2|問われる都道府県の主体的な対応
現場における制度運用に際しては、実務を担う都道府県の主体的な対応も求められる。今回の制度改正では、都道府県がB水準や連携B水準、C水準の医療機関を指定するほか、勤務環境の改善に関する相談や助言についても、都道府県が設置する「医療勤務環境改善支援センター」で対応することになっており、都道府県の主体的な対応が求められる。
さらに、都道府県は現場レベルで他の医療提供体制改革との整合性も取る必要がある。例えば、高齢化に対応した医療提供体制への見直しを目指す「地域医療構想」
31の結果、病床数が削減されたり、医療機関が統合されたりすると、結果的に医師の働き方改革が進む基盤になる可能性がある。
逆に医師の働き方改革を通じて、医師の超過勤務で病床数や機能を維持できていた病院、特に急性期病床を継続できなくなる事態も想定される。この状況で医師を確保できない医療機関は再編・統合、あるいは病床の転換、診療科の見直しなどを求められる可能性があり、結果的に地域医療構想に弾みが付くことも想定される。
このほか、都道府県が医師の教育課程に関わることで、医師偏在を是正しようとする施策が2020年度からスタートしている
32ため、医師の働き方改革を通じて医師不足が顕著になった地域に対し、都道府県が地元の大学医学部と連携を強化しつつ、偏在是正を強化する選択肢も考えられる。
こうした関連性は政策当局者の間でも強く意識されており、コロナ禍に入る前の2019年5月に開かれた政府の経済財政諮問会議では、人口的にボリュームが大きい「団塊ジュニア」が65歳以上になる2040年を意識し、当時の根本匠厚生労働相が「(筆者注:地域医療構想と)医療従事者の働き方改革や医師偏在対策といった医療人材に関する施策と三位一体で推進をいたします」と述べ、地域医療構想、医師偏在是正、医師の働き方改革の3つを「三位一体」と位置付ける考えが示された
33。
しかも、三位一体改革が言われ始めた2019年当時と比べると、医療制度改革における都道府県の役割と責任は一層、大きくなっている。ここでは詳細な説明を省くが、地域医療構想、医師の働き方改革、医師偏在是正の「三位一体」に加えて、▽紹介患者を重点的に受け入れる「紹介受診重点医療機関」を地域で絞り込むための「外来医療機能報告制度」の創設
34、▽新興感染症対策の強化に向け、都道府県と医療機関の事前協定制度などを内容とする感染症法改正
35、▽身近な病気やケガに対応する「かかりつけ医」に関する制度整備
36――などであり、いずれも本稿のメインテーマである医師の働き方改革と無縁とは言えない。
その一例として、かかりつけ医の機能強化とか、紹介受診重点医療機関の明確化を通じて、外来医療に関する役割分担が明確になれば、医師の負担軽減に繋がる可能性がある。具体的には、医師の働き方改革を通じて、例えばAという医療機関が外来機能を縮小して紹介受診重点医療機関として手挙げした場合、身近な病気やケガについては、開業医や中小医療機関での対応を強化することで、切れ目のない提供体制の構築に腐心する努力が地域レベルで求められる。
さらに、医師の超過勤務制限の結果、医療機関単体では外来機能を維持できなくなった場合、「月曜日から水曜日はA医療機関で対応」「木曜日と金曜日は隣のB医療機関で引き受ける」といった形で、外来の輪番制を取り入れることで、患者にとってのアクセス確保を図る必要性も出て来る。
このため、都道府県が地域の医師会や医療機関の経営者、大学医学部など関係者と連携しつつ、医療機関の連携に向けた協議を促したり、役割分担に向けた機運を高めたりするなど、「地域の実情」に沿った提供体制改革が求められる。その際には、医師の働き方改革だけでなく、様々な提供体制改革や国の制度改正の影響を考慮する俯瞰的な視野も求められる。
31 地域医療構想は2017年3月までに各都道府県が策定した。人口的にボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上になる2025年の医療需要を病床数で推計。その際には医療機関の機能について、救急患者を受け入れる「高度急性期」「急性期」、リハビリテーションなどを提供する「回復期」、長期療養の場である「慢性期」に区分し、それぞれの病床区分について、人口20~30万人単位で設定される2次医療圏(構想区域)ごとに病床数を将来推計した。さらに、自らが担っている病床機能を報告させる「病床機能報告」で明らかになった現状と対比させることで、需給ギャップを明らかにし、医療機関の経営者などを交えた「地域医療構想調整会議」での議論を通じた合意形成と自主的な対応が想定されている。地域医療構想の概要や論点、経緯については2017年11~12月の「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(1)」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日拙稿「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」を参照。併せて、三原岳(2020)『地域医療は再生するか』医薬経済社も参照。
32 医師偏在是正に関しては、2020年度から「医師確保計画」「外来医療計画」がスタートした。特に前者では、国の数式に沿った「医師偏在指標」に基づき、医師多数区域と医師少数区域を設定。都道府県が「地域枠」(奨学金の返済免除を条件に、地域での勤務を一定期間、義務付ける制度)を活用しつつ、医師少数区域への若手医師の誘導が重視されている。2020年2月17日拙稿「医師偏在是正に向けた2つの計画はどこまで有効か」(全2回、リンク先は第1回)を参照。
33 2019年5月31日、経済財政諮問会議議事録、根本匠厚生労働相提出資料を参照。
34 外来医療に関する役割分担を明確にするため、(1)それぞれの医療機関が担っている外来機能を報告する「外来機能報告制度」による可視化、(2)都道府県を中心とする協議を経て、紹介受診重点医療機関を選定――という流れが期待されている。詳細については、2021年7月6日拙稿「コロナ禍で成立した改正医療法で何が変わるか」を参照。
35 新興感染症対策に関して、都道府県と医療機関が事前に協定を締結することに力点が置かれている。改正感染症法の内容に関しては、2022年12月27日拙稿「コロナ禍を受けた改正感染症法はどこまで機能するか」を参照。
36 在宅医療や夜間・外来対応など、かかりつけ医機能を強化するため、かかりつけ医機能の現状を可視化する「かかりつけ医機能報告制度」を創設し、不足分を充足するための方策を地域で協議することが想定されており、その中心として都道府県の役割が期待されている。詳細については、2023年8月26日拙稿「かかりつけ医強化に向けた新たな制度は有効に機能するのか」、同年2月13日拙稿「かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか」(上下2回、リンク先は第1回)をそれぞれ参照。