全世代社会保障法の成立で何が変わるのか

2024年07月17日

(三原 岳) 医療

2|計画が始まった後の推移
しかし、図表2の通り、計画の「目玉商品」であるメタボ健診導は目標通りに推移しておらず、第1期計画の目標は2013年度開始の第2期、2018年度スタートの第3期に踏襲されている。以下、これまでの経過を見ると、特定健康診査の実施率は2008年度時点で38.9%。その後、第1期計画が終わる2012年度で46.2%になったものの、目標の「70%以上」に及ばなかった。

さらに、2008年度に7.7%だった特定保健指導の実施率も2012年度時点で16.4%に終わり、目標の45%に到達しなかった。一方、メタボリックシンドローム該当者や予備群の減少率は2008年度と比べて12.0%減となり、一応は目標をクリアした。以上の経過を見ると、全体的な傾向として、メタボ健診は鳴り物入りで始まった割に、計画通りに進んだとは言えなかった。
同じく第1期計画で重視されていた介護療養病床に関しても、議論がストップした。2009年に政権を獲得した民主党がマニフェストで、「削減計画の凍結」「必要な病床数を確保」と定めていたため、廃止期限が2017年度まで延期された25。結局、平均在院日数についても2012年度に31.2日となり、計画目標に及ばなかった。

こうした状況を踏まえ、2013年度から始まった第2期計画では、第1期計画に続き、特定健康診査の実施率を70%、特定保健指導の実施率を45%とする目標が維持された。さらに、メタボリックシンドロームの該当者・予備群の減少率は25%以上減らすという目標が設定された。このほか、平均在院日数を28.6日に減らす目標が定められた。

さらに後発医薬品の普及についても、第2期計画から記載事項に位置付けられた。その際には、数値目標を明示しなかったものの、2013年4月に公表された「後発医薬品のさらなる使用促進のためのロードマップ」を基に、40%程度だった数量ベースのシェアを2018年3月までに60%以上にするという方針が意識された。

それでもメタボ健診の実施率は目標通りに上がらず、第2期計画が終わった2017年度時点で、それぞれ53.1%、19.5%にとどまり、メタボリックシンドロームの該当者・予備群は逆に0.9%増えた。一方、後発医薬品の使用割合は73.0%まで上昇し、平均在院日数も27.2日に短縮した。

その後、2018年度から始まった第3期計画では、メタボ健診、該当者・予備群の減少率に関して、第2期計画の目標が改めて維持されるとともに、2017年度から本格稼働した「地域医療構想」の影響も加味することが求められた。さらに、後発医薬品の使用割合に関する目標は数量ベースで80%に引き上げられた。

ここで言う「地域医療構想」とは、人口的なボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上になる2025年を視野に入れつつ、急性期病床や療養病床(地域医療構想での名称は「慢性期病床」)などを削減するとともに、医療機関同士の連携とか、機能分化、在宅医療の充実を図ることなどが意識されており、6年サイクルで策定されている「医療計画」の一部として、2017年3月までに都道府県が策定した26。つまり、「医療計画・地域医療構想に基づく病床削減→入院医療費の削減→医療費適正化」という経路が期待された。

さらに、2023年度時点で約6,000億円を削減する目安が盛り込まれ、その内訳として、「メタボ健診で約200億円」「後発医薬品の使用拡大で約4,000億円」「糖尿病の重症化予防で約800億円」「重複投薬や多剤投与の見直しで約600億円」などの数値が示された。

つまり、第3期以降では、地域医療構想など医療提供体制改革と医療費適正化の関係性が今まで以上に意識されるとともに、医療費削減に関する目安も示されたと言える。

以上のように、医療費適正化計画の推移を総括すると、後発医薬品の関係で目標をクリアしているものの、予定通りに進捗しているとは言い難い。しかも制度の基本的な前提についても、多くの課題が指摘されている。以下、医療費適正化計画に対する疑問として、(1)メタボ健診でマクロの医療費を抑制できるというエビデンスが得られていない点、(2)地域医療構想が医療費適正化計画とのリンクが意識されているにもかかわらず、医療費抑制の手段として表向き位置付けられていない分かりにくさを有している点――という2点を述べる。
 
