それでも都道府県の立場から見ると、医療提供体制の太宗を占める民間病院に対する働き掛けが悩ましい点と思われます。
第2回と
第3回で触れた通り、国や都道府県は民間医療機関に対し、病床再編などをダイレクトに命令できないためです。
さらに、患者が自由に医療機関を選べる「フリーアクセス」の下、それぞれの医療機関は患者獲得を巡って競争しています。このため、他の医療機関と連携するよりも、自前で医療機能や診療科を持ちたがる傾向があります。こうした判断は医療機関の役割分担の明確化を目指す地域医療構想や外来機能分化のハードルになる可能性があります。
ここで、重要になるのが人口減少のインパクトの可視化と思われます。地域医療構想の目標年次である2025年、あるいは「団塊ジュニア」が65歳以上になる2040年を見通すると、日本のほとんどの地域では人口が減る見通しです。それに伴って入院需要だけでなく、外来の需要も落ち込むはずであり、医療機関としては、パイが小さくなる中、患者獲得を巡って争えなくなります。
このため、人口減少に見舞われる地域では、受療率や入院率の予想などを示すことで、民間医療機関の経営者の意識を「これ以上の競争は無理」「連携しないと生き残れない」と判断してもらえる対応が都道府県に求められます。
これを形容すると、「軍拡」から「軍縮」への転換と言えます。何やら「軍拡」「軍縮」という言葉は医療から縁遠いように見えるかもしれませんが、医療経済学では医療機関が高額な機器などを装備することで患者獲得を競い合う行動を「医療軍備拡張競争」(Medical Arms Race)と呼ぶ時があります
15。つまり、核兵器の増産・開発を競った冷戦期の米ソ両国のように、患者獲得を巡って争う医療機関が設備投資などを競い合う状態を指しており、日本の民間病院が急性期病床の維持などにこだわっている状況を説明できます(ただし、医療軍拡の実態は日本で実証研究されておらず、学術的な厳密性は割り引いて考える必要があります)。
しかし、希少な医療資源を有効に活用するためには、医療機関経営者の発想を軍縮モードに切り替えてもらうことが必要になります。実際、その必要性については、関係者の間で意識されており、地域医療構想の議論がスタートした頃には「共倒れや過当競争はやめていただきたい。そんな余裕は今の日本にはない。無駄の排除を含めて、(注:地域医療構想は)効率的な医療をみんなで提供して下さいという大事なフレームワーク」
16、「このまま何もしなければ病院は共倒れになり、地域の人に迷惑をかける。協議しながら無駄を省いて連携することによって、安定的に医療を提供できないか。言い方を変えると許された談合」
17といった発言が示されていました。
さらに、冷戦期の米ソによる核軍拡とか、最近の米中対立に見られる通り、相互不信は軍拡を招きやすい面があります。そこで、都道府県を中心に、関係者が対話できる環境整備も必要となると思われます。例えば、調整会議で取り上げにくい内容に関しては、非公開の会議や事前の調整で意思疎通を徹底する一方、逆に調整会議の議事録はオープンにして透明性を高める工夫が求められます。
合意形成に際しては、持ち株会社のような形態で、医療機関同士が「連携以上、統合未満」のネットワークを目指す「地域医療連携推進法人」の活用も選択肢の一つになり得ます。
このほか、同族経営の民間病院が少なくない点を踏まえると、「自分の親族に継がせたい」と考えている医療機関の経営者は将来の変化に対し、素早く対応する可能性もあります。実際、少子化でも日本の私立大学が破綻しない理由の一つに同族経営の柔軟さを挙げる書籍では、同じような現象が医療機関にも見受けられると論じられています
18。つまり、文部科学省が大学の再編を促すため、新しい対策を講じても、私立大学は学部名の変更などで柔軟に対応しており、こうした行動は診療報酬改定など国の制度変更に対策を打ってきた民間医療機関と共通しているという指摘です。逆に言えば、都道府県の働き掛け方次第で、民間医療機関の意識や行動は変わるのではないでしょうか。
一方、人口減少が緩やかな都市部では、これらの対応が単純に当てはまりません。それでも「軍拡」を作り出す相互不信を払拭する努力は可能であり、コロナ対応で生まれた地域連携の継続・拡充とか、疾病別の入退院支援ルールの整備など、地道な連携の積み上げが考えられます。
15 医療軍拡と地域医療構想の関係性については、2017年12月6日拙稿「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(3)」を参照。
16 2016年10月24日『m3.com』配信記事における厚生労働省の迫井正深保険局医療課長インタビューから引用。
17 2016年1月1日『社会保険旬報』No.2626における全日本病院協会の西沢寛俊会長の発言から引用。
18 Jeremy Breaden et.al(2020)"Family-Run Universities in Japan"[石澤麻子訳(2021)『日本の私立大学はなぜ生き残るのか』中公叢書]を参照。