さらに、その定義に対応する機能としても、「日常的に行う診療で、患者の生活背景を把握し、適切な診療と保健指導を行い、自己の専門性を超えて診療や指導を行えない場合、地域の医師、医療機関などと協力して解決策を提供」「地域住民との信頼関係を構築し、健康相談、健診・がん検診、母子保健、学校保健、産業保健、地域保健などの社会的活動、行政活動に積極的に参加するとともに保健・介護・福祉関係者との連携」「地域の高齢者が少しでも長く地域で生活できるよう在宅医療を推進」「患者や家族に対して、医療に関する適切かつわかりやすい情報の提供」などを列挙した。
それにもかかわらず、かかりつけ医の役割は曖昧である。何よりも、かかりつけ医は「機能」であり、一定の要件を満たせば認定されるような「能力」に着目した概念ではない。この曖昧さについては、プライマリ・ケアの専門医として、全人的かつ継続的に患者の生活をカバーする総合診療医との対比で浮き彫りになる。
例えば、2013年8月の社会保障制度改革国民会議報告書では、言葉遣いを微妙に使い分けている。まず、総合診療医に関して、報告書では「高齢化等に伴い、特定の臓器や疾患を超えた多様な問題を抱える患者が増加する中、これらの患者にとっては、複数の従来の領域別専門医による診療よりも総合的な診療能力を有する医師(総合診療医)による診療の方が適切な場合が多い」とし、総合診療医が高齢者の健康増進や保健活動、在宅医療に従事する重要性が指摘されており、「地域医療の核となり得る存在」という期待感さえ示されている。
これに対し、かかりつけ医に関しては、「幅広い領域の疾病と傷害等について、適切な初期対応と必要に応緩やかなゲートキーパー機能を備えた『かかりつけ医』の普及は必須」と定めており、期待されている役割は同じように見える。
ここで注目すべきは「総合診療医=能力」「かかりつけ医=機能」という言葉遣いの違いである。つまり、総合診療医に求められているのは「能力」であり、専門医の試験や更新手続きを通じて、「総合診療医としての能力を果たしているか否か」が客観的に定められる。これに対し、かかりつけ医は「機能」であり、総合診療医よりも緩やかに定められている。
こうした言葉遣いの違いとか、似た言葉が乱立している背景に関して、ここでは詳細な説明を省く
30が、外来医療の在り方を議論するのであれば、曖昧なかかりつけ医機能の明確化が欠かせない。さらにオンライン診療の拡大策でも、かかりつけ医機能の議論が浮上している
31点を踏まえると、「かかりつけ医とは何か」「どういう医療機関がかかりつけ医に相応しいか」「総合診療医との違いは何か」という疑問を払拭するような議論は不可欠となっている。
以上、改正医療法のうち、(1)新興感染症への対応を医療計画に追加、(2)病床再編・削減を支援する予算措置の恒久化、(3)外来医療機能の明確化――の3つに関して、それぞれの内容と背景、想定される影響などを考察した。
しかし、医師の働き方改革を含めて、それぞれの制度改正は複雑に絡み合っており、個別の点だけで見ていると、「木を見て森を見ず」になる危険性がある。さらに民間中心の提供体制の下で、国や都道府県が関われる余地は限定的であり、以上のような制度改正が「絵に描いた餅」になる危険性も想定される。
以下、医療行政における都道府県の役割と権限を強化する「医療行政の都道府県化」という切口で、今後の改革の論点や課題を展望する。
28 2021年6月4日、2020年12月25日『m3.com』配信記事、『社会保険旬報』No.2822、『週刊社会保障』No.3124を参照。
29 2013年8月8日「医療提供体制のあり方 日医・四病院団体協議会合同提言」。
30 これには歴史的な経緯が絡む。厚生省(当時)は1980年代半ばに「家庭医構想」を掲げ、イギリスのGP(家庭医、General Practitioner)のようなプライマリ・ケアの能力を持つ医師の育成を企図したが、国家管理の色彩が濃いイギリスの医療制度を参考にしようとしたことで、日医は「国家統制に繋がる」と反対した。さらに当時、厚生省は医療費抑制に力を入れ始めた時期であり、日医は厚生省の方針について、医療費適正化の意図が込められていると警戒した。このため、厚生省の企図は失敗に終わり、現行制度をベースとした形で、緩やかなかかりつけ医の仕組みが導入された。その後、専門医制度の見直しの過程で、高齢化に対応したプライマリ・ケア専門医の必要性が意識され、総合診療医の制度的な育成がスタートした。当時の経緯などについては、厚生省健康局総務課編(1987)『家庭医に関する懇談会報告書』第一法規などを参照。2018年5月2日の拙稿「2018年度診療報酬改定を読み解く(下)」も参照。
31 かかりつけ医機能の明確化に関しては、オンライン診療の拡大策でも焦点となっている。オンライン診療は2018年度診療報酬改定で初めて導入されたが、「対面の補完」とする日医の意向に配慮する形で、初診を対面で診た患者に限定する「初診対面原則」が導入された。さらに対象となる病気の種類も限定されるなど、要件が厳しく設定されたことで、必ずしも拡大しなかった。このため、2020年度に要件が部分的に緩和されたものの、新型コロナウイルス対応で院内感染を防ぐ観点に立ち、オンライン診療の拡大策が焦点になり、コロナ対応の特例として、安倍晋三政権による政治主導で初診対面原則の事実上の撤廃が決まった。さらに2020年9月に発足した菅義偉政権がオンライン診療の特例恒久化を言明し、厚生労働省の審議会で拡大策が議論された。しかし、日医はオンライン診療では、触診など患者から得られる情報が限定的になると主張しており、過去の受診歴があることを基本としつつ、かかりつけ医などから情報が提供されれば、初診でもオンライン診療が認められる方向となっている。つまり、この文脈でも「かかりつけ医はオンライン診療可」「初診を対面で診ていない患者も、かかりつけ医からの情報があればオンライン診療可」という方向になっており、かかりつけ医の機能が焦点になっている。オンライン診療を巡る経緯に関しては、拙稿2020年6月5日「オンライン診療を巡る議論を問い直す」を参照。最新の動向は『社会保険旬報』No.2822を参照。