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データを重視し過ぎる弊害
第2に、データを重視し過ぎる弊害である。医療の場合、最終的には治療データとして成果を数字で評価しやすいが、介護の成果はデータで評価しにくい。もちろん、医療でも生活を支える在宅医療の質は図りにくいし、介護でも介護予防の充実による要介護度の改善などデータで把握できるため、「医療=データで全て把握できる」「介護=データで全て把握できない」とは言い切れない。ただ、それでも複雑で多様な生活を支える介護では、データ重視に限界があることは踏まえる必要がある。
この違いを踏まえて、今回の介護報酬改定を見ると、科学的介護の考え方が本格的かつ大々的に採用されたことで、データ重視の方針が鮮明になった点について、利害得失を整理する必要がある。
まず、プラス面の積極的な評価としては、身体的な改善を期待できる軽度者を中心に、リハビリテーションや機能訓練の情報を蓄積することで、より効果的な介護予防や重度化防止を進められる可能性が考えられる。
さらに、データを介護現場にフィードバックすることで、利用者とサービス提供事業者、事業者と市町村、市町村と都道府県、国と都道府県・市町村、国と業界団体がコミュニケーションを取る上で、データを活用できる意味合いも大きい。例えば、「定員数が同じ事業所を比べることで、利用者のADLがどれだけ変わったか」「同じ市町村内の事業所を比較し、利用者の要介護度がどれだけ変わったか」といった点を可視化し、関係者のコミュニケーションツールにすれば、利用者の納得度を増せるかもしれないし、介護職の意欲も引き出せる可能性があり、介護の質向上が期待される。このほか、高齢者本人の情報をベースにしつつ、個別ケアに反映させる意義も大きい。今後のAI(人工知能)の発達を見据えれば、人間では分からない相関関係を把握できる効果も期待できる。
しかし、マイナス面も指摘せざるを得ない。先に触れた通り、介護の基本は生活支援であり、データで測定できる範囲だけ見ようとすると、利用者の生活歴や生き甲斐などを見落とす結果になる。そもそもの言葉遣いとして、手元の辞書で「科学」の意味を調べると、「一定領域の対象を系統的に研究する活動。特に自然科学をさすことが多い」と記されているが、介護現場ではデータで把握し切れない個人の生活歴や趣味、生き甲斐などを踏まえることが重要であり、社会学や人類学、民俗学などのアプローチを加味する必要がある。
例えば、医療社会学の用語を使うと、科学的介護は「医療化」のリスクを伴う危険性がある。医療社会学では、医学で解決しなくて済む領域にまで医療が浸透する結果、患者が不必要に医師の命令に服したり、生活が制限されたりする状態を「医療化」と呼び、その危険性が論じられて来た
28。つまり、介護を「科学」することで、介護の数値化を試みようとすると、数値で測定しやすい医学的な管理が重視されるようになり、医療が必要以上に生活に入り込んで来る危険性が想起される。
さらにデータ以外の側面に着目する取組として、医療人類学では患者の語り(ナラティブ)を重視する動きがある
29ほか、利用者に対する聞き書きを通じて、利用者と介護職の理解を深める「介護民俗学」というアプローチもある
30。筆者自身も2019年度、ケアプランの自己作成経験者・実践者を対象にインタビューを実施する調査研究活動に関わったが、対象者の生活は一括りできない複雑さとドラマ性を有していた
31。データとナラティブは必ずしも排他的な関係ではないが、こうした「個」にこだわる視点が科学的介護を通じて軽視されないか、懸念を感じている。
このほか、データの利活用策について、必ずしも明快な説明が示されていない点も指摘できる。先に触れた通り、厚生労働省は科学的介護の導入を通じて、「計画書の作成→計画書に基づいたケアの実施→利用者の状態、ケアの実績などの評価・記録・入力→フィードバック情報による計画書の改善」というPDCAサイクルの構築を意識しており、厚生労働省が委託した『ケアの質の向上に向けた科学的介護情報システム(LIFE)利活用の手引き』
32を見ると、データベースで作成される「フィードバック票」を通じて、ケアの質を評価できると説明されている。具体的には、フィードバック票は事業所と利用者の2種類で構成し、前者の事業所票では自事業所・施設の利用者像の把握、ケアの実施状況や結果の把握、ケアの改善、施設内の管理指標などに活用できるとされている。一方、後者の利用者票では利用者像の把握、ケアの実施状況や結果の把握、利用者や家族への説明、職員間での情報共有などが活用の事例として例示されている
33。
しかし、フィードバックの具体的なイメージは現時点で明確に示されておらず、現場ではデータ入力などに伴う負担増に対する不安の声を耳にする。今後は介護現場の意欲と関心を引き付けるため、「何のために情報を集めるのか」「どんな有効活用が考えられるのか」といった点を詳しく説明するとともに、データを現場の統制手段として考えるのではなく、要介護者の生活を支援している現場とのコミュニケーションツールとして活用する必要がある。言い換えると、利活用に関する説明がなければ、人手不足で手一杯な現場の負担感を増すだけでなく、「加算をもらえるから科学的介護に取り組む」という意識を現場に植え付ける危険性がある。
28 例えば、Ivan Illich(1976)"Limits to Medicine"[金子嗣郎訳(1998)『脱病院化社会』p11]は「医療機構そのものが健康に対する主要な脅威になりつつある」「専門家が医療をコントロールすることの破壊的影響はいまや流行病の規模にまでいたっている。医原病というのが新しい流行病の名である」などと指摘した。
29 例えば、診療現場では病気の原因や症状の初期段階、病気の経過、治療法などについて、患者自身の「物語」を引き出し、それに基づいたケアを提供するナラティブケアが注目されている。佐藤伸彦(2015)『ナラティブホームの物語』医学書院を参照、さらに、近年は医療人類学や心理学などの領域でも患者の語りや経験が重視されている。皆藤章編・監訳(2015)『ケアをすることの意味』誠信書房、森岡正芳編著(2015)『臨床ナラティヴアプローチ』ミネルヴァ書房、野口裕二(2002)『物語としてのケア』医学書院などを参照。
30 例えば、介護民俗学に関しては、六車由美(2018)『介護民俗学という希望』新潮文庫、同(2012)『驚きの介護民俗学』医学書院などを参照。
31 全国マイケアプラン・ネットワーク編(2020)「ヒアリング調査で見えてきた自己作成者の主体性と市民性」。詳細は下記のリンク先を参照。調査研究事業は公益財団法人在宅医療助成勇美記念財団の助成を受けた。http://www.mycareplan-net.com/reference/yuubi.html。
31 三菱総合研究所(2021)『ケアの質の向上に向けた科学的介護情報システム(LIFE)利活用の手引き』(老人保健事業推進費等補助金)。
32 このほか、三菱総合研究所(2021)「介護サービスにおける科学的介護に資するデータの収集・活用に関する調査研究事業報告書」(老人保健事業推進費等補助金)、同(2021)「介護サービスの質の評価指標の開発に関する調査研究事業報告書」(老人保健事業推進費等補助金)を見ると、利活用策として身体的自立の側面が専ら想定されている。
10――ケアマネジメント改革の論点