2|診療報酬の加算など制度面での対応
しかし、それだけでは不十分であり、一定程度の制度的な担保が必要と考える。例えば、かかりつけ医機能に手を挙げた医療機関に対する経済的なインセンティブとして、かかりつけ医機能を評価しているとされる地域包括診療科や機能強化加算
29などの加算額の引き上げや要件の見直しが想定される。今回の制度整備で盛り込まれた書面交付制度を加算の要件に絡めることで、継続的な医学管理を必要とする患者に対する支援を強化する選択肢も考えられる。
さらに、かかりつけ医機能の普及を図る上では、かかりつけ医が患者の状態を把握したり、患者が医師と継続的な信頼関係を構築したりすることが重要になるため、患者の医療・健康情報を一元化するPHR(Personal Health Record)を活用することも考えられる。事実上のPHRとしての機能が期待されるマイナンバーカードと保険証の一体化(いわゆるオンライン資格確認)を活用するのも一案と思われる。
なお、本稿は今回の制度整備に力点を置く説明になったため、詳しく触れなかったが、筆者は「かかりつけ医機能を強化する上では、患者―医師の継続的な関係を確保するため、何らかの形で『医療の入口』を絞り込む選択肢が必要」と考えている。このため、今回の書面交付制度についても、書面を発行できる医師を1人に絞らなければ、制度整備の意味が減退すると危惧している。
しかし、「医療の入口」を絞る究極的な選択肢の一つである登録制度については、今回の見直し論議で賛成派、反対派の意見が最も対立した部分である。ここで論争を簡単に整理すると、賛成派は「医療の入口」が絞り込まれることを通じて、継続的なケアが可能になるなど、患者に対する医療の「責任体制」が強化される点を総じて重視していた。つまり、新型コロナウイルスのような危機の下では、発熱対応やワクチン接種、健康観察などの責任体制が明確になるし、平時でも健康管理などが可能になるという主張である。
その反面、登録制度の下では、医療機関の選択に関する患者の権利が奪われるため、患者の不安が予想された
30し、「医療費抑制のために国民の受診の門戸を狭めるようなことであれば認められない」という日医の反対
31にも遭った。筆者もイギリスのように全国民を対象とした厳格な登録制度はフリーアクセスに慣れた日本に合わないと考えている
32。
しかし、フリーアクセスの下では、責任体制が明確にならない問題点が露呈したのも事実である。つまり、「責任体制の強化」「受療権の確保」はトレードオフの関係性であり、賛成派と反対派の意見は折り合わない構造を有していた。
それでもトレードオフを乗り越える選択肢は十分可能であり、例えば高齢者など医学的なケアが必要な患者に限る選択肢
33とか、介護保険の要介護認定に使われる「主治医意見書」と絡める選択肢、さらに希望する患者には健康な人にも「医療の入口」の絞り込みを認める選択肢、患者負担や保険料の変更などを通じて受療行動を誘導する方法などが考えられる
34。
特に患者負担に関しては、2016年度以降、紹介状を持たない大病院を受診した場合、追加で料金を徴収するの仕組みが採用されている
35。このため、「いつでもどこでも」という純粋な意味でのフリーアクセスは実質的に修正
36されており、「責任体制の強化」「受療権の確保」の間でバランスを取りつつ、将来的な制度改正を議論する必要があると考えている。
当面は今回の新制度を有効に機能させるための努力が優先されるが、かかりつけ医機能の一層の強化を図る上では、「登録制度」「フリーアクセス」という言葉に振り回されず、実質的な着地点を模索する柔軟性が求められる。
29 機能強化加算は2018年度診療報酬改定で創設された。当初は「地域包括診療加算」「地域包括診療科」などの加算を取得することが前提だったが、細かい要件は決まっていなかった。しかし、2022年度改定では、▽他の受診医療機関の有無や処方されている医薬品を把握し、必要な服薬管理を実施するとともに、診療録に記載、▽専門医や専門医療機関への紹介、▽健康診断の結果など健康管理に関する相談への対応、▽保健・福祉サービスへの相談対応――などが要件に加えられるなど、要件や基準が厳密になった。詳細については、2022年5月27日拙稿「2022年度診療報酬改定を読み解く(下)」を参照。
30 健康保険組合連合会が2021年3月に公表した「新型コロナウイルス感染症拡大期における受診意識調査報告書」では、「体調不良時に、最初の受診は事前に選んで登録した医師に限定され、当該医師からの紹介状または救急時以外の病院を自由に受診できない」という状況になった場合、「まったく不安を感じない」が5.5%、「それほど不安を感じない」が29.4%、「やや不安を感じる」が41.9%、「非常に不安を感じる」が17.6%という結果であり、不安を感じるという結果が計5割を超えていた。回答者数は計2,636人。
31 2022年4月27日の記者会見における日医の中川会長の発言。同日『m3.com』配信記事を参照。
32 ここでは詳しく触れないが、イギリスの医療制度では、患者は診療所に登録する義務を課せられており、診療所で紹介状を受け取らないと、高度な医療機関を受診できない。一方、診療所では家庭医(GP、General Practitioner)と呼ばれるプライマリ・ケアの専門医が全人的かつ継続的なケアを提供している。
33 しかし、この議論には「年齢に着目する制度は高齢者差別」という反対意見も想定される、75歳以上を対象とした後期高齢者医療制度が2008年度に導入された際、慢性疾患を持つ高齢者に対応する「高齢者担当医」という仕組みが創設されたことがあったが、高齢者差別との批判を浴び、すぐに廃止に追い込まれた。
34 ここでは詳しく触れないが、日本と同じようにフリーアクセスだったフランスは2005年以降、「かかりつけ医」への受診を義務付ける仕組みを導入した。しかし、他の医療機関への受診は認められており、その場合は高額な患者負担を支払うことが求められる。フランスの事例については、松本由美(2018)「フランスとドイツにおける疾病管理・予防の取組み」『健保連海外医療保障』No.117、松田晋哉(2017)『欧州医療制度改革から何を学ぶか』勁草書房、加藤智章(2012)「フランスにおけるかかりつけ医制度と医療提供体制」『健保連海外医療保障』No.93などを参照。
35 累次の制度改正を経て、追加負担を徴収する医療機関の対象は徐々に拡大されており、負担額も上乗せされている。紹介状なし大病院受診の追加負担の経緯に関しては、2022年10月25日拙稿「紹介状なし大病院受診追加負担の狙いと今後の論点を考える」を参照。
36 実際、2013年8月の社会保障制度改革国民会議報告書では、フリーアクセスという言葉の意味を「いつでも、好きなところで」という解釈ではなく、「必要な時に必要な医療にアクセスできる」という意味に理解していく必要があるとされた。これは「必要なときに迅速に必要な医療」という言葉で、2022年12月の全世代型社会保障構築会議の報告書でも踏襲された。
6――おわりに