コラム
2010年02月10日

伝統と格式を守るには

遅澤 秀一

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何かとお騒がせだった横綱・朝青龍が引退した。伝統と格式を重んじる角界では、抜群の力量を持ちながらも、常に横綱としての品格が疑問視されていた。この点については賛否両論あり、国技・相撲のトップに立つ者としてふさわしくないとする意見と、このような陋習にとらわれている角界の体質の方を問題視する意見とがあろう。

しかし、経営組織としてみた場合、相撲協会の戦略は賢明である。スポーツとしての相撲は現役生活が短いのが特徴である。そのため、全体から見れば一部の力士とはいえ、親方として定年まで生活の面倒をみてもらえるシステムになっている。つまり、現役よりも親方としての期間の方がはるかに長いのだ。親方の集合体としての相撲協会としては、長期的な繁栄を目指すことが合理的だということになる。

こうしてみると、相撲協会が横綱に品格を求めたり、地方巡業への参加を求めたりすることの意味が見えてくる。前者は相撲を国技として位置付けるためのブランド戦略であり、後者はファン層拡大戦略である。なぜNHKがプロレスは放送しないのに、大相撲は中継するのかを考えれば明らかであろう。また、横綱の大半は親方として協会に残るのだから、品格ある行動をとりファン層拡大にも貢献することが、長期的には自分の利益にもなる。国技としての伝統と格式や、横綱の品格という共同幻想を維持することが、相撲協会の利益にかなうことになるのだ。この共同幻想が壊れれば、相撲は特殊な形態・ルールに基づく格闘技の一つに過ぎなくなってしまうだろう。

さて、朝青龍問題の本質は何か。それは報酬制度のミスマッチ、すなわち、経済的インセンティブの与え方の問題である。現在の相撲協会のシステムは、親方の期間を含めた長期的報酬をベースにしている。ところが、現役引退後に相撲協会を離れる心算であれば、力士として強ければよい、現役時代に稼げるだけ稼げればよいということになるわけだ。相撲協会の長期戦略に対して関心がなくても不思議はない。これは必ずしも生まれ育った文化や国籍だけの問題ではない。海外出身の親方(帰化が必要だが)の中には、日本人以上に日本的な人もいることからもわかる。とはいえ、海外出身の力士の中には、引退後は母国でビジネス等で活躍したいと思う人も増えてくるだろう。従来、力士への教育・指導の重要性ばかりが言われてきたが、実は協会のブランド戦略やファン拡大戦略への貢献度を報酬に組み込むことの方が有効だろう。だが問題なのは、報酬という金が眼に見える形で表に出ると、そのこと自体が共同幻想を壊しかねない危険をはらんでいることである。

たとえば、年間を通じての角界への貢献という形で定性評価してボーナスを出す等の対策が考えられるが、このようなことを言うと、角界の伝統と格式を重んじる方々からはお叱りを受けるかもしれない。しかし、何年間も口を酸っぱくして品行を正せと言っても無駄であった事実は無視できまい。何事も文化の違いに帰着させていては、問題は解決しないだろう。
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