3|働き方改革の影響は中長期的に大きい?
付言すると、同時並行で進む提供体制改革のうち、中長期的には医師の働き方改革が及ぼすインパクトが最も大きくなると考えている。そもそもの構造として、日本の医療提供体制は民間中心であり、国や都道府県は民間医療機関に対して強制力を有しておらず、高齢化に対応した提供体制の構築を進めようとしても、国や都道府県が病床の転換や削減などを命令できない構造である。
このため、都道府県が6年サイクルで改定する「医療計画」
37や、医療計画の一部として位置付けられている地域医療構想や新興感染症対策、医師偏在是正などでは、基本的に民間医療機関の自主的な対応に力点が置かれている。言い換えると、国や都道府県が医療提供制の見直しに際して、民間医療機関に対して権限を行使することは基本的に想定されていない
38。
こうした構造の下、国の制度改正は過去、診療報酬による誘導に頼らざるを得ない面があった。特に、医療費適正化の必要性が意識され始めた1980年代以降、診療報酬は国にとって最も重要な政策誘導の手段となっており、2年に一度の診療報酬改定では、国が点数や加算要件などを細かく変更し、これに医療機関が一喜一憂する構造が続いている。しかも、診療報酬の主な根拠は省令や通知であり、国会審議を伴う法改正を必要としない点で、行政の裁量で操作しやすく、厚生労働省にとって最も効果的な政策誘導のツールになっている。
一方、医師の働き方改革は違反した際の罰則に加えて、労働基準監督署の指摘や査察を通じて、診療体制を変えられる強制力を有しており、国から見ると、医療機関に対してダイレクトに権限を行使できる面がある。さらに、生産年齢人口が減少する中、労働時間の投入に制約条件が入る点で、医療機関の経営が受けるインパクトは大きい。
以上のように考えると、筆者は中長期的な視点に立つと、医師の働き方改革を通じて、好むと好まないにかかわらず、診療体制の見直し(医師の引き揚げや機能縮小、医療機関の廃業も含む)などを通じて、何らかの形で医療提供体制の変容を強いられる地域が出て来ると考えている。
見方を変えると、医師の働き方改革の施行を通じて、厚生労働省は民間医療機関に対し、診療報酬と並ぶ強力な誘導手段を持ったとも考えられる。実際、厚生労働省幹部が医師の働き方改革について、「将来の医療需要を見据えた適切な医療提供体制とマンパワーの配置に向かって、体制を転換するための非常に強いドライビングフォースになる」と述べる一幕もあった
39。
このため、今後は診療体制の見直しや医療機関の再編、医師不足の深刻化などの医師の働き方改革による「副反応」が大きくなるかどうか、地域の実情を細かく見ていく必要がある、特に、現場で制度運営に当たる都道府県としては、地域医療構想や医師偏在是正、外来機能分化など、他の提供体制改革との整合性を図りつつ、医師の働き方改革に伴う「副反応」のマイナス面を小さくする努力が求められる。
37 1985年の医療法改正で導入された制度。現在の仕組みでは、都道府県が6年サイクルで改定しており、現在の仕組みでは、がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病、精神疾患、救急医療、災害医療、へき地医療、周産期医療、小児救急・小児医療、在宅医療について、「地域の実情」に沿った提供体制を構築することが想定されている。2024年度改定の計画では、新型コロナ禍を受けて、新興感染症対策も医療計画の対象事業に追加される。
38 例外的な存在として、病床過剰地域における病床数の上限規制が医療計画で導入されている。さらに、地域医療構想や新型コロナウイルス対策として、都道府県の権限が一部で強化された。しかし、いずれも制度化に際しての国会審議では、厚生労働省幹部から「実際に使うということを想定しているわけではない」「あくまでも協力を中心に」という方針が示されていた。詳細については、2022年7月22日拙稿「医療提供体制に対する『国の関与』が困難な2つの要因を考える」を参照。
39 2019年6月5日『m3.com』配信記事における迫井正深官房審議官のインタビューを参照。
8――おわりに