2017年07月10日

大学卒女性の働き方別生涯所得の推計-標準労働者は育休・時短でも2億円超、出産退職は△2億円。働き続けられる環境整備を。

3生涯所得の推計結果~大卒同一企業勤務女性の生涯所得は2億6千万円、育休2回・時短でも生涯所得は2億円超、出産退職は2億円のマイナス。一方、非正社員では半分以下に。
大学卒女性の働き方ケース別に生涯所得を推計した結果を示す(図表10)。

女性が大学卒業後、同一企業で働き続けた場合(ケースA)の生涯賃金は2億3,660万円、退職金(2,156万円)を合わせると、生涯所得は2億5,816万円となる5

一方、大学卒業後、同一企業で働き続ける女性が、二人の子を出産・育休を2回利用し、フルタイムで復職した場合(ケースA-A)の生涯賃金は2億1,152万円で、退職金(1,856万円)を合わせた生涯所得は2億3,008万円である(ケースAより△2,808万円、△10.9%)。つまり、二人の子を出産して、それぞれ育休を1年利用しても、出産なしで働き続けた場合と比べて、生涯所得は1割しか減らないことになる。ただし、本稿における推計では、育休から復職後は、すみやかに休業以前の状況に戻り、出産なしの就業継続者と同様に働くこと(休業によるマイナスはないこと)を想定している。しかし、実際には仕事と家庭の両立負担は大きく、職場と家庭双方の両立支援環境が充実していなければ、出産なしの就業継続者同様に働くことは難しい。また、このほか、育休からの復職者に対する評価制度(休業していない者との相対評価など)や女性自身のモチベーションの変化(仕事・家庭における優先順位の変化など)等、いくつかの観点で課題がある。ただし、政府の「女性の活躍促進」政策や「働き方改革」における労働生産性向上や長時間労働の是正といった議論を見ると、すみやかな復職を希望する場合は、それを実現しやすい方向に向かっているようだ。
図表10 女性の働き方ケース別生涯所得
また、同様に、二人の子を出産・育休を2回利用し、第2子が3歳未満まで短時間勤務をした場合の生涯賃金は2億214万円で、退職金(1,856万円)を合わせた生涯所得は2億2,070万円である(ケースAより△3,748万円、△14.5%)。第2子が小学校入学前まで短時間勤務をした場合の生涯賃金は1億9,378万円で、退職金(1,856万円)を合わせた生涯所得は2億1,234万円である(ケースAより△4,582万円、△17.7%)。つまり、育休を2年利用し、短時間勤務をした場合でも生涯所得は2億円を超える。ただし、本稿における推計では、育休からのすみやかな復職に加え、短時間勤務からのすみやかなフルタイム復帰も想定している。実際には、前述のような両立負担や評価、モチベーション等の課題がある。同時に、育休や短時間勤務等の両立支援制度の非利用者が感じる負担感や不公平感等への対応も課題だろう。

一方、第1子出産後に退職し、第2子小学校入学時にフルタイムの非正規雇用者として再就職した場合の生涯賃金は9,332万円で、退職金(338万円)を合わせた生涯所得は9,670万円である(ケースAより△1億6,146万円、△62.5%)。また、同様に、日本で昔から多い、パートで再就職した場合の生涯賃金は5,809万円で、退職金(338万円)を合わせた生涯所得は6,147万円である(ケースAより△1億9,669万円、△76.2%)。よって、過去の政府推計と同様、最新値で推計しても、出産退職は2億円のマイナスとなる。

実は、これは労働者個人としてだけでなく、企業側から見ても大きなマイナスである。就業を継続していれば生涯所得2億円を稼ぐ人材を確保できていたにも関わらず、両立環境の不整備等から、人材を手離すことになり、新たな採用・育成コストを要している。女性の出産離職は、職場環境だけが問題ではないが、両立環境の充実を図ることは、企業にとってもコストを抑える効果がある。

また、大学卒業後、非正規雇用者として働き続けた場合の生涯所得は1億1,567万円であり、同一企業で働き続ける正規雇用者(ケースA)の半分以下である(△1億4,249万円)。また、賃金水準が高くないため、育休を2回利用しても、生涯所得はさほど変わらない(1億1,080万円、Bより△487万円)。非正規雇用者では、派遣・契約先企業の正規雇用者と同様の業務をする場合もあるが、賃金水準が低く(さらに各種手当にも恵まれにくい)、退職金もない場合が多いため、生涯所得には大きなひらきが出てしまう。これまでもレポートで指摘してきた通り6、特に、若年層では不本意な理由で非正規雇用者として働く者が多い。今後、政府の「働き方改革」における同一労働同一賃金の議論が進み、非正規雇用者の待遇改善が実現されることに期待をしたい。