25 その後、廃止期限は最終的に2023年度末まで先送りされ、「介護医療院」という別の施設体形に移行することになった。療養病床の経緯については、介護保険20年を期した拙稿コラムの第1回を参照。
26 地域医療構想は2017年3月までに各都道府県が策定した。人口的にボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上になる2025年の医療需要を病床数で推計。その際には医療機関の機能について、救急患者を受け入れる「高度急性期」「急性期」、リハビリテーションを提供する「回復期」、長期療養の「慢性期」に区分し、それぞれの病床区分について、人口20~30万人単位で設定される2次医療圏(構想区域)ごとに病床数を将来推計した。さらに、自らが担っている病床機能を報告させる「病床機能報告」で明らかになった現状と対比させることで、需給ギャップを明らかにし、医療機関の経営者などを交えた「地域医療構想調整会議」における合意形成と自主的な対応を通じて、急性期病床の削減や在宅医療の充実などを進めることが想定されている。現在は6年サイクルの医療計画の一部に位置付けられている。地域医療構想の概要や論点、経緯については2017年11~12月の「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(1)」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日拙稿「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」を参照。併せて、三原岳(2020)『地域医療は再生するか』医薬経済社も参照。
3|医療費適正化計画を巡る議論(1)~特定健診でマクロの医療費を抑制できる?~
まず、実施から10年以上も経つにもかかわらず、メタボ健診がマクロの医療費抑制に繋がったエビデンスが示されていない点を指摘できる27。当時は「生活習慣病の境界域段階で留めることができれば、通院患者を減らすことができ、さらには重症化や合併症の発症を抑え、入院患者を減らすことができる」28と説明されていたが、当初の目論見通りに進んでいるとは言えない。

これは元々、制度創設時の経緯が影響している。現行制度の導入を本格的に検討していた2005~2006年頃は「郵政解散」が終わった後、小泉純一郎政権の求心力が最も高まった時期であり、郵政民営化など積み残されていた「構造改革」が一気に決着したタイミングだった29

医療制度改革に関しても、「一国の経済の規模と何らかの関係を持たざるを得ない」「医療給付の伸びについては何らかの管理目標が必要」「中期的な数値目標を設定した上で、国全体の医療政策にPDCAサイクルをきちんと導入するべき」30といった形で、医療費をGDPなどに連動させることで、医療費の増加に上限を設ける意見が経済財政諮問会議で強まった。

これに対し、厚生労働省は「具体的な政策の裏付けなしに、あらかじめ医療費の規模を決めるのではなく、実際に医療に当たっております医師や看護師等の方々、またそれらを都道府県とよく相談しながら具体的な方策を固め、その効果を積み上げていくしかない」と反対し続けた31

しかし、小泉氏が「毎年の経済成長率、税収で考えるのではなくて、何年かを見て、何らかの一つの管理目標が立たないと、保険制度が成り立たなくなってしまうから、これから社会保障関係の費用は増えるばかりだし、その辺はやはり考える必要がある」と指示32。この流れに抗し切れなかった厚生労働省は何かしら改革策を示す必要に迫られ、メタボ健診のアイデアが浮上した。

実際、当時の幹部は後年の座談会で、「対抗するための武器、アイデアとしては、あれ(筆者注:メタボ健診を指す)しかなかった」と振り返っている33

つまり、健康づくりを通じてマクロの医療費を減らせる目算が十分に立っていなかったにもかかわらず、経済財政諮問会議で盛り上がっていたマクロの医療費総額管理論を退けるため、医療費適正化の手段として、メタボ健診が位置付けられたと言える。

