4|宿日直がポイントに?
当面の手続きとして、宿日直許可の取得が焦点になりそうだ。この問題は2019年7月に示された通知に端を発している。宿日直は労働基準法に基づき、「密度がまばら」な断続的な労働であれば、労働時間の規制が適用外になる仕組みになっており、そのためには労働基準監督署長の「許可」が必要とされている。
言い換えると、「労働密度がまばら」ではないと判断されるケースでは、超過勤務に認定されることになり、「宿直業務は週1回、日直業務は月1回」といった労務管理に加えて、超過勤務手当の支給などが必要になる。
そこで通知では、▽通常の勤務時間の拘束から完全に解放されている、▽宿日直中に従事する業務は特殊の措置を必要としない軽度または短時間の業務に限定されている――といった要件を満たす宿日直については、労働時間にカウントしない考えが提示されている。
先に触れた「手続きガイド」でも宿日直の許可判断についても、「通常業務とは異なる、軽度または短時間の業務である」「救急患者の診療など、通常業務と同等の業務が発生することはあっても、その頻度がまれ」「宿直の場合、相当の睡眠設備があり、夜間に十分な睡眠を取り得る」「通常業務の延長ではなく、通常の勤務時間の拘束から完全に開放された後の業務」といった基準を列挙しつつ、最終的には「総合的に判断する」との考え方が盛り込まれている。
つまり、上記の要件をクリアすれば、医師が宿日直に当たっていたとしても、残業時間の上限規制から外れることになる。しかし、その線引きは明確に決まっているわけではなく、現場の医療機関は「宿日直許可を取得するかどうか」「許可を取る場合に何が必要か、労働基準監督署とどう調整すればいいか」といった点に頭を悩ませているようだ。
宿日直許可に関する医療機関の関心の高さを読み取れる出来事として、日医など診療団体が2022年3月、後藤茂之厚生労働相(当時、以下、肩書は全て当時)に提出した提言を指摘できる。この時の提言では、「月に5日以内であれば許可する」「宿日直中に救急などの業務が発生する場合でも、業務時間が平日の業務時間と比べて一定程度の割合に収まる場合には許可する」といった形で、宿日直許可の弾力的な運用を求めた。さらに、超過勤務の上限を超過した場合、使用者である医療機関は6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金を受けることになるため、これらの「罰則」の猶予も訴えた。それだけ医療機関の経営や現場の運用にとって、宿日直許可が悩ましい問題になっていると言える。
このほか、宿日直許可を巡って「ジレンマ」が生じるという意見も出ている。日本産婦人科医会が2023年2月に公表した資料
3によると、「常勤先に限れば、超過勤務時間は938時間であり、A水準の上限を下回っているが、外勤先を合わせた時間外労働時間は年1,837時間に上る」とした上で、外勤先が宿日直許可を取得すれば年1,320時間、常勤先も宿日直許可を取得すれば年316時間まで減るとの見通しが示された。その半面、十分に睡眠が取れていることが宿日直許可の条件になっているにもかかわらず、実際の睡眠時間は概ね4~5時間に過ぎず、実態を伴っていない危険性が指摘された。
こうした点を踏まえつつ、資料が公表された際の記者懇談会では、「宿日直許可取得のため、医師の当直環境の整備が進むとすれば、見た目だけでない働き方改革につながる可能性はある。しかし、勤務実態の監視がなされなければ、実労働時間が勤務時間として算出されなくなり、さらに過酷になる」との懸念が示されたという。
つまり、宿日直許可を取得すれば、医師の超過勤務を見掛け上、減らせるかもしれないが、実態に沿っていなければ、宿日直許可が一種の「隠れ蓑」になり、医師の働き方改革に逆行するリスクがあるというわけだ。
3 2023年2月9日『m3,com』を参照。2023年2月8日の日本産婦人科医会記者懇談会資料を参照。ジレンマの部分については、勤務医委員会委員で日本医科大学付属病院女性診療科・産科助教の杉田洋佑氏の発言。