(3) 医療関連製品の増産という緊急の社会的ニーズに応える日本の異業種企業
一方、日本でも、新型コロナによる足下の生活様式の変化を捉えた企業が利益を伸ばしているものの、8月5日時点で2020年4~6月期決算を発表した1,064社のうち、3社に1社が赤字という逆風下で、巣ごもり需要を取り込んで純利益が過去最高となった企業は、41社と全体の3.9%にすぎないという
5。また8月14日までに4~6月期決算を発表した3月期決算企業(新興・子会社上場などを除く)1,703社のうち、増益企業は31%にとどまる一方、減益企業は35%、赤字企業は34%に達した
6。
ただし、上場企業の目先の好決算には必ずしもつながらなくとも、コロナ禍の中で特に品不足が一時深刻化した、マスク、フェースシールド、防護ガウン、消毒液、人工呼吸器など医療関連製品の増産要請という緊急性が極めて高い社会的ニーズに応えて、地方の中小企業を含め企業規模を問わず異業種企業が、緊急支援として、自社の経営資源を活かして迅速かつ果敢に新規参入し懸命に供給を増やそうとした動きが、日本でも散見された。このことは、志の高い社会的ミッション起点の企業行動として高く評価されるべきだ。中には、フェースシールドやガウンを医療機関などへ無償提供する動きも見られた。
また、技術力のある中小企業が集積する大阪府東大阪市の中小メーカー6社は、設計、樹脂加工、成型などの得意分野を持ち寄って、医療用フェースシールドを共同開発し6月に販売開始したが、「互いの得意分野がよく分かっており、設計に着手してから11日という短期間で完成させた。コロナが広がってから簡易なフェースシールドが数多く出回っているが、医療関係者の声をもとに使いやすさを重視した」という
7。日本では、その必要性が叫ばれながら実際にはなかなか実践されていない、互いに強みとなる知見・技術を積極的に持ち寄る「オープンイノベーション」
8のお手本とも言える事例だ。
また、「大阪大学が主体で実施する、フェースシールドを医療現場に供給するクラウドファンディングプロジェクト」において、「大阪大学医学部ではメガネフレームメーカーと提携してフレーム部分を3Dプリンターで作るためのデータを作成。このフレームにクリアファイルをつけてシールドを組み立てる方法を緊急開発。3Dデータや制作方法を、4月初めにインターネットで公開した」
9といい、これにより中小企業でのフレームの増産が促されたという。この事例も、データの利活用によりビジネスを変革することが求められる、今後の「データ革命時代」において、重要なポイントの1つとなる「データの共有・共用」をベースとしたオープンイノベーションの先進事例と言える
10。
中小などのものづくり企業が産学連携(医工連携)などを通じて、市場の成長性が高い一方で参入障壁が高い医療関連分野への新規参入を図ることを促進することが、国・自治体でこれまで取り組まれてきたが、この点も一部の企業で今回実践されたと言える。
このように、今回のコロナ禍の中で、社会的ニーズに応えた志の高い企業行動をいち早く立ち上げて、異分野の医療関連製品の供給に取り組んだり、これまで日本企業が苦手としてきた企業間連携やデータ共有などによるオープンイノベーションを実施したりする企業が一部で見られたことは、今後の産業界にとって心強い材料だ。
5 日本経済新聞電子版2020年8月5日「巣ごもり需要で41社最高益 4~6月、パソコンなど」より引用。
6 日本経済新聞朝刊2020年8月15日「決算ダッシュボード(14日時点)」に掲載されている社数データを用いて比率を算出した。コロナ禍で苦境にある日本企業が多い中で、日本経済新聞朝刊2020年8月15日「在宅特需 意外な成長企業」によれば、「新型コロナの感染が拡大しはじめた当初は、マスクや机、パソコンなど急を要する品が売れた。足元で起きているのは、在宅をより豊かにするための『次』の需要だ」といい、収納のしやすいキャンプ向け折り畳み式のテーブル・椅子、通勤用自転車の部品、家庭で本格的な料理をするための食材・調味料、家に置く観葉植物、電子コミック配信サービスなどを手掛ける中堅・中小企業では、大幅な増益や上方修正も目立ち、株価も好調だという。
7 日本経済新聞電子版2020年6月4日「メードイン東大阪のフェースシールド 6社で共同開発」より引用。
8 オープンイノベーションについては、拙稿「オープンイノベーションのすすめ」『ニッセイ基礎研REPORT』2007年8月号を参照されたい。
9 J-CAST会社ウォッチ 2020年5月1日「【コロナに勝つ! ニッポンの会社】医療を支援! フェイスシールドに続々参入 クリアファイルから自動車部品メーカーの量産化まで」より引用。コクヨは、同クラウドファンディングプロジェクトに、クリアファイル製品「クリヤーホルダー」を10万枚無償提供したという。
10 ここでの「データ革命」は、「デジタルトランスフォーメーション(DX:Digital Transformation)」とほぼ同義語として用いている。データ革命時代におけるデータ・IoT・AIの利活用の在り方については、拙稿「製造業を支える高度部材産業の国際競争力強化に向けて(後編)」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2017年3月31日、同「AIの産業・社会利用に向けて」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2018年3月29日、同「AI・IoTの利活用の在り方」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2019年3月29日、同「AI・IoT の利活用の在り方」『ニッセイ基礎研所報』2019年Vol.63(2019年6月)、同「自動運転とAIのフレーム問題」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2019年11月18日、同「イチロー引退会見に学ぶAI・IoTとの向き合い方」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2020年1月10日、同「人間とAIの共生を考える」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2020年3月25日を参照されたい。