このため、上記の事情を知る有識者の間では、制度スタート時から「医療費総額管理論を退け、従来の腰だめ的な医療費適正化対策で対応せざるを得ないことをカモフラージュする必要があった」34、「医療費適正化のアリバイ作りとして、一般受けのいいファンファーレもつけて強調されることになった。医療費総額管理を回避するため、的外れな回答が提出されたのかもしれない」35といった厳しい意見が出ていた。筆者の意見としても、メタボ健診など健康づくりの必要性は否定しないものの、「健康づくりの推進→平均在院日数の削減→医療費適正化の実現」という経路には明らかな無理があると考えている。
 
27 なお、健康づくりを医療費抑制の手段として過度に期待する点について、筆者は様々な面で違和感を抱いている。まず、健康づくりの必要性が喧伝され過ぎると、健康の自己責任論が必要以上に高まり、先天的な病気や障害のある人が「健康になれなかった人」と見なされるリスクがある。さらに、疾病の中心が感染症から慢性疾患に変わっている中、健康と不健康の線引きは曖昧になっており、「メタボ健診の基準をクリアした人は健康」「それ以外は不健康」と機械的に考える方法は時代に逆行するようにも映る。このほか、健康づくりの必要性をQOL(生活の質)の向上など本人の利益ではなく、医療費適正化という全体の目的に置く論理構造についても問題含みと考えている。多くの人が「健康でありたい」と願うのは個人の幸せのためである。健康づくりの両面性に関しては、2018年9月28日拙稿「健康とは何か、誰のための健康づくりなのか」などを参照。
28 土佐和男編著(2008)『高齢者の医療の確保に関する法律の解説』法研p50。
29 小泉政権の政策動向に関しては、既に様々な書籍が刊行されているが、ここでは医療費適正化に一定程度の紙幅を割いた書籍として、内山融(2007)『小泉政権』中公新書p75-80、、大田弘子(2006)『経済財政諮問会議の闘い』pp151-165、清水真人(2005)『官邸主導』pp263-265などを参照。
30 2005年11月14日、経済財政諮問会議議事録における民間議員、東大大学院教授の吉川洋氏の発言。
31 2005年11月22日、経済財政諮問会議議事録における厚生労働相の川崎二郎氏の発言。
32 2005年10月27日、経済財政諮問会議議事録における小泉氏の発言。
33 2021年11月、『医療と社会』Vol.31 No。2における厚生労働省保険局長だった水田邦雄氏の発言。
34 堤修三(2007)『社会保障改革の立法政策的批判』社会保険研究所p55。
35 田近栄治(2009)「医療制度の改革」田近栄治・尾形裕也編著『次世代医療制度改革』ミネルヴァ書房p24。
4|医療費適正化計画の論点(2)~地域医療構想は抑制の手段なのか?~
第2に、地域医療構想の曖昧な位置付けを指摘せざるを得ない。一般的に都道府県別の1人当たり医療費は1人当たり病床数と強い相関関係を持つとされている36ため、病床数を減らせば医療費を抑制できる可能性が高まる。いわゆる医療経済学の「医師需要誘発仮説」であり、先に触れた地域医療構想も同じ認識に立っていることは間違いないし、先に触れた通り、地域医療構想を含めた医療提供体制改革はメタボ健診と並び、医療費適正化計画の柱の一つになっている。

しかし、地域医療構想は表向き、医療費適正化策として位置付けられていない。この分かりにくい状況には一種、政治的な判断が影響している。そもそも地域医療構想の制度化に際して、日医は病床削減のための施策と位置付けないように繰り返し牽制していた37。その結果、筆者の集計では、2017年3月までに出揃った各都道府県の地域医療構想で、医療費適正化に言及していたのは10都府県にとどまっており、医療費適正化計画における国の制度的な整理と、実際の都道府県の運用は噛み合っているとは言えない。

