1|曖昧だった診療報酬と地域医療構想の関係
まず、地域医療構想の実現を含めて医療提供体制改革を診療報酬改定で誘導する方向性が明確になりつつある点である。
元々、地域医療構想と診療報酬の関係は必ずしも明確になっておらず、両者の相性も良いとは言えなかった。具体的には、地域医療構想は都道府県または構想区域(2次医療圏)での議論を想定しており、病床数や人口減少のスピードなど地域の実情に応じて提供体制を見直すことに力点が置かれているのに対し、診療報酬は全国一律であり、対象としているエリアの大きさが異なる。
さらに診療報酬は2年に1回、地域医療構想を含めた医療計画は6年に1回であり、見直し時期の頻度も違う。このため、比較的長いスパンで地域の実情に応じて見直そうとしている地域医療構想と、全国一律で短期間に改定される診療報酬の違いは大きい。
こうした中で、表1で浮き彫りとなった病床数の需給ギャップの解消に向け、どうやって診療報酬を改定し、あるいは診療報酬で誘導したらいいか、必ずしも方針は定まっていなかった。
その一例として、厚生労働省幹部は「(筆者注:地域医療構想が描く)医療提供体制に対し、診療報酬がどう支援するのか、どう寄り添うのか今後議論してもらう課題」
34、「報酬算定のいろいろな選択肢を提供し、より変化しやすくする、あるいは変化を後押しする。それが『寄り添う』『支える』の意味。(略)診療報酬が『引っ張り回す』『実態がないところに、経済的な動機付けで誘導する』ことを主たる政策手段にした場合、いい結果に結び付かないと考えています」
35と説明していた。
上記の趣旨を筆者なりに整理すると、それぞれの医療機関の選択肢を広げるような改定を心掛けるが、表1の数字を強引に実現するような診療報酬改定は想定していないという趣旨と思われる。図3で掲げた通り、7:1基準から降りてもらうために「階段」状の類型を設けたのも、選択肢を提示した一例と言えるだろう。
しかし、医療機関の収入に直結する診療報酬のインセンティブは強烈であり、いくら複数の選択肢を提示したとしても、思い切った点数が付いたり、厳しい要件が設定されたりすると、診療報酬が現場の経営を「引っ張り回す」結果になりかねない。
つまり、「地域医療構想に診療報酬が寄り添うか」、それとも「診療報酬が地域医療構想を引っ張り回すか」の違いとは、表1で浮き彫りになった需給ギャップの解消に向けて、「2年に一度の改定で点数や要件を少しずつ変えて誘導するか」「一度の改定で思い切って点数や要件を変更するか」というスピード感の違いに他ならない。
言い換えると、中医協における診療報酬改定の議論は毎回、診療側と支払側の合意形成をベースとするため、少しずつ制度改正を積み重ねる漸増主義的な決着が図られる分、これまでの改定は「寄り添う」ように見えていた面がある。
しかし、医療提供体制の構造的な論点を浮き彫りにした新型コロナウイルスの影響、そして表2で掲げた財務、厚生労働両相の合意文などを経て、医療行政を巡るパワーバランスが変容したことで、2022年度改定では診療報酬を通じて政策誘導する傾向が見られたと言える。
この点については、医療機関の経営者から「政策誘導」という批判が出ている点とか、日医から「最近は所管外の政府の組織から診療報酬の細部まで踏み込んだ提案が常態化している」
36という不満が示されている点も傍証となる。
しかも、同様の発言は診療側だけでなく、本来は提供体制改革を支持するはずの支払側からも示されている。例えば、これから地域で議論が進む紹介受診重点医療機関の加算が創設された点を引き合いに出しつつ、「先付的に評価を決めた」ことに「違和感」を持ったとの声が出ている
37。中医協を構成する診療側、支払側ともに、同様の違和感を持ったことを踏まえると、改定に及ぼした合意文の影響の大きさを読み取れる。
34 2017年1月25日中医協総会議事録における厚生労働省保険局医療課長の迫井正深氏(当時)による発言。
35 厚生労働省保険局医療課長の迫井氏(当時)に対するインタビューの発言。2018年3月12日『m3.com』配信記事を参照。
36 2022年3月27日に開催された日医の代議員会における中川氏の発言。同日配信の『m3.com』配信記事を参照。ただし、この発言は今回のメインテーマである提供体制改革だけでなく、経済財政諮問会議や規制改革推進会議の意向が強く反映されたオンライン診療を巡る制度改正も、念頭に置いていると思われる。オンライン診療の制度改正を巡る経緯については、2022年5月16日拙稿「2022年度診療報酬改定を読み解く(上)」に加えて、2021年12月28日拙稿「オンライン診療の特例恒久化に向けた動向と論点」、2020年6月5日拙稿「オンライン診療を巡る議論を問い直す」を参照。
37 健保連理事の松本真人氏に対するインタビューでの発言。『社会保険旬報』No.2854を参照。