4月から始まった「かかりつけ医」の新制度は機能するのか-地域の自治と実践をベースに機能充実を目指す仕組み、最後は診療報酬で誘導?

2025年05月28日

(三原 岳) 医療

11――今後のテコ入れ策(2)~政策誘導の選択肢~

1|医師偏在是正との対比
次に、政策誘導の選択肢では、最初に今回の新たな制度と医師偏在是正の対比で議論を深めることにしたい。

医師偏在是正を巡っては、武見敬三厚生労働相が2024年4月、「思い切った対策」に言及したことで、様々な議論が交わされた35。その後、厚生労働省は2024年12月、「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」(以下、パッケージ)を策定し、(1)重点的に偏在対策を進める地域へのテコ入れ、(2)診療所の外来医師が過剰な大都市部で開業を希望する医師に対し、新たな手続きや条件を設定――など様々な対策が盛り込まれた。

ここで、筆者が注目したいのは2番目の施策である。パッケージによると、診療所で外来に携わる医師が過剰な地域(外来医師過多区域)を対象に、新規開業を希望する医師に対する手続きが加えられた。具体的には、図表8の通り、「在宅医療など不足する機能の提供を要請」「対応しない場合、再要請するとともに、健康保険法に基づく保険医療機関の指定期間を6年から3年に短縮。その間、名称の公表や診療報酬の減額、補助金の不交付などの対応」「それでも不足する機能を提供しない場合、都道府県の医療審議会で理由を説明するように要請」「やむを得ない理由ではない場合、都道府県が勧告」「勧告に沿って提供しない場合、名称を公表」などの手続きが付加される。

これを見ると、多くの手続きが求められる様子を見て取れるし、強制力という点で比較すると、かかりつけ医機能報告制度と明らかに違う様子が分かる。分かりやすく言うと、医師偏在是正では執拗に手続きが付加されるのに対し、かかりつけ医機能報告制度は緩くアッサリした仕組みと言える。
では、両者の違いはどこから生まれるのだろうか。医師偏在に関する図表8の資料を細かく見ると、対応策のチャート図が「医療法(都道府県)」「健康保険法(国)」に分かれており、実効性は全て右側の健康保険法で対応していることが分かる。

要するに、医療法では勧告や名称の公表にとどまるのに対し、健康保険法では診療報酬の減額など、医療機関の経営に直結するような手立てが言及されている。これは「開業の自由」を考慮したギリギリの対応である。

つまり、医療機関や医師は開業する自由を持っており、医療法では新規開業を制限し得ないのに対し、契約をベースにした健康保険法で政策誘導を試みる二重構造になっている。具体的には、健康保険法では厚生労働大臣が療養を担当する医療機関を指定し、指定を受けた医療機関が保険者との契約関係に基づいて療養を給付する建付けになっている。すなわち、指定に基づく契約関係は本来、保険者と保険医療機関との間で成立するものの、医療機関と保険者の個別契約が事実上不可能であるため、厚生労働大臣が保険医療機関に指定すると、医療機関と保険者の間で一斉に契約関係が生じる建付けになっている36。こうした構造の下、医療法では開業の自由を制限できないが、契約に基づく健康保険法で診療報酬の減額などを講じることで、実効性を担保しようとしているわけだ37
 
35 医師偏在是正を巡る議論については、2024年11月21日拙稿「医師の偏在是正はどこまで可能か」を参照。
36 公的医療保険と契約の関係については、石田道彦(2009)「医療保険制度と契約」『季刊・社会保障研究』Vol.45 No.1。
37 こうした二重構造は医療計画に基づく病床規制から始まっており、法制化の国会審議では、行政法学者が「江戸(筆者注:医療法)の敵を長崎(筆者注:健康保険法)で討つ」と形容している。1998年4月14日、第142回国会衆議院厚生委員会における阿部泰隆神戸大学教授の発言を参照。
2|結局は診療報酬による誘導?
以上のような二重構造を踏まえると、かかりつけ医機能報告制度の実効性を高める上では、医療法だけでは限界があり、診療報酬による誘導など健康保険法での対応が考えられるという結論になる。例えば、診療報酬改定では、かかりつけ医機能を評価している「地域包括診療科」「機能強化加算」などの見直しが想定される38