こうした事情の下、これまでの医療費適正化計画では、費用抑制の効果が示されているとは言えないメタボ健診に力点が置かれてきた事情があった。
 
36 病床数と医療費の相関関係を実証した研究は多いが、印南一路編著(2016)『再考・医療費適正化』有斐閣、地域差研究会編(2001)『医療費の地域差』東洋経済新報社を参照。
37 ここでは詳しく触れないが、地域医療構想の制度化に際して、厚生労働省は当初、急性期病床を絞り込むための登録制度や認定制度を検討したが、日医が強く反対。結局、現在のように都道府県を中心とする合意形成に力点が置かれた。その後も、2019年4月の日本医学会総会で、日医副会長の中川俊男氏が「医療費削減の仕組みを徹底的に削除したつもりだ。その結果、(筆者注:地域医療構想は)医療機関の自主的な取り組みで進める仕組みになった」と強調していた。『病院』74巻8号、2019年4月29日『m3.com』配信記事などを参照。
5|財務省の指摘
こうした中、財務省は2020年10月の財政審で医療費適正化計画の見直しを求める資料を提出した38。ここでは、「医療費適正化に関して達成すべき目標はあくまで個別の施策について設けることとされており、『医療費の見込み』は見通しに過ぎず、達成すべき『目標』でない」「地域医療構想の推進や『医療の効率的な提供』よりも『住民の健康の保持の推進』が重視されている」などの意見が示された。

その上で、▽医療費の予想を毎年度のPDCA管理に馴染む形に修正、▽都道府県医療費適正化計画の施策の優先順位の見直し、▽医療費に関する都道府県や保険者協議会のPDCAサイクルへの関与強化――などの見直しが提起された。つまり、施策の優先順位変更とか、都道府県の役割の明確化などの制度改正を通じて、医療費適正化計画の強化を訴えたわけだ。
 
38 2020年10月8日、財政審財政制度分科会資料を参照。
6|医療保険部会「議論の整理」の内容
今回の制度改正では、こうした指摘を踏まえつつ、2024年度からスタートする新たな医療費適正化計画の実効性を高めることが意識された。

基本的な方向性については、医療保険部会が2022年12月に示した「議論の整理」で示されている。ここでは、▽患者個人に対する通知、医学的な妥当性や経済性などを踏まえた医薬品の使用方針である「フォーミュラリ」を地域ごとに推進、▽後発医薬品の安定的な供給を基本としつつ、新たな数値目標の設定、▽重複投薬・多剤投与の適正化に向けて、2023年1月からモデル事業が始まった「電子処方箋」の活用推進――などを列挙。メタボ健診についても、アウトカム評価の導入やICT(情報技術) の活用などよる実施率の向上に取り組む方針が規定された。

さらに、医療・介護の効果的・効率的な提供に加えて、▽急性気道感染症に対する抗菌薬処方など効果が乏しいとされている医療の適正化、▽白内障手術など資源投入量に地域差が見られる医療の適正化――も医療費適正化計画に位置付ける方針が盛り込まれた。2022年度診療報酬改定で導入された「リフィル処方箋」(一定の条件の下、繰り返し使える処方箋)の推進も施策の一つに位置付けられた。

このほか、計画期間中の医療費の見込みについて、年度別・制度区分別の推計や、報酬改定・制度改正の影響を反映した随時改定などの精緻化を図る必要性が示された。

医療費適正化計画を策定する都道府県の役割に関しても、幾つかの言及があった。具体的には、高齢期の医療費適正化に中心的な役割を果たすことを明確にする点とか、実際の医療費が予想を著しく上回った場合には「都道府県が要因を分析→要因の解消に向けて関係者と連携しつつ、必要な対応を講じるように努める」という流れを明確にする必要性なども示された。

データを使った健康づくりを目指す「データヘルス」の関係でも、データを拡充させる方針に加えて、保険者が策定している「データヘルス計画」やメタボ健診の計画など、医療費適正化計画に関連する他の計画との整合性を図る重要性も言及された。医療機関から請求されるレセプト(支払明細書)を審査する社会保険診療報酬支払基金、国民健康保険連合会の役割として、医療費適正化に繋がるレセプト分析を明記する考えも打ち出された。なお、これらの取り組みの主な舞台となる保険者協議会の機能強化に関しては後述する。

保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳(みはら たかし)

研究領域:

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴

プロフィール
【職歴】
 1995年4月~ 時事通信社
 2011年4月~ 東京財団研究員
 2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
 2023年7月から現職

【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会

【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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