2|医療機関の機能分化の下支えに
第2のメリットとして、医療機関の機能分化の下支えになる可能性も指摘されていた。そもそもの整理として、一般的に医療のニーズは身近なけがや病気に対応する1次医療(プライマリ・ケア)、一般的な入院である2次医療、専門性の高い救急医療などを提供する3次医療に分類され、1次医療の部分で、かなりの医療需要に対応できることが示されている。
例えば、1961年に公表されたイギリスの研究
39では1,000人のうち、750人が1カ月間で何らかの病気やケガを訴え、250人が医師のカウンセリングを受けたが、高度な医療機関に紹介された患者は5人に過ぎなかった。日本の2000年代にも類似の研究があり、人口1,000人に対して862人が心身に異常を感じたが、一般病院に入院した人は7人にとどまった
40。
このため、1次医療、2次医療、3次医療の役割分担を構造的に明確にできれば、費用が最適化するだけでなく、国民も症状に応じて適切な医療が受けられる可能性が高まる。具体的に言えば、日常的な病気やケガは診療所や中小病院で対応し、難しい手術や治療は大病院で担う役割分担が求められる。
ただ、日本の医療提供体制では、大病院でさえ通常の外来医療を提供しており、役割分担は明確とは言えない。そこで、こうした状況を見直すため、政府は1990年代以降、様々な施策を講じてきた。
具体的には、▽高度な医療機能などを担う「特定機能病院」の創設(1993年)、▽地域の診療所や中小病院の支援などを担当する「地域医療支援病院」の創設(1997年)、▽診療所や中小医療機関での紹介状を持たず、大病院を受診した際、患者から追加負担を徴収する仕組み
41の創設(2016年度)と、追加負担額の段階的引き上げ(2018年度、2020年度、2022年度)、▽紹介患者を重点的に受け入れる「外来受診重点医療機関」を選定する仕組みの創設(2022年度)――といった制度改正である。
さらに、患者の適切な受療行動を促す「上手な医療のかかり方」の展開
42とか、都道府県主体で医療機関の役割分担を明確にする地域医療構想も進められている。それでも医療機関の役割分担は明らかになっていない。
このように機能分化や連携が進まない一つの要因として、フリーアクセスが影響している可能性が考えられる。つまり、日本の医療機関はフリーアクセスの下、患者獲得を巡って争っており、実際には冷戦期の米ソが核兵器の増産・開発を争った軍拡競争のように、医療機関が高度な装備や機器を競って整備する「医療軍備拡張競争」(Medical Arms Race)のような状況が生まれている
43。この状況で各医療機関は連携を図るよりも、自前で機能を充実する行動に出やすい。
このため、かかりつけ医を制度化すれば、患者獲得を巡る競争が今よりも制限されるため、連携が進みやすくなる可能性がある。さらに、1次医療(プライマリ・ケア)で身近な病気やケガに対応するとともに、必要に応じて専門医を紹介する流れが形成されれば、医療機関の機能分化も進みやすくなることが期待される。これは一種の門番のような役割を果たすため、一般的には「ゲートキーパー(gatekeeper)機能」と呼ばれる。
つまり、「〇○の患者はプライマリ・ケアで対応可能」「××の患者は2次医療に紹介」といった患者の流れに変わるため、医療機関の役割分担が明らかになると期待された。
39 White K L et.al(1961)"The Ecology of Medical Care"The New England Journal of Medicine,265, pp885-892.
40 Tsuguya Fukui et al.(2005)"The Ecology of Medical Care in Japan" Japan Medical Association Journal Vol.48 No.4。
41 ここで言う「大病院」の定義は2016年度以降、段階的に拡充されており、現在は特定機能病院と200床以上の地域医療支援病院、さらに地域の判断で明らかになる「紹介受診重点医療機関」が対象となる。2022年10月以降、追加負担の金額も5,000円から7,000円に引き上げられた。2022年10月25日拙稿「紹介状なし大病院受診追加負担の狙いと今後の論点を考える」を参照。
42 上手な医療のかかり方については、2020年2月5日拙稿「『上手な医療のかかり方』はどこまで可能か」を参照。
43 医療軍拡は日本で必ずしも実証されていないが、地域医療構想が「軍縮」の側面を持っている点は関係者の間で共有されていた。詳細に関しては、2017年12月6日拙稿「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(3)」を参照。