さらに、かかりつけ医機能報告制度で公表されている情報と実態が余りに違う場合、医療法で都道府県が是正を促しつつ、もし従わない場合には保険医療機関の指定期間を短縮するなど、健康保険法での対応を取ることも考えられるのではないか。医師偏在是正で執拗に手続きを課すのであれば、かかりつけ医機能報告制度でも同様の対応を取っても不自然ではないはずである。
 
38 地域包括診療科は2014年度改定で創設された。創設時には糖尿病、脂質異常症、認知症など2つ以上を有する患者に対し、療養指導や在宅医療の提供を実施することなどが算定要件とされた。2018年度に創設された機能強化加算も、かかりつけ医機能を評価しており、2022年度に要件の厳格化が図られた。2022年度診療報酬改定に関しては、2022年5月7日拙稿「2022年度診療報酬改定を読み解く(下)」を参照。
3|2026年度診療報酬改定を巡る対立
しかし、診療報酬による誘導という国家統制に頼ることは本来、自治と実践に力点を置く今回の制度と根本的に合わない面を持つ。

実際、今年秋頃から本格化する2026年度診療報酬改定に向けて、日医の松本会長は「2025年度から報告制度がスタートし、地域で不足している機能を見ていくのであり、2026年度改定で何らかの対応を行うことは想定していません」と述べている39。これはプロフェッショナル・オートノミーの観点に立ち、国家による統制を避けたいという意向の現われであろう。

一方、新たな制度の実効性を高める観点に立ち、健保連は診療報酬によるテコ入れを望んでいる。例えば、健保連幹部は専門誌のインタビュー40に対し、「報酬の名称がかかりつけ医機能にはつながりにくいものが多く、患者が全然知らない間に算定されている面があります」と問題を提起した上で、「かかりつけ医機能の制度整備の考え方を本格的に報酬に反映するのは2026年度改定から」と期待感を示している。さらに、生活習慣病関係の加算を大幅に見直した2024年度改定41を「その前段階」と形容している。

筆者は診療報酬による誘導について、「金銭的に評価しにくい医師のボランタリズムやプロフェッショナリズムを金銭で評価する」という根本的な矛盾を有していると考えているし、「自治や実践を積み上げることで、診療報酬による誘導に頼らなくても済むような対応を期待42。しかし、約30年前の経緯と対比させると、自治と実践だけに頼る限界を意識せざるを得ない。
 
39 2025年1月3日『m3.com』配信記事における発言を参照。
40 2024年4月24日『m3.com』配信記事における健保連の松本真人理事に対するインタビューを参照。
41 2024年度診療報酬改定では改定財源を上乗せするため、診療所の生活習慣病対策に関わる「特定疾患療養管理科」「生活習慣病管理科」などの要件が厳格になった。詳細については、2024年6月12日拙稿「2024年度トリプル改定を読み解く(上)」を参照。
42 筆者は「本来、高度なモラルや専門性を有している医師の行動を経済的インセンティブだけで誘導することには限界がある」という考え方を持っている。むしろ、過度な経済的なインセンティブが金銭で評価しにくい道徳心などを押し出す危険性を意識する必要がある。つまり、金銭によるインセンティブは強烈であり、これが前面に出ると、医師本来の職分を忘れ、カネの魅力に負ける危険性を伴う。インセンティブの限界については、Michael J. Sandel(2012)"What Money Can’t Buy the Moral Limits of Markets"[鬼澤忍訳(2012)『それをお金で買いますか』早川書房]などを参照。
4|約30年前と同じ?
「基本的には診療所や小病院のかかりつけ医の意識を活性化して行くことを基本にして、地域の医療を支援していく機能を病院に持ってもらう」「国民にかかりつけ医を持ってもらい、医療提供側もかかりつけ医師としてふさわしい機能を備えることが第一の条件としたい」。これらは今の日医幹部による発言ではない。今を遡ること約30年前に「かかりつけ医」という言葉が作り出された頃、当時の日医会長から示された言葉である43

ここで、注目すべきは現在の発言と瓜二つという点である。つまり、家庭医創設の動きが頓挫した後、かかりつけ医の重要性が1993年頃から盛んに言われ始めた当時と比べても、かかりつけ医普及に向けた物言いは変わっていないと言える。

ここで誤解を招かないように念押しすると、筆者には「日医や医療界が何も変わっていない」と批判する意図は全くない。例えば、在宅医療や医療・介護連携の必要性が指摘されるようになった2012年度以降、こうした活動に対する医療機関や地域の医師会の活動は活発になっているし、日医幹部から「医療提供側としても介護保険制度の理解を深め、高齢者を見守ることが重要になっている」といった発言44が公式の場で示されるようになったのは隔世の感がある。

しかし、発言者や日時を明かさないまま、かかりつけ医に関する発言を見た時、誰が発したか分からないほど酷似しているのも事実である。これは実践と自治だけに委ねると、取り組みが永続しないことを意味しているのではないか。

以上のように考えると、筆者は「具体的な方法や時期は別にしても、結局は診療報酬による誘導を含めて、保険給付における制度改正を通じて、かかりつけ医機能の実効性を担保する流れになるのではないか」と見ている。
 
43 前者は1996年7月28日に開催された石川県医師会創立記念祭特別講演で示された坪井栄孝会長の発言。坪井栄孝(2004)『変革の時代の医師会とともに』春秋社を参照。後者は1992年5月18日『週刊社会保障』No.1689に掲載された村瀬敏郎会長のコメント。
44 2024年3月7日に開催された都道府県医師会介護保険担当理事連絡協議会における茂松茂人副会長の発言。同年4月5日『日医ニュース』を参照。

12――おわりに

12――おわりに

この制度(筆者注:かかりつけ医機能報告制度)により何か変わるとも思えません。「今何をやっているか」という現状の把握にとどまり、何かを「変えていこう」という制度ではないからです――。日本病院会の相澤孝夫会長は今年1月、専門媒体に掲載されたインタビューで、こう述べた45。このコメントの前後では、医療界が変わらない様子に対するいら立ちが披露されており、その一つとして、かかりつけ医機能報告制度がやり玉に挙がった形だ。

確かに本稿で触れた通り、今回の仕組みは現状の可視化に力点が置かれた。その結果、国や都道府県の関与は最小限にとどめられており、その分だけ都道府県や地域の医師会など関係者の実践と自治に多くを委ねる構造となった。

このため、それぞれの現場での積み上げが欠かせず、制度を司る都道府県だけでなく、地域の医師会や介護保険の保険者である市町村など、広範な関係者との連携が不可欠である。さらに、国としても、自治体や地域の医師会の担当者に対する情報提供や研修などを強化する必要があるし、かかりつけ医機能研修制度の充実とか、制度の参加者を増やす努力も含めて、プロフェッショナル・オートノミーを重視する日医が専門職集団としての役割を果たすことも求められる。

だが、自治と実践だけで機能が津々浦々まで広がり、かつ取り組みが永続するとは考えにくい。この点はかかりつけ医機能の充実に関する日医の言説が約30年前と変わっていない点からも読み取れる。

このため、筆者自身は「どこかの段階で診療報酬によるテコ入れを含めて、国がコントロールしやすい保険給付の世界で何らかの対応策が取られる」と予想している。さらに、最初の攻防が2026年度診療報酬改定になる可能性が高く、かかりつけ医に関わる加算の見直し論議を注目する必要がある。
 
45 2025年1月5日『m3.com』配信記事を参照。

保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳(みはら たかし)

研究領域:

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴

プロフィール
【職歴】
 1995年4月~ 時事通信社
 2011年4月~ 東京財団研究員
 2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
 2023年7月から現職

【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会

【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

関連レポート

レポートについてお問い合わせ
(取材・講演依頼)