2|改定の意味合いと狙い
では、オンライン診療の改定に関して、どんな意味合いと狙いを見て取れるだろうか。通常、診療報酬改定では支払側が低い点数を主張する一方、診療側が高い単価を要求するが、オンライン診療に関しては逆の構図となった。言い換えると、オンライン診療の拡大について、支払側は積極姿勢、診療側が慎重姿勢だったと総括できる。
しかも、この構図はオンライン診療の制度化から変わっておらず、支払側は患者にとってのアクセス改善、医療の効率化を期待しているのに対し、診療側は触診などで情報を十分に取れないことを理由に慎重姿勢を崩していない。このため、オンライン診療の普及に関して、支払側と診療側の意見が異なる場面は今後も続く可能性がある。
一方、筆者はオンライン診療について、「新型コロナウイルスを巡る喧噪や政治主導の議論の結果、初診対面原則の撤廃だけに関心が向かってしまい、『患者―医師の信頼関係構築に向けてオンライン診療を活用する』という最も重要な視点が抜けた」と感じている。
そもそも医療は情報の非対称性が大きい分、患者はサービスの質や是非を判断しにくく、自己決定できる余地が小さい。その結果、通常の財やサービスのように「規制を取り払えば、消費者の適切な選好を通じてサービスの質が改善する」とは言い切れない。
さらに医療の場合、治療行為や服薬の影響などについて患者の個体差が発生するため、患者だけでなく、医師自身も不確実な意思決定を強いられている。このため、触診などができないオンライン診療では患者の情報入手に限界が生じる面がある。
しかし、初診対面原則の特例を撤廃する問題に関しては、患者サイドのアクセス性に着目しているだけで、ユーザーである医師の視点は必ずしも重視されなかった。こうした状況で初診対面原則だけを争点にしても、オンライン診療の普及に弾みが付くか、筆者は疑問に感じている面がある。
実際、現場の経営者からは「やはり初診は対面診療が原則であり、それは揺るがない」「在宅療養中の高齢者に対する診療や、へき地の診療などで便利な選択肢が増えたというくらいで、医療全体に与える影響としては軽微」といった声が出ている
19。
むしろ、既述した医療サービスの特性を踏まえると、医療は「消費した後でも品質の評価が難しい財」とされる信頼財(credence goods)の側面を持つ点に留意する必要がある。つまり、医療サービスの基本は患者―医師の信頼関係に据える必要があり、オンライン診療の普及に際しても、医師と患者のコミュニケーションが円滑に進むような制度改正を意識することが求められる。
具体的には、地域の医療機関で情報を共有するEHR (Electronic Health Record)、患者が自ら保健・健康情報を管理するPHR(Personal Health Record)の充実などを通じて、かかりつけの医師でなくても医師が患者の情報にアクセスしやすくする制度改正とか、患者と医師の関係を固定化する「かかりつけ医」の制度化
20などが必要と考えている。
今回の改定を通じて、初診対面原則の問題は一応の決着を見たが、厚生労働省はオンライン診療について、技術革新の状況などを踏まえ、指針を定期的に見直す方針を掲げており、中医協会長の小塩氏もオンライン診療に関して、「不透明なところが多く、動向を注視する必要がある」と述べている
21。今後は「患者―医師の信頼関係を構築する手段の一つとして、オンライン診療を活用できるようにする」という視点で、普及に向けた議論が深まることに期待したい。
19 2022年3月29日『日経メディカル』配信記事における全日本病院協会長の猪口雄二氏に対するインタビュー。
20 かかりつけ医を巡る議論については、2021年8月16日拙稿「医療制度論議における『かかりつけ医』の意味を問い直す」を参照。
21 2022年4月4日『週刊社会保障』No.3164における小塩氏インタビューを参照。
5――個別改定の内容(3)