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コラム
2006年04月24日
機能不全に陥っている返品制 新聞に広告が掲載され売れ行き好調な新刊書籍が、近所の中小書店には見当たらなかったという経験はないだろうか。筆者は首都圏郊外に居住しているが、しばしば同様の経験をしている。この品揃えの悪さは、消費者のニーズを満たすための書店の仕入れ努力が足りないことによると考えていたが、理由はどうもそうではなさそうだ。 書籍の販売は、書店が出版社・取次会社(卸売会社)から本を仕入れ、一定期間店頭に陳列し、売れ残った場合には出版社に返品できる返品制(委託販売制)が採用されているが、中小書店の品揃えの悪さはこの返品制に原因があるようなのである。返品制のメリットとして、書店は売れ残りリスクを負担しないため、売れ残りを気にせず豊富な品揃えが可能となることを挙げることが多い。もし、このメリットが活かされているのであれば、書店は新刊を躊躇なく取次や出版社に発注するのではないだろうか。ところが、新刊の広告が打たれた時点では店頭にないことが多く、売れ行きのピークを過ぎた頃にようやく店頭に並ぶことが多い。つまり、現状では、返品制に期待されている機能はどうも果たされていないようだ。 この機能不全は、中小書店が希望する書籍を注文しても、取次会社や出版社がその書籍を配本しないことによって起こっている。販売が確実に見込める大型書店への配本を優先する結果、中小書店に届く新刊書籍が極端に少なくなっているのである。こうした事態が生じている背景には高い返品率がある。返品制のもとで自由に返品できるのであれば、書店側は大目の数量を発注することが多いだろう。また、書籍の売れ行きが低迷する中で、出版される書籍数が増加していることも、商品の陳列サイクルを短期化し、結果として返品率を高めることになっている。
新しい取引形態の導入の動き 最近、返品制の行き詰まりに対応する動きが見られる。それは、大手取次会社の日本出版販売株式会社(日販)が推進しているSCM契約と呼ばれる「責任販売制」である。これは、SCM契約が結ばれた一部の書籍について、取次会社・出版社は書店からの注文に満数出荷で応え、書店は売り切る努力をして返品を減らすという取り組みである。もし返品率が基準値(15%というケースが多い)を超えた場合には、日販が出版社にペナルティを支払うことになっている。返品率が基準値をオーバーした場合の書店に対するペナルティについては、現時点では特に金銭の支払いを求めず、SCM契約の打ち切りといった形態での対応となっている。海外のミステリー小説の『ダ・ヴィンチ・コード』が大ベストセラーになり、他の本の返品率も低くなるなど、これまでのところ責任販売制は順調に推移しているようである。 この結果を見る限り、書店が自らの顧客の特性を把握した上で適正な部数を発注し、一方で陳列やポップ広告(ポスターやプライスカード、店内のディスプレーなどや商品につけたりする広告)などによる営業努力をすれば販売が伸び、返品の減少、欠品による売り損じのロスの低下も防ぐことができるようである。これは、仕入れた書籍に書店が販売責任を持つという、買い切り制の性格を責任販売制によって一部取り入れることが、それなりの効果を持つことを示している。 責任販売制と返品制の今後の見通し 今後の書籍流通はどうなるのであろうか。書籍が有する文化性を考慮し、出版社が定めた価格(定価)で書籍が販売される再販売価格維持制度が存続することを前提にすると、責任販売制をさらに進めて買い切り制とすることは難しいだろう。売れ残った書籍を値下げによって処分することができないため、書店の負担リスクが大きくなりすぎるからである。このため、引き続き基本的には返品制が維持されると考えられる。 しかし、先述のように返品制はかなりの機能不全に陥っている。これを打開するために、買い切り制の利点を一部取り入れた責任販売制は今後徐々に広がっていくと考えられる。ただし、責任販売制が広範囲に普及することは難しいと考える。現在、責任販売制が成功しているのは、書店が責任販売制の商品に対して重点的に販売努力を注入していることが大きいと考えられるからである。条件の良い売り場の提供や重点的な店内広告などである。責任販売制の商品が増えてくると、そのような重点的な販売戦略を採用することは難しい。したがって、出版社や取次会社にしても、責任販売制は一部の戦略的商品に限定した運用にとどまるのではないかと考える。 責任販売制の導入が限定的なものにとどまるとすると、返品制に本来期待されている品揃え機能の回復を実現するためには、返品される書籍には一定のペナルティを課すことなどによって(返品リスクの一定部分を書店に課すことによって)、地域ニーズに合った品揃え努力を書店に促す仕組みを構築していくことが不可欠のように思われる。この仕組みの下では、出版社・取次会社と書店は一定程度の在庫リスクを分担し、消費者は再販価格維持制度によって割引のない定価販売を甘受する構図となるのである。つまり、出版社・取次会社、書店、消費者が一定の痛みを分担することによって、消費者の望む書籍が広範に、かつ容易に手に入る書籍流通システムが実現する、いわば出版界の「三位一体改革」ということができるだろう。 |
(2006年04月24日「エコノミストの眼」)
小本 恵照
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