なお、参考のため、図表11にケース別に各歳別賃金の推移(生涯賃金)を示す。ケース別・各歳別に賃金の推移を見ると、どこでマイナスが生じ、どのあたりから追いつくのか、あるいは、差がひらいてしまうのかなどをイメージしやすい。
図表11 女性の働き方ケース別・年齢別賃金(退職金を含まない)の推移
 
5 なお、本稿と同条件で2005年の大卒女性標準労働者の生涯賃金を推計すると、2億4,143千万円となる。
6 久我尚子「若年層の経済格差と家族形成格差-増加する非正規雇用者、雇用形態が生む年収と既婚率の違い」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レポート(2016/7/14)、久我尚子「学歴別に見た若年労働者の雇用形態と年収~年収差を生むのは「学歴」か「雇用形態(正規・非正規)」か」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レター(2016/8/22)など。
 

4――おわりに

4――おわりに

本稿では、大学卒女性の生涯所得を推計するために、まず、近年の女性の就業状況について確認した。かつては結婚で仕事を辞める女性も多かったが、現在では、結婚後も就業者の8割は働き続けており、寿退職は過去のものとなっている。また、出産後も過半数は働き続けており、育児休業利用率も上昇している。しかし、就業形態によって出産による就業継続状況には大きな差があり、正規雇用者は多くが育休を利用して働き続けている一方、非正規雇用者は育休利用率が低く、就業継続率も4分の1程度である。日本では昔から、出産を機に離職し、子育てが落ち着いてからパートとして再就職する女性が多かった。しかし、長らく続く景気低迷により、学校卒業時に正規雇用者として就職できずに、はじめから非正規雇用者やパート・アルバイトとして働く女性が増えている。

大学卒女性の生涯所得を推計すると、大学卒業後に同一企業で正規雇用者として働き続けた場合は2億6千万円、二人の子を出産し二度の育休と短時間勤務を利用した後、すみやかに復職した場合は2億1~2千万円となった。また、昔から日本で多い、出産退職しパートで再就職した場合は約6千万円であり、離職しない場合と比べて2億円のマイナスとなった。働く目的は経済的理由だけではないだろうが、子どもに、より質の高い教育環境を与えられる可能性などを考えると、2億円という金額は一考に価するのではないだろうか。

また、マイナス2億円という金額は、企業側にとっても大きな損失である。両立環境の不整備等から離職され、新たな採用・育成コストが発生している。また、今回は出産・育児による離職しか想定していないが、超高齢社会においては介護離職も大きな課題である。よって、仕事と家庭の両立環境の整備は、企業におけるリスク管理としても取り組むべきだ。

一方、近年、増えている非正規雇用者の生涯所得は、出産等なしで働き続けても正規雇用者の半分に満たず、同世代内の経済格差がより明らかとなった。今後ますます共働き世帯が増える中、女性の収入が世帯全体の経済状況に与える影響は大きくなる。これまでも、いくつかのレポートで主張してきたが、若年層の非正規化は景気低迷による就職難の影響が大きく、世代間の不公平感は是正されるべきだ。

なお、今回の推計では、正規雇用者として標準労働者(学校卒業後、同一企業に継続勤務)を仮定した。それは、現在のところ、同じ企業で継続勤務をしている正規雇用者でないと、育児休業や短時間勤務などを利用しにくく、出産・育児を経て働き続けることが難しいと考えたためだ。つまり、女性が働き続けられる労働環境は一部に限定されており、そこに合致しないと退職を選択するか、場合によっては家族形成を躊躇することにもなりかねない。

政府の「働き方改革」には、非正規雇用者の待遇改善を望むとともに、結婚・出産・育児・介護などライフステージが変化しても、働き続けたい者が働き続けられるような柔軟性のある労働環境の整備を求めたい。

生活研究部   上席研究員

久我 尚子(くが なおこ)

研究領域:暮らし

研究・専門分野:消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

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