得代替率が複数の出生率前提-「出生高位」「出生中位」「出生低位」のシナリオ別に示されている。
この公表資料を読む際には、通常よりも少しばかり用心深さが必要である。問題は、平成16年財政再計算時から今日に至るまでの経済動向の変化を踏まえたとする、金利、賃金上昇率、物価上昇率の想定変更に起因する。というのは、近年の合計特殊出生率の低下や寿命の伸長を反映した新しい将来推計人口を用いることの影響を純粋に測るには、他の諸前提は平成16年財政再計算時から変えないことが求められるからである。実際、そうした試算も実施されているが、位置づけは「参考ケース」にとどまっている。逆に、金利、賃金上昇率、物価上昇率の想定を変更した場合の試算結果が「基本ケース」として提示されているのである。
その「基本ケース」における「出生中位」の試算結果を見ると、マクロ経済スライドの終了年次は2026年度、所得代替率は51.6%であり、平成16年財政再計算時の「2023年度、50.2%」という試算値と単純に比較すると、「出生率が低下しても、所得代替率は下がらない」と誤解しかねない。金利、賃金上昇率、物価上昇率の想定が平成16年財政再計算時と同じ「参考ケース」における「出生中位」の試算結果は、マクロ経済スライドの終了年次2035年度、所得代替率46.9%であり、出生率の低下や寿命の伸長によって給付水準が実態的に低下するという、賦課方式に近い修正積立方式の下で通常考えられる通りの結果となっている。実は、「基本ケース」が前提とする「金利-賃金上昇率」は1.6%であり、平成16年財政再計算時の前提に基づく1.1%からは0.5%も引き上げられている。この想定変更が、所得代替率の計算には有利に働いているのである。
もちろん、平成21年財政再計算の際は、金利、賃金上昇率、物価上昇率の想定も見直されるであろう。しかし、合計特殊出生率の趨勢変化に伴う年金財政への影響という文脈においては、「参考ケース」として提示された試算結果の方が本来の基本ケースであるべきであり、「基本ケース」として提示された試算結果は元来の参考ケースに当たるはずである。そうした形で提示されていれば、少子化の進行で所得代替率は低下するが、金利と賃金上昇率の相対関係によっては所得代替率が上昇することもあるということが、より自然に伝わったであろう。
もうひとつ気に懸かったのは、「希望を反映した仮定人口試算」を採用した場合の所得代替率も「参考資料」の中で提示されていることである。代替的な将来人口推計に対応する年金財政の試算が実施されたこと自体は評価すべきことである。
しかし、社会保障審議会の「人口構造の変化に関する特別部会」による「希望を反映した仮定人口試算」とは、合計特殊出生率が2055年に1.76にまで高まることを想定したものであり、出生高位推計の1.55と比較してもかなり高いハードルが設定されていることに、注意しなければならない。前回の当コラムでは、「『将来推計人口』における出生低位推計よりも低い出生率仮定に対応した将来人口の計算もあって然るべきであるし、それに基づいた給付と負担に関する見通しを代替的試算として提示することも必要ではないだろうか」と書いたが、それは今のところ実現していない。「公的年金の給付と負担に関する楽観的な見通しを提示するために、『潜在出生率に基づく仮定人口試算』を『悪用』することなどはあってほしくない」とも書いたが、「参考資料」がそれには当たらないとしても、バランスを欠く感じは否めない。
救いは、「子どもと家族を応援する日本」重点戦略検討会議が発足し、出生率の反転上昇に向けた具体的な政策メニューとその政策コストに関する議論が始まったことである。年金財政にとって好都合なのは出生率の上昇する状況であり、そうした状況を実現するにはどれだけの政策コストを必要とするかという議論とセットになることで、「希望を反映した仮定人口試算」やそれに対応する所得代替率の試算結果も比較可能なシナリオとして現実的な意味を持ってくるからである。
その「基本ケース」における「出生中位」の試算結果を見ると、マクロ経済スライドの終了年次は2026年度、所得代替率は51.6%であり、平成16年財政再計算時の「2023年度、50.2%」という試算値と単純に比較すると、「出生率が低下しても、所得代替率は下がらない」と誤解しかねない。金利、賃金上昇率、物価上昇率の想定が平成16年財政再計算時と同じ「参考ケース」における「出生中位」の試算結果は、マクロ経済スライドの終了年次2035年度、所得代替率46.9%であり、出生率の低下や寿命の伸長によって給付水準が実態的に低下するという、賦課方式に近い修正積立方式の下で通常考えられる通りの結果となっている。実は、「基本ケース」が前提とする「金利-賃金上昇率」は1.6%であり、平成16年財政再計算時の前提に基づく1.1%からは0.5%も引き上げられている。この想定変更が、所得代替率の計算には有利に働いているのである。
もちろん、平成21年財政再計算の際は、金利、賃金上昇率、物価上昇率の想定も見直されるであろう。しかし、合計特殊出生率の趨勢変化に伴う年金財政への影響という文脈においては、「参考ケース」として提示された試算結果の方が本来の基本ケースであるべきであり、「基本ケース」として提示された試算結果は元来の参考ケースに当たるはずである。そうした形で提示されていれば、少子化の進行で所得代替率は低下するが、金利と賃金上昇率の相対関係によっては所得代替率が上昇することもあるということが、より自然に伝わったであろう。
もうひとつ気に懸かったのは、「希望を反映した仮定人口試算」を採用した場合の所得代替率も「参考資料」の中で提示されていることである。代替的な将来人口推計に対応する年金財政の試算が実施されたこと自体は評価すべきことである。
しかし、社会保障審議会の「人口構造の変化に関する特別部会」による「希望を反映した仮定人口試算」とは、合計特殊出生率が2055年に1.76にまで高まることを想定したものであり、出生高位推計の1.55と比較してもかなり高いハードルが設定されていることに、注意しなければならない。前回の当コラムでは、「『将来推計人口』における出生低位推計よりも低い出生率仮定に対応した将来人口の計算もあって然るべきであるし、それに基づいた給付と負担に関する見通しを代替的試算として提示することも必要ではないだろうか」と書いたが、それは今のところ実現していない。「公的年金の給付と負担に関する楽観的な見通しを提示するために、『潜在出生率に基づく仮定人口試算』を『悪用』することなどはあってほしくない」とも書いたが、「参考資料」がそれには当たらないとしても、バランスを欠く感じは否めない。
救いは、「子どもと家族を応援する日本」重点戦略検討会議が発足し、出生率の反転上昇に向けた具体的な政策メニューとその政策コストに関する議論が始まったことである。年金財政にとって好都合なのは出生率の上昇する状況であり、そうした状況を実現するにはどれだけの政策コストを必要とするかという議論とセットになることで、「希望を反映した仮定人口試算」やそれに対応する所得代替率の試算結果も比較可能なシナリオとして現実的な意味を持ってくるからである。
(2007年04月23日「エコノミストの眼」)
石川 達哉
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