本シリーズでは、6年ぶりとなった「トリプル改定」の経過や論点などを取り上げた。次の節目となる2026年度診療報酬改定を展望すると、
(上)で論じた賃上げ対応は今後も論点になる可能性が高い。しかも、出産費用の保険適用という難題
43も控えており、2024年度改定と同様、改定率をプラスに向かわせる要因が多い。一方、国の厳しい財政事情を踏まえると、歳出改革路線は今後も継続するため、
(上)で述べた生活習慣病関係の加算見直しとか、今回で説明した選定療養を用いた薬剤費の追加負担制度の見直しなどが焦点になりそうだ。
さらに、
(中)で触れた通り、急性期医療の適正化を含めた医療提供体制改革を診療報酬改定で誘導する傾向が強まっている点とか、今回で言及した中医協をバイパスする動きについても、2026年度改定以降に継続する公算が大きい。
しかし、こうした意思決定は現場にシワ寄せをもたらす可能性もある。具体的には、全国一律の診療報酬では、地域差を考慮できないため、医療資源にアクセスできない患者が増えるなど弊害が生まれる危険性である。
一方、政府は現在、身近な病気やケガに対応する「かかりつけ医機能」の強化
44や、2025年に期限を迎える「地域医療構想」の後継版の検討
45など都道府県を主体とした医療提供体制改革の検討を進めており、今回で取り上げた医師の働き方改革と併せて、「地域の実情」に応じた体制整備の必要性を盛んに強調している
46 。言わば都道府県を主体とした分権的な対応が期待されている。このため、都道府県には「地域の実情」に応じた体制整備に向けた主体性が期待されるほか、一連の医療提供体制改革と診療報酬改定の「喰い合わせ」の悪さは認識する必要がある。
このほか、介護と障害に関しては、賃上げ対応を含めた人材確保が最大の課題である。今回の改定に関して、社会保障審議会介護保険部会長と障害部会の会長を務める有識者が「(筆者注:賃上げに向けて)一定の社会的コンセンサスが得られている中での改定だった」
47と述べており、この傾向は次の節目である2027年度も変わらないだろう。
しかし、
(上)で指摘した通り、訪問介護の不可解な引き下げに関しては、厚生労働省の説明は合理的とは言えない。介護現場の苦しい状況を鑑みると、早急な軌道修正が求められる。
さらに、
(中)で述べた医療・介護連携とか、今回で言及した感染症対策、医療的ケア児やヤングケアラーの支援などでは多職種・多機関連携の充実が一層、求められる。特に今後、単身世帯への対応とか、認知症ケアなど困難化・複雑化するケースが増えるため、多職種・多機関連携の促進に向けた現場の工夫と、国・自治体によるバックアップが必要になる。
43 厚生労働省は2024年6月、関係団体の代表や有識者で構成する「妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会」を発足させ、2026年度における出産費用の保険適用に向けた論点整理などを開始した。出産育児一時金の引き上げから保険適用の論議までの経過や背景については、2023年6月27日拙稿「出産育児一時金の制度改正で何が変わるのか?」も参照。
44 ここでは詳しく触れないが、かかりつけ医の位置付けや定義が曖昧だったことが新型コロナウイルス禍で浮き彫りになり、その機能強化を巡って財務省、日医、健保連などが激しい攻防を繰り広げた。結局、2023年通常国会で創設が決まった新制度では、入退院支援や介護との連携など、かかりつけ医が地域で果たしている機能を可視化し、自治体や地域の医師会が協議しつつ、機能を充足することが想定されている。現在、厚生労働省の審議会で詳細な議論が進んでおり、2025年度からスタートする見通しだ。法改正の内容や検討経過に関しては、2023年8月28日拙稿「かかりつけ医強化に向けた新たな制度は有効に機能するのか」、同年7月24日拙稿「かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか」、2021年8月16日拙稿「医療制度論議における『かかりつけ医』の意味を問い直す」を参照。なお、新たな制度の論点などについては、別稿で考察することにしたい。
45 ここでは詳しく触れないが、2017年3月までに都道府県が作成した地域医療構想では、人口的にボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上になる2025年をターゲットに、医療提供体制改革を進めようという意図が込められていた。具体的には、都道府県が2025年時点の医療需要について、救急患者を受け入れる「高度急性期」「急性期」、リハビリテーションなどを提供する「回復期」、長期療養の場である「慢性期」に区分して推計。さらに、4つの病床区分ごとに人口20~30万人単位で設定される2次医療圏(構想区域)ごとに病床数を将来推計した。その上で、自らが担っている病床機能を報告させる「病床機能報告」で明らかになった現状と対比させることで、需給ギャップを明らかにした。その結果、全国的な数字では、高度急性期、急性期、慢性期が余剰となる一方、回復期は不足するという結果が出ており、高度急性期や急性期病床の削減と回復期機能の充実、慢性期の削減と在宅医療の充実が必要と理解されている。地域医療構想の概要や論点、経緯については、2017年11~12月の拙稿「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(1)」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日拙稿「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」を参照。併せて、三原岳(2020)『地域医療は再生するか』医薬経済社も参照。なお、地域医療構想は目標年次が1年後に迫っており、厚生労働省は2040年頃を見通したポスト地域医療構想の議論を始めている。この点については、稿を改めて検討する。
46 「地域の実情」という言葉は近年、医療・介護・福祉領域で頻繁に使用されている。その使われ方や自治体の実情、今後の方策や論点などについては、「地域の実情」という言葉に着目した拙稿コラムを参照(リンク先は第1回)ここで専ら取り上げた医療提供体制改革については、第4回を参照。
47 2024年4月号『月刊社会福祉』における菊池馨実早大教授に対するインタビューを参照。