3|サービス付き高齢者向け住宅の介護報酬見直し
給付抑制の関係では、高齢者向け住宅などに入居する高齢者に対し、過剰な介護サービスを提供する問題(いわゆる「囲い込み」問題)にも見直しのメスが入った。
元々、この話が顕在化し始めた端緒は高齢者向け賃貸住宅として、「サービス付き高齢者向け住宅」が2011年度に創設される辺りに遡る。サービス付き高齢者向け住宅の場合、サービスと住まいの機能は制度上、分離されるため、提供される医療や介護サービスは訪問診療や訪問介護の扱いになる。
一方、訪問診療や訪問介護では、移動時間を少なくすると、収益性が上がる。そこで、一部の事業者が生活保護の人などを入居させ、系列事業者による医療・介護サービスを過剰に提供する事案が指摘されるようになった。
そこで、2012年度報酬改定では、同じ建物に住む高齢者に対する訪問診療と訪問介護に関する減算ルール(いわゆる「同一建物」ルール)がスタートした。2014年度診療報酬改定でも「患者紹介ビジネス横行」「施設の高齢者を訪問診療」「医師、報酬の一部を業者へ」という見出しで、高齢者を囲い込んで荒稼ぎしている実態が報じられた
27ことが一つの引き金となり、「同一建物」に住む高齢者への訪問診療の規制が強化されるとともに、診療報酬点数も最大で4分の1に引き下げられた。その後も同一建物の減算ルールは改定の度に見直されている。
さらに、上記で挙げた報酬上の適正化策に加えて、国の委託調査
28を通じて、▽利用者個々の意向や課題が考慮されていない、▽利用者の意向や状態を考慮せず、過剰なサービスが提供されている、▽本人が希望するサービスや客観的に必要性の高いサービスが組み込まれていない、▽住まいと同一法人のサービスを利用者に求めており、事業所選択の権利が侵害されている、▽ケアプランの見直しが法定のタイミング以外、ほとんど行われていない――といった形でパターン化された。
このほか、不適切な事例を見分けるチェックポイントなどを記載した冊子が住宅運営事業者やケアマネジャー、利用者向けに作られているほか、自治体職員やケアマネジャー向けのケアプランを点検するためのガイドブックや各種研修も実施されている
29。
こうした経緯を踏まえつつ、2024年度介護報酬改定では、いわゆる「同一建物」ルールが強化された。具体的には、ケアマネジメントを提供する居宅介護支援事業所でも減算ルールが創設され、同一建物で1カ月当たり20人以上のケアマネジメントを担当した場合、単位数を5%削減する措置が作られた。訪問介護についても、これまでは(1)同一建物49人以上は10%減算、(2)同一建物50人以上は15%減算、(3)(1)以外で同一建物20人以上は10%減算――という区分だったが、利用者のうち、9割以上が同一建物に居住する者への提供である場合などでは12%減算する措置が設けられた。
しかし、いわゆる「囲い込み」を規制するのは非常に難しい。第1に、どんなに制度で規制しようとしても、現場は制度の「抜け穴」を探す可能性がある。
例えば、同一建物のルールが導入された当初には、道路を挟んだ反対の敷地など近隣に事業所を移したり、渡り廊下を外したりするケースが報告されていた
30。このため、どんなに精緻に制度を作っても、「抜け穴」を探す動きは止められず、むしろ制度が複雑化することで、良質な事業者の事務作業が増えたり、国民から見た制度の全体像が分かりにくくなったりするリスクがある。
第2に、「質」を測定しにくい面である。ケアの質の評価では、▽「どうやってケアを提供したか」という点を重視する「プロセス」、▽「何人の専門職でケアを提供したか」などを評価する「ストラクチャー」、▽「どんな成果が出たか」をチェックする「アウトカム」――の3つで評価されることが多い(一般的に「ドナベディアンモデル」と呼ばれる)が、質を数字で測定しにくい暮らしに関わる分、訪問診療や介護のアウトカムについては、定量的な把握が困難である。
そこで、ストラクチャーやプロセスの面で「囲い込み」と呼ばれるケースを見ると、需要を誘発するため、住宅を運営する事業者と、医療・介護サービスを提供する事業者が繋がっている点が特徴である。これに対し、好事例とされる事業者では、サービス付き高齢者向け住宅を運営する事業者は医療機関や介護事業所と信頼関係を築きつつ、サービスを包括的に提供している。
ここで、両者をストラクチャーやプロセスを外見で比較すると、「住宅事業者と医療・介護サービス事業者の連携」という点で表面上、共通している。このため、医療と介護、住まいを一体化させた「包括ケア」を提供している良質な事業者なのか、住宅と医療・介護の事業者が「結託」して高齢者を囲い込んでいるのか、外見だけで判断することが難しく、後者だけを診療報酬や介護報酬で区分けすることが困難である。その結果、「同一建物」という画一的な規制に頼らざるを得ない面がある。
第3に、国や自治体による介入的な規制が困難な点である。まず、介護保険給付の面で見ると、高齢者住宅に関わるケアマネジメントに限らず、市町村がケアプランを点検する仕組みが整備されているが、介護保険給付には利用者の権利性を伴うため、市町村がケアマネジメントやケアプランの内容の細部に立ち入るのは制度上、困難である。
さらに、サービス付き高齢者向け住宅についても、登録の要件を緩く設定していることで、民間企業の参入を幅広く受け入れる前提になっている。このため、ケアの内容や職員の意識・行動を自発的に変えてもらうことが求められる
31が、それには一定程度の時間を要するし、最初から悪意を持った「囲い込み」事例の改善は期待しにくい。その結果、報酬による画一的な規制に頼らざるを得ない事情がある。
第4に、サービス付き高齢者向け住宅の登録と介護事業所の指定に関する権限は都道府県、介護保険の運営責任は市町村であり、現場で分断が起きやすい点も考慮する必要がある。分かりやすく言うと、「現場で誰が主体的に判断するのか」という難しさがある。
こうした制約条件の下、診療報酬や介護報酬の改定に際して、「同一建物」の報酬が少しずつ画一的に見直されてきた形だ。
しかし、財務省は2024年4月の財政審で、サービス付き高齢者向け住宅に入居する高齢者の区分支給限度基準額(以下は限度額)を実質的に引き下げることで、囲い込み問題に対応する必要があると問題提起した。この考え方について、財務省の担当幹部は専門誌のインタビューに対し、「(筆者注:財政審での議論は)より根本的な対応をしていくべきという指摘」と説明している
32。
つまり、今までの対応では何らかの要件を設定した上で、訪問系サービスの報酬を引き下げることに力点が置かれていたが、制度の「抜け穴」を探す動きを全て封じ込めないため、「根本的な解決策」として、限度額を引き下げる選択肢の検討を促したわけだ。この選択肢であれば、限度額を超える部分は全て自己負担になるため、実質的にサービスの利用上限が低くなり、給付適正化に繋がる可能性がある。一方、こうした対応は良質な事業者の経営判断や行動に影響を及ぼす危険性を伴うため、今後の制度改正では利害得失を考慮する必要がある。
27 2013年8月25日『朝日新聞』を参照。
28 日本総合研究所(2022)「サービス付き高齢者向け住宅等における適正なケアプラン作成に向けた調査研究」(老人保健健康増進等事業)を参照。
29 例えば、日本総合研究所(2024)「高齢者向け住まい等における効果的なケアプラン点検推進のためのヒント」、同(2022)「住宅型有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅におけるケアマネジメントの考え方」に加えて、同(2024)「高齢者向け住まい等における適切なケアプラン作成に向けた調査研究報告書」、同(2023)「高齢者向け住まい等における適切なケアプラン作成に向けた調査研究報告書」、同(2022)「サービス付き高齢者向け住宅等における適正なケアプラン作成に向けた調査研究報告書」(老人保健健康増進等事業)を参照。
30 日本総合研究所(2013)「集合住宅における訪問系サービス等の評価のあり方に関する調査研究報告書」(老人保健健康増進等事業)を参照。これは東日本大震災に被災した3県を除く44都道府県に対する調査であり、報酬改定から半年が経過した2012年9~10月の時点で、減算措置を回避する事業者の存在を把握している都道府県は32.6%に上った。
31 職員の意識にまで踏み込んだ調査研究として、松本望(2023)「サービ付き高齢者向け住宅における不適切なケア等の実態と意識の現状」『厚生の指標』第70巻11号、日本総合研究所(2022)「サービス付き高齢者向け住宅等における適正なケアプラン作成に向けた調査研究報告書」(老人保健健康増進等事業)などが挙げられる。
32 2024年7月15日『シルバー産業新聞』における財務省主計局の端本秀夫主計官に対するインタビューを